「白木屋中村傳兵衛商店」は、東京・京橋の創業180年を超える老舗の箒(ほうき)屋です。扱うのは、江戸の庶民が日常生活で愛用していた「江戸箒」。デザインはシンプルかつ、伝統的な重厚感を感じさせます。そして、独特のほうき草の匂いは懐かしいおばあちゃんの家を思い出させるよう。モノに溢れた現代に伝えたい掃除への想いを、同社広報担当の高野さんにお聞きしました。

株式会社 白木屋中村傳兵衛商店
高野純一氏

一つのモノを長く大事に使い込む。自然素材100%の究極エコスタイル

―「白木屋中村傳兵衛商店」は、天保元年(1830年)に創業され、180年以上にわたり江戸箒を作り続けてこられました。品質や工法は江戸時代の当時そのままで、職人さんが一本一本手作り。私は箒についてド素人なのですが、せっかくの機会ということで、今日は色々とお聞きしたいと思います。まずは、ずばり江戸箒の究極の魅力とは何でしょうか? たくさんある魅力の中で、現代の私たちに訴求したいアピールポイントをお聞かせ願います!

「白木屋中村傳兵衛商店」の外観

高野さん 江戸箒は「一つのモノを自分の目で確かめながら、調節することで長く使い込むことができる商品」というところが最大の魅力だと思っています。というのも、江戸箒は手直しすることによって、7、8年~10年という長期間使っていただけるんです。非常に耐久性が高いんですよ。いまどきの現代では、なかなかない商品でしょう?
例えば、掃除機などの家電を挙げてみても、数年で壊れると、修理せずにすぐに買い替えるなんてことはザラにありますから。

―少し前は、世の中で「安価なものを使い捨てる」風潮が流行っていましたが、最近は高野さんがおっしゃるような「上質で気に入ったモノを大切に使い込む」という発想が見直されているように感じます。ちなみに、江戸箒はどうやって手直しをするのでしょう?

高野さん ある程度使い込んでくると、箒の先に段々とクセがつきます。そのときは、きりふきで水を軽くかけてあげて、寝癖を直すように手でそっと整えます。吸水性が高いですから、すぐに染み込んでいくのが実感できると思いますよ。そして、もっと使い込めば、箒の先が摩耗してきて、掃き心地に物足りなさが出てくることもあるかもしれません。その時は、摩耗した部分をはさみでちょん切ってあげてください。

―そうなんですか! てっきりお店に行って、専門の方に修理していただくのかと思っていました。素人でも直せるんでしょうか?

高野さん もちろん、お店に持ち込んでいただいても大丈夫ですが、お客さん自身でも直していただけますよ。最終的に半分くらいの長さになれば、その箒の寿命といえるでしょう。そうなれば、後は外掃きとして、玄関などで使用していただくこともできます。

―手入れ次第で、そんなに長持ちするんですね。さあ、さらに深掘りしていきますよ! 購入から約10年が経ち、外掃きとしても使えなくなってしまったら、後はどうすればいいんでしょうか?

高野さん BBQや焚き火の燃料にでもしていただければ(笑) 言ってしまえば、原材料は草と竹ですから。

―想像の上を行く回答でした(笑)。ですが、自然由来100%の原材料だからこそできることですね。

高野さん そうなんですよ。埋めていただいても土に還りますし、最終的にゴミにならないところも江戸箒の魅力の一つといえます。いま、プラスチックごみの問題が世界的に問題視されていますよね。プラスチックは、焼却すると有害物質が発生するためです。

―なるほど。世界各国でも「プラスチックの使用を辞めよう」という流れが顕著ですもんね。

高野さん その点、江戸箒のような自然由来の素材は、焼却したとしても環境負荷がほとんどかかりません。自然から採取したモノが自然に還るだけです。

―理想のリサイクルとでも言うのでしょうか……。究極にエコを突き詰めた一つの完成形といえそうです。

高野さん ちなみに、畳だけでなくフローリングでも使えますよ。江戸箒は、掃く場所を選ばずオールマイティなんです。“伝統工芸品”と構えずに、掃除道具として普通に日常使いをしていただければと思っています。

江戸っ子はミニマリストでせっかち。断捨離を体現した彼らの生活にピッタリな江戸箒

―「白木屋中村傳兵衛商店」は、創業が1830年というまさに老舗中の老舗です。そうなると、江戸箒も相当な歴史がありますよね。

高野さん 江戸箒の始まりは、江戸中期の庶民の暮らしが安定し始めた頃です。以前はぜいたく品とされていた畳ですが、庶民の家にも普及するようになったため、江戸箒のような「座敷箒」が誕生するわけです。


室町時代の関西近辺で誕生した箒

―「座敷箒」とはどういった箒でしょうか?

