従来のビジネスの勝利の方程式は通用しなくなってきたようです。これまで、市場の平均的なニーズをつかみ、それに応えるサービスを提供することがビジネスの世界ではひとつの勝ちパターンでした。多くの企業が消費者のニーズに耳を傾けすぎた結果、各企業のビジネスの違いはほとんどなくなり、業績にも陰りが見え始めています。一方で、「エクストリームユーザー」をターゲットにしたビジネスが存在感を増しています。エクストリームユーザーとは平均的なユーザーからかけ離れた特徴や行動特性を持つ消費者のこと。いうなれば、ニッチな商品をピンポイントで購入する“こだわり”を持った消費者です。そんな、こだわりを持った消費者をターゲットにビジネスを展開する企業に迫ります。今回ご紹介するのは、個性を武器に顧客層を拡大する東京・吉祥寺の書店「百年」。店主の樽本樹廣さんに話を聞きました。(聞き手・文=グータッチ)

“競争する”という発想を捨てる

―本が売れない状況をどのように見ていますか?

樽本 新刊を専門的に取り扱う書店が苦しい状況に立たされているのは事実です。やっぱり、新刊書店の業績が伸びなければ、古本市場は盛り上がらない。だからこそ、新刊書店には頑張ってほしい気持ちはあります。厳しい状況に置かれる新刊書店は、売上を伸ばすためにいろんなことに挑戦していますが、それは間違った力の入れ方をしているように感じています。

例えば、よく本が売れない理由として、アマゾンなどをはじめとしたEC(電子商取引)市場の台頭を挙げる人がいます。影響がまったくないと言えば嘘になりますが、書店が競争する相手はそこじゃないと思うんです。画面をクリックすれば自宅まで欲しい商品を届けてくれる宅配サービスと書店が提供できる価値はまったく別もの。立地という制約のある書店が、大衆に受け入れられるよう品揃えを充実させたって、そもそも大衆を相手にビジネスを構築しているアマゾンには勝てないんです。こうした、やみくもな力比べは何も生みませんし、そもそも競争するという発想を捨てた方が良い。書店が提供できる価値を見直して、身の丈に合ったビジネスをすることが大切なのではないでしょうか。

―いまの書店に足りない要素は、ズバリ何でしょうか?

樽本 個性じゃないでしょうか。先ほども少し触れましたが、日本の大型新刊書店の多くは、幅広い顧客層を取り込むために品揃えを充実されることに力を注いでいます。ひんぱんに書店に足を運ぶ人なら分かるかと思いますが、どの書店に行っても同じ商品が並んでいますよね。どこの書店に行っても同じ商品が並んでいるのであれば、消費者が書店を選ぶ基準は立地くらいでしょうか。それなら、アマゾンで注文すればいいかってことになりますよね。

じゃあ、アマゾンが持っていない書店の魅力って何だろうってことになるのですが、それはやっぱり書店それぞれの個性なんだと思います。ただし、その個性がいま薄れつつあるって状況なんですね。もちろん、扱う書籍の並びから、書店の棚から発される書店員の意志を汲み取ることはできますが、書店全体としてのメッセージは消費者に伝わっていないように感じます。本が好きで書店に通う消費者は、書店の発する“意志=個性”を読み取って、共感できる店に足を運ぶ。また、そういう基準を持って書店に通う人は、アマゾンで書籍を注文する顧客層とはかぶらないし、だからこそアマゾンと売上を競争することには、あまり意味がないと思うんです。


樽本樹廣(たるもと・みきひろ)
株式会社百年計画 代表取締役
1978年生まれ。東京都出身。日本大学芸術学部文芸学科卒業。大学卒業後、東京都内の新刊書店に5年間務める。2006年、27歳で本のセレクトショップ「百年」を東京・吉祥寺にオープン。

“こだわり”を守り、続けることが書店の個性になる

―書店の個性とは、どのように作りだしていけばよいものなのでしょうか?

樽本 書店がおもしろいと信じる“こだわり”を大事にしながら、長く続けることに尽きるのではないでしょうか。

過去を振り返ると、「古本屋ブーム」や「カフェブーム」といった流行がありました。そのたびに、流行に乗って開業した人がたくさんいましたが、現在まで続いているお店は数えるほどしかありません。つまり、10~20年後に何が消費者にウケるかは誰も予想ができないってことだと思います。足元で消費者にウケるビジネスで収益を上げていても、ゆくゆくは流行の移り変わりとともにお客さんにウケなくなる。書店独自の魅力で、ファンを獲得していかなければ、長く続けることは難しいのだと思います。

だとすれば、消費者のニーズや流行に影響を受けすぎず、書店のこだわりを地道に発信し続けていくことが大事なのではないでしょうか。そして続ける中で、少しずつお客さんの共感を得ていく。それが、書店の個性を色濃くしていくのだと思います。もちろん、こだわりを押し付けるってことじゃなくて、続ける中で、変えるべきところと、変えずに守るところは常に見極める必要があるとは思うんですけどね。

