2021年に設立された株式会社Sales Markerは、営業支援ツール「Sales Marker」をはじめ、「Marketing Marker」や「Recruit Marker」などのサービスを企業向けに提供しています。同社の特徴のひとつが、開発を担うメンバーの多様性。約30カ国の、さまざまなルーツを持つエンジニアによってチームが構成されています。なぜ、このような多国籍なチームができあがったのでしょうか? 同社の立ち上げに参画し、CTOとしてエンジニアリングを統括する陳晨(Shin Chen)さんにお話をうかがいました。
Sales Marker
取締役 CTO
陳 晨さん
米国ワシントン大学セントルイス校修士課程終了後、LINEに新卒入社。全社横断ビッグデータプラットフォーム構築プロジェクトに従事後、日本マイクロソフトに転職し、AI&ビッグデータ部門にてシステム設計から開発、運用までシステム全般をサポート。その後、株式会社スタンバイを経て、株式会社Sales Marker(旧・CrossBorder株式会社)を共同創業。CTOとして、インテントセールスSaaS「Sales Marker」開発のリードおよびグローバルエンジニア組織の立ち上げ・全体指揮を行う。
営業電話のアポ率5%は驚異的、でも「95%は無駄」
Sales Markerではどのようなサービスを提供しているのでしょうか。
陳さん 主なサービスは事業者向けの営業支援ツール「Sales Marker」です。企業の営業活動をサポートするサービスで、潜在顧客の発見から実際のアプローチ、クロージングまで一気通貫でサービスを提供しています。その最大の特徴は、ウェブサイトやソーシャルメディアのユーザーの興味・関心を示す「インテントデータ」を活用していることです。
このインテントデータを用いて企業単位での興味・関心を分析することにより、この企業がどんな課題に直面し、どんなサービスが今必要なのかが見えてきます。データに基づいて、自社のサービスに興味や関心を持ってくれそうな相手を選んで優先的にアプローチしていくことで、これまでの「足で稼ぐ」営業活動と比べて効率を10倍、20倍に高められることが「Sales Marker」の提供できる価値です。

「Sales Marker」は“商談につながるアプローチ”を効率的に増やしていくことを目指す
サービスを立ち上げたきっかけは何だったのでしょうか。
陳さん 当社のCOOである荻原(慎太郎さん)の前職が、営業力で知られるキーエンスで営業ランキング1位になるほどのトップセールスでした。私はエンジニアで、営業職に対する知見が少なかったので、トップ営業マンはどんな仕事をしているのかと気になって尋ねてみたら、こんなふうに答えてくれました。
最初の1日は、ターゲットとなりそうな企業をネットで検索して、1日かけて見込み顧客数百社のリストを作成。そのあと2~3日かけて、リストの上から順番に電話をかけていき、アポが取れたお客さまに訪問する。そんな一週間を過ごしていたということでした。
例えば300社電話をかけたら何社ぐらいアポが取れるかを聞いてみると、10社から15社程度で、アポ率は3~5%とのことでした。一般的な営業マンなら良くて1%程度で、セールスの知見や経験がある人からすれば、3~5%というのはけっこうすごい数字だと言っていました。
でも当時の私はそんな事情を知らず、荻原の話を聞いて真っ先に思ったのは「95%の営業活動が無駄になっている」ということでした。この「無駄」を減らす解決策を提供できれば、大きな社会的インパクトを残せるのではないかと考えたことが、サービスを立ち上げたきっかけになりました。
ただ、実際にインテントデータを取得しても、最初は全く成果を出すことができませんでした。このデータは、当時は日本での成功事例もなければデータ自体のノイズも激しく、「正解」が誰にもわからなかったのです。長い期間顧客やデータと向き合い、アルゴリズムを改善することで初めて「セールスシグナル(※)」を生み出し、実際に成果につながり始めました。それを実際の営業現場で利用できるよう特化したのが「Sales Marker」です。営業の精度をさらに高められるよう、今も改善を重ねています。
※セールスシグナル……Sales Marker独自のアルゴリズムでインテントデータから購買意欲を分析し、興味関心度が高まっている企業をスコアリングして表示したもの。
日本語が話せないエンジニアにも「日本のスタートアップ」というキャリアパスを
Sales Markerのエンジニアは、世界のいろいろな国から多様なバックグラウンドを持った方が集まっています。日本のスタートアップとしては非常に珍しいと思うのですが、どのような流れでこの体制になったのでしょうか。
陳さん 理由は大きく2つあると思います。1つは、創業メンバーの渡邉(駿也さん、取締役)と私はもともと英語ができたので、人材を採用するときに当初から日本語が話せることを要件に入れていませんでした。
実際に、日本語が話せない海外の方からも多くの応募がありました。面接を重ねる中で感じたのは、弊社に応募してくださる海外エンジニアの方々は、非常に優秀な方が多いということです。
その背景には、優秀な日本人エンジニアが安定性を重視する傾向がある一方で、外国籍エンジニアの方々は、よりチャレンジングな環境に飛び込む意欲が高いという特性があるのかもしれません。しかし実際のところ、日本国内では挑戦的な職場においても、その多くが「日本語力」を応募条件として求めているのが現状です。一方でグーグルやアップルのようなビッグテックの日本法人には、英語しか話せないエンジニアも少なくありません。アメリカではビッグテックで働いたあと、スタートアップに移って新たにチャレンジするというキャリアパスは一般的ですが、日本には言語の壁があり、海外から来たエンジニアにそのような選択肢を提供できていなかったことに気づきました。
これが2つ目の理由につながるのですが、英語を話せる環境をスタートアップとして提供することが海外のエンジニアのキャリアパスにつながり、私たちにとっては優秀な人材を採用できるメリットがあると考えました。チームのメンバーから良い人を紹介してもらったり、私たちからも積極的にアプローチしたりして、次第に外国人のメンバーが増え、結果としてグローバルなチームになったということです。

陳さんとSales Markerのエンジニアチーム。日本語が話せなくても活躍できるスタートアップは、日本にはまだ少ない
大企業からスタートアップへ転職を希望するエンジニアは多いのでしょうか。
陳さん 私もかつてマイクロソフトでエンジニアをしていたので実感としてわかるのですが、大企業の大きなプロジェクトの中で1つのピースを開発するのか、スタートアップでサービスそのものを自分たちで作っていくのか、その体験には大きな違いがあります。ビッグテックとスタートアップでは流れる時間の速さも違います。エンジニアの中には、ビッグテックでは刺激が足りないと考える人もいると思います。そういった方々に対して、私たちは良い環境を提供していきたいと考えています。