高野さん 箒の掃く部分が草でできているものです。江戸以前の庶民の間では、「棕櫚(しゅろ)箒」という箒が一般的に使われていました。素材はモップのようで、履き心地は優しく掃き寄せるような具合です。畳に使うとなると、ちょっと物足りないんですよ。そこで、「もっとコシがあって、掃き出しが強い箒があれば……」という江戸庶民の要望に応えて、座敷箒の一種である江戸箒が誕生しました。うちは1830年(天保元年)の創業ですが、その当時から今までずっと同じ形や工法をとっています。

―江戸庶民の生活の需要に、まさにピッタリと合致した商品というわけですね。江戸箒を発明したのは、一体どなたでしょうか?

高野さん 江戸箒は、誰かが発明してつくられたものではなく、自然発生的に生まれたものでしょう。箒というものは非常に面白くて、地域ごとにスタイルが微妙に違います。江戸箒は、おそらく長野の箒のスタイルを採用したと思われます。非常に軽くて、形も似ているんですよ。

―(江戸箒を持つ)本当に軽いです! 装飾が厳かな感じなので、てっきり重いだろうと思っていたんですが……。

高野さん 江戸っ子はせっかちな性分でして、小気味よくパッパッと掃けるもの好んでいました。江戸という土地のニーズに合わせて、江戸箒は軽くてコシがあって、掃き出しの良い箒になっているんですよ。また、江戸っ子は今でいうミニマリストでもあります。彼らの部屋は本当にモノがなくて、さらに掃除好き。究極の断捨離といえるでしょう。

―なんだか、とても今っぽいですね。

高野さん 彼らは、当時の諸外国と比べても、圧倒的にモノがない生活をしていました。生活水準も低くて貧しいんですが、まったく貧相ではないんです。現に、幕末のイギリス大使は、彼らの生活を見て「ここまでモノを持っていない民族は見たことがないが、貧しい中に清潔さと高貴さを持っている」という記録を残してます。

気づけば箒屋は白木屋だけに

―非常に粋な文化ですね。「ボロを着てても心は錦」に通じます。そんな江戸っ子に合わせて、「白木屋中村傳兵衛商店」ではどのような箒を作っていたのでしょうか?

高野さん うちでは、当時から一番軽い箒ということで売り出していました。ちなみに「江戸箒」と名付けたのは、実はうちなんですよ。

―ネーミングもされたんですか? それまでは何と呼んでいたんでしょうか?

高野さん 江戸箒と名がつくまでは、例えば、「白木屋さんのところの箒」だとか、そんな感じでしょうね。発明者は特にはいませんし。昔、箒屋さんは、このあたりにたくさん存在したんですよ。ですが、いつのまにかうち以外全部潰れてしまって、気づけば箒屋さんはうちだけになってしまいました。「それじゃあ、江戸箒と名乗ってもいいだろう」ということで、最後に残ったうちが「江戸箒」という名称をつけました。

―「江戸箒」を名乗り始めたのはいつ頃でしょうか?

高野さん 先代社長(6代目)のときなので、本当にごく最近ですね。商標登録もしてますよ。

―なるほど。「白木屋中村傳兵衛商店」は、たくさんあった箒屋さんの中の最後の1店舗ということなんですね。

高野さん よく「何で高級海外ブランド店が立ち並ぶ銀座に、古そうな箒屋さんがあるの?」と聞かれるんですが、こちらからすれば、周りが勝手に激変したように感じますよ(笑)もう銀座界隈で、うちのようにモノづくりをしているお店なんて残っていませんね。

原材料は、箒のための箒による箒の「ホウキモロコシ」

―江戸箒の原材料は何を使われているのでしょうか?あの、名称は分からないのですが……。持ち手のほうではなく、ふさふさの掃く部分のほうです!

高野さん そちらの原材料は、「ホウキモロコシ」です。ご存知ないかもしれませんが、箒にするための農作物なんですよ。ちなみに、イネ科といって、稲の仲間にあたりますね。

―ホウキモロコシ……。名前にも冠する通り、箒専用の農作物ということですか?

高野さん はい、そうなんです。ご存知ないかもしれませんが、実は箒にするためだけの農作物というものがこの世にはあるんですよ。ちなみに、持ち手の部分は竹からできています。

―ホウキモロコシは、どこで栽培されているのでしょうか?

高野さん 国内でうちが契約している所は、茨城県のつくばですね。海外では、インドネシアかタイです。国内だと、畑はつくばぐらいのものでしょう。今はほとんど残っていません。その昔、関東は箒の一大産地だったので、つくばだけでなく、栃木やさいたま、千葉、神奈川の厚木などたくさん畑があったんです。実は、うちは大昔に千葉県の千葉草を使っていたんですよ。ちょうど成田空港あたりに畑がありました。

―千葉草ですか……。もしかすると、空港開発によって、千葉の畑は取り壊されてしまったんでしょうか?

高野さん その通りです。高度経済成長はご存知ですよね? あの頃、宅地開発が急激に進んで、関東近辺の多くの畑は工場やベッドタウンに変わってしまいました。時代が時代ですから。「せっかくの広大な土地を、ただの畑にしておくのはもったいない」ということなんでしょう……。ですが、うちは残ったつくばの畑で何とか原材料を確保しています。

―時代とは言え、何だか物悲しいような気持ちになりますね。国内の畑が大幅に減少したことで、徐々に輸入のホウキモロコシが増えていったのでしょうか?

高野さん そうですね。いまや、海外から輸入することが圧倒的に多くなりました。

江戸箒の職人は3人。昔は分業制、いまはひとりで1本の箒を作り上げる

―なるほど。箒1本にかける制作時間はどのくらいでしょうか?職人さんの一本ずつ手作りで手掛けているとのことでしたが。

高野さん 短いものだと、1本につき1時間半から2時間弱ほどかかります。長いものだと5時間以上はかかるでしょうね。

―制作スタイルは、1人の職人さんが丸々1本を手掛けるという形ですか?それとも1本の箒につき、何人もの手が入る分業方式でしょうか?

高野さん 昔は職人がたくさんいたので、分業方式をとっていました。例えば、1から10の工程があるとして、「1を手掛ける職人」「2を手掛ける職人」……というように、職人の作業は完全に分かれていました。そのほうが効率がよいですからね。でも、いまは職人の数が少ないので、1人の職人が1から10まですべて手掛けています。逆にそのほうが手掛けた職人の個性や味がそのまま箒に反映されていて、面白いですよ。同じ工程を踏んでつくった箒とはいえ、手作りなので完全に同じものはできませんから。世界に一つだけ、あなただけのオリジナル箒といっても過言ではありません。

―「白木屋中村傳兵衛商店」では、何人の職人さんが働いていらっしゃいますか?

高野さん いまは3人です。といっても、彼らはうちで取り扱うすべての箒を手掛けているわけではありません。種類としては、江戸箒全般の制作を担っています。長い箒のことですね。うちの看板商品でもあり、お値段的にも一番値が張るものです。一番高いものだと、1本で7万円台はいきますね。

―そうだったんですね! さすがに、3人ですべてを制作するのは、時間やコスト、体力のうえでも厳しいですもんね……。短い箒はどなたが制作されているのでしょうか?

戦前、インドネシアに伝承された職人の技術

高野さん 「下職」という言葉をご存知ですか? 内職のように、「○本受注して、○本を制作してもらう」というように契約している方々が何人かいらっしゃいます。短い箒に関しては、その方々に請け負って制作いただいています。実は、その方々というのは、ほとんどがインドネシアの方なんです。大体20人~30人くらいいらっしゃいますね。


インドネシアに制作を発注する短い箒。価格は1000~3000円台と比較的リーズナブルだ

―何だかグローバルな話になってきましたね! さきほど、箒の原材料となる「ホウキモロコシ」の一部は、インドネシアから輸入されているとの話がありましたが……。そちらの事情と関係しているのでしょうか?

高野さん そうなんですよ。原材料がインドネシアで取れるので、取った後にそのまま現地で制作いただいています。
再度大昔の話になってしまうのですが、戦前、日本がインドネシアを占領していた時代に話は遡ります。ネガティブなイメージのある話ですが、一方で現地の人間同士で、技術交流は盛んでした。その関係で、江戸箒の技術も現地のインドネシア人へ伝承されており、いまでも江戸箒を作れる方がインドネシアに残っています。
インドネシアの方々は技術レベルが非常に高く、本当に良いモノをつくるんですよ。戦前から蓄積された技術が後世にまで継承されていますから。

―インドネシアにまで日本の伝統技術が伝わっていたとは、歴史を感じるスケールの大きな話ですね。インドネシアの方は、長い箒の江戸箒の制作には携わらないのでしょうか?

高野さん 江戸箒に関しては、すべて日本で制作しています。うちの3人の職人が手掛けていますよ。インドネシアには、江戸箒のすべての技術は伝承されていませんから。

―世界中どこを探しても、彼らしか江戸箒は作れないということは……もはや選ばれし3人といえますね。ただ、素人目で大変恐縮ですが、1点疑問があります。「職人が作る江戸箒」と「輸入物の短い箒」……。江戸箒と名称がつくものとそうでないものの違いは、「長さ」以外でどのようなところがあるのでしょうか?お値段も、「短い箒は2千円~3千円」、「江戸箒は最高7万円程度」と、だいぶ開きがあるように見受けられます。

高野さん それはよく聞かれる質問です。視覚的には違いがないので、「何が違うの?」と疑問に思いますよね。
違いは、ずばり“草の質”です。江戸箒は、よりコシがあって柔らかさを兼ね備えている上質なほうき草を使用しています。見た目には違いは分からないでしょうが、実際に掃いてみると明確に違いを感じるはずです。
素材選びをとことんこだわっているので、江戸箒は弾力が効いて、型崩れしにくく、掃き出しも効いており、そして何より持つと軽い! 江戸箒は、機能性が非常に高いんです。

―そうだったんですね。そんな「江戸箒」ならではの特別な素材選びですが、どのように選別しているのでしょうか?

高野さん 職人がたくさんのほうき草の中から、肌感覚で、基準に見合ったものだけを選び取っています。そこが一番違うところですよ!

職人をハローワークで募集。やる気さえあれば、あなたも職人に?

―私を始め、多くの人は会社員という働き方をとっています。最近では、フリーランスの方も珍しくない世の中ですが、それでも「職人」という職業は現代の私たちにとってはあまりにも身近でなく、その生態がよく知られていない現状かと思います。いま「白木屋中村傳兵衛商店」で職人として働いている3人は、どのような経緯で職人になられたのか教えていただけますでしょうか?

高野さん まず、トップに「職人頭」がいます。もう70歳以上の高齢のおじいちゃんなんですけどね。この方は、祖父の代から3代続けて職人という家系なんですよ。

―3代続けて箒職人とは……。もしかして、残りのお2人も元々職人の家系なんでしょうか?

高野さん いえ、全然関係ないですよ。残りの2人は、学校を卒業して「何をしよう?」と考えた後、モノづくりをやってみようと思い立ったようなんですよ。進路に悩んでいた末、最初は自分の探しの一環として始めたといっていたようですね。

―ということは、お2人はお若い方なんでしょうか?

高野さん はい、若い方ですよ。30~40代の男女1人ずつという構成ですね。職人界隈もだいぶ変わってきましたね。江戸時代の頃は「豆腐屋さんの子は豆腐屋さんになる」といったように、生まれたときから職業が決まっていたんですよ。群を抜いて優秀な子だけが学校に行けましたが、今では高校を卒業して、ほとんどの子が大学や専門学校に通って、「自分が何をやりたいか」を考え始めます。

―昔から考えると、20歳を超えて将来を考え始めるのは、遅いんでしょうね。職人魂のようなものは、きっと親の姿を見て自然と育まれてきたんでしょうから。

高野さん だから、いまの社会は職業のミスマッチは起きやすいですよね。当然のことですけどね。

―現代の職人さんの子どもは、自ら跡を継ぎたいと考えていらっしゃるんでしょうか?

高野さん いえ、そうでもないですよ。むしろ、子どもはまったく別の職業についていることのほうが多いですね。

―子どもさんのほうが「俺 or 私の好きにやらせてくれ!」と反発するんでしょうか?

高野さん そんなこともないんです。親のほうが子どもに継がせたくないと思っていることのほうが多