著者と読者をつなぐ書店という名の交流の場所

―百年を始めたきっかけを教えてください。

樽本 2006年に設立した百年は、利益率などを勘案しながら新刊と古本を扱う書店としてスタートを切りました。百年を始める前は新刊を扱う書店に勤めており、働く中で、「書店を“読者と著者をつなぐ場所”にできれば、もっとおもしろくなるのではないか」と思ったのが百年をはじめたきっかけです。

当時は、SNS(交流サイト)などが普及していなかったので、著者の人柄だったり、本に込めたメッセージを読者が知る方法は限られていました。同様に、作家が読者の声を聞く手段もほとんどありませんでした。当然、本が好きな人であれば、やっぱり著者のことをもっと知りたいと思っているし、作家も読者にもっとメッセージを伝えたいと思っているはずです。でも、お互いをつなぐ場所がなかった。それなら、著者と読者が交流できる存在に書店はなれないかと。交流サイトならぬ、著者と読者の交流の場所をつくることをコンセプトに掲げて始めたのが百年というわけです。

あともうひとつ。百年を始めた頃って、古本屋自体、消費者にとってどこかとっつきにくい存在だったんです。女性が働いている店も少なくて、若者が出入りできるような雰囲気ではありませんでした。年齢問わず、本が好きな人がいるのに古本屋の敷居は高かったんですね。

一方で、ブックオフが物凄い勢いで成長していた頃で、古本屋と言えば「ブックオフ」が真っ先に浮かぶような時代でした。本を売るなら入りにくい古書店ではなく、ブックオフに持っていく。でも、自分が大事にしていた本の買取価格に納得できず、ブックオフで売ることをあきらめた。こういう人が結構いたかもしれません。そんな当時の状況の中で、「誰にとっても居心地が良く、大事な本を売っても良いと思える古本屋をつくりたい」という気持ちがありました。

―百年ではどのような“交流”があるのでしょうか?

樽本 古本屋なので本を売りに来る人もたくさん来ます。本の売買を通じてお客さんと交流する。それだけじゃなくて、著者を交えたトークイベントをやったり、作家だけではなくイラストレーターの作品の展示だったり、いろんなイベントをやっています。そうすると、いろんな目的を持ったお客さんが百年に来てくれます。集まったお客さんとの交流を通じて、イベントに登場してくれた作家やアーティストの名前が売れていく。交流する場所として書店が存在することで、小さな流通圏ができて、それがお店のカラーを作っているように感じています。世の中もっと探せば、高額買取してくれる古本屋がある中で、百年にわざわざ本を売りに来てくれるお客さんは、百年の雰囲気に共感してくれているからじゃないかな。

―具体的な店舗作りで何か意識したことはありますか?

樽本 「セレクトしないことをセレクトする」ことを意識して店舗作りはしています。そう考えるようになったのも、いろんな人との交流があったからこそ。始めたばかりの頃は、本を扱うセレクトショップとして、私のこだわりが品揃えに色濃く反映されていたと思います。ただ、本を売りに来るお客さんだったり、イベントを通じて知り合った作家さんやアーティストさんと交流する中で、いろんなことやいろんな本を“おもしろい”と思えるような感覚になっていったんですよね。そうすると、もう商品をセレクトする必要がなくなるんです。本が好きな人が集まれる交流の場所を作り、その場所に集まる人がお店の色を濃くしていく。そんな感じです。アートブックの品揃えが充実しているとご評価いただくこともありますが、いまは幅広いジャンルの本をまんべんなく取り扱っていますよ。

OLD/NEW SELECT BOOKSHOP「百年」

180-0004 東京都武蔵野市吉祥寺本町2-2-10 村田ビル2F
Tel / Fax: 0422-27-6885
E-mail: mail@100hyakunen.com

月曜日~日曜日/12:00~21:30
火曜日/定休日
※月曜、営業終了時間後のオンラインからのご注文の対応も水曜日になります

―おすすめの商品は?

樽本 写真家の桑原甲子雄に宛てられた荒木経惟による「作品」です。プリントにコピー用紙をホッチキスでとめてある。注目すべきはプリント・封筒にある「荒木経惟」の文字の上にある「4811」という数字。この数字は何を意味するのか。歴史をたどると、1970~71年に限定70部・全25巻で刊行され、当時の影響力のある文化人に送り付けた(もはやメールアート)『ゼロックス写真帖』のうち、刊行予告はされたものの実際には刊行されなかった23巻『歌手たち 印画紙4811枚シリーズに変更』が思い当たります。照らし合わせると「4811」という数字と符合します。つまり、この“作品”は希少価値の高い『ゼロックス写真帖』の中の幻の23巻の一部なのではないでしょうか。桑原に送った西暦も1971年というところもそう思わせます。偶然にしては重なることが多すぎる。本当のところはわからないが、こんな想像をさせる力のある「作品」です。

■『荒木経惟の手紙芸術 ②ぼく(プリント)』(27万円)

―最近は、どんな本が売れていますか?

樽本 最近は、笠原美智子さんの『ジェンダー写真論 1991-2017』(里山社)や山下陽光さんの『バイトやめる学校』(タバブックス)など、「女性」や「働き方」といった世界的に関心の高いテーマの本が売れているような感じですね。

バイトやめる学校