消費税増税を延期する条件だった「リーマン級」

寺本名保美
寺本名保美
トータルアセットデザイン
代表取締役

我が国における2019年最大イベントの一つに、10月の消費税引き上げがあります。今回の消費税10%への引き上げは、本来2017年4月に実施する予定であったものを、前年の5月に安倍首相が実施を2019年10月まで延期したという経緯があります。

消費税の引き上げを巡っては、前回も今回もその実施についての条件として「リーマン・ショック級の事態が発生しない限り」予定通りに行う、という文言が付いています。実際、2016年5月の延期については、安倍首相自身が「リーマン級の事態ではない、にもかかわらず延期を決定した」ことに対し国民の信をとると、解散総選挙を行ったということもあり、あまり意味のある文言にはなっていないようにも思いますが、これから10月が近づくにつれ恐らく多用されるようになるこの「リーマン級」という言葉の意味を、今一度確認しておきましょう。

私のように金融市場の現場にいると、ついこの間のことのように感じる「リーマン・ショック」という事象も、すでに10年以上前の出来事となりました。当時を知っている人が少なくなってきている反面、このリーマン・ショックという言葉は金融経済における「大暴落」を象徴するものとして、言葉だけが一人歩きを始めてしまったようにも見えます。

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そもそもリーマン・ショックとはどのようなものだったのでしょうか?

金融機関間で「取り付け騒ぎ」が発生する非常事態

「リーマン・ショック」とは、米国の大手金融機関である「リーマン・ブラザーズ」が2008年9月に経営破綻したことによる世界規模の金融経済危機のことを言い、期間としては2008年9月から翌2009年4月くらいまで約半年間を指します。

リーマン・ブラザーズが破綻するきっかけとなったのは、2007年1-3月に始まった「サブプライムショック」と呼ばれる米国不動産バブルの崩壊だったので、2007年1-3月から2009年1-3月までの2年間を通して「サブプライム-リーマンショック」と称することもあります。サブプライムショックの詳細についてはまた別の機会としますが、要するに拡大していた不動産ローンが不良債権化し、多くの大手金融機関の信用力が低下したことを指します。

【図表】日本の景気指数の推移
【図表】日本の景気指数の推移

財務の健全性に最も多くの問題を抱えていたリーマン・ブラザーズが資金調達に行き詰まり、連邦破産法11条(チャプター11)を申請したのが2008年9月15日のことでした。サブプライムショックと称されていたその前の1年間についても、景気の先行き不安はあったものの、当時1バレル=100ドルに迫る勢いだった原油市場(2003年当時は30ドル前後で、サブプライムショック前後から急騰し、2008年初旬に100ドルに到達。2019年4月8日現在は約63ドル)や資源価格の高騰を背景に、中国をはじめとする新興国経済はきわめて順調に推移していたことから、米国の不動産ローン問題は金融市場内の問題として考えられており、実体経済に深刻な打撃を与えるものとは認識されていませんでした。またその年の3月にリーマンと同じように財務問題を抱えていたベアー・スターンズが米国政府主導で救済合併されたこともあり、米国の金融機関の信用問題も峠を越しつつあると一般的には理解されていました。

こうした中で起きたリーマン・ブラザーズの「突然死」が世界の金融市場経済に与えた影響は、想像を絶するものとなったのです。リーマン・ブラザーズの破綻は、その他の大手金融機関の信用不安へと瞬く間に拡大していきました。
一般的に取り付け騒ぎというのは預金者が金融機関から預金を引き出すために殺到することを言いますが、この時は金融機関間においての取り付け騒ぎが発生したのです。どれほど大きな金融機関であろうと資金調達することが困難となり、結果として金融機関は保有している金融資産を売却せざるを得ない状況となりました。しかし金融市場では売りたい人ばかりで買い手が付かないということになり、金融資産は商品の質や本来価値に関わらず、現金化さえできればよいという、まさに二束三文での売買が横行しました。金融機関が資金繰りのために資産を売り、結果資産価格がさらに下がって、信用力がさらに悪化するという、地獄のような逆回転が数か月続きました。

さらに金融機関自身が資金調達できないため、そこから融資を受けていた一般企業の資金繰りも急速に悪化していきます。資金繰りがつかない企業は当然予定していた設備投資計画を白紙とし、資金がないので受注そのものが凍結され、金融経済のフローが全てストップするという事態が世界規模で発生したのです。結局、米国政府と金融当局が金融機関に公的資金を投入し、かつ不良債権を直接買い取るという大規模な金融安定策を発動したことで、金融システム機能は2009年4月以降徐々に正常化し、世界経済も2009年半ば以降回復過程に入ることができた、というのが「リーマン・ショック」のあらましです。

ただの株安や景気悪化を「リーマン級」とは呼ばない

今、消費税に絡めて「リーマン級の事態」と軽々しく表現しますが、「リーマン級の事態」というのは、世界の資金と物流の全てが心肺停止に陥るような事態のことを指します。株価が3割下落したとか、景気指数が100を割ったとか、物価が下落に転じた、とかいうレベルの話ではありません。今の現状を無理やり当てはめるとするなら、欧州でEUへの離反が加速し、例えばドイツがEUからの離脱を検討するに至り、通貨としてのユーロの存続に疑義が発生し、誰もユーロ建てでの資金決済を受け付けなくなる、といった事象でしょうか。
このような事態が現実的になるかどうかを想像してみる限りにおいて、言葉通りの「リーマン級」で消費増税が延期される可能性はまずないと言ってよいと思います。
まぁ前回、「リーマン級の事態が発生しない限り増税を行う」と言いながらも前言を撤回した安倍首相なので、10月まではまだまだ紆余曲折あるかもしれませんが……。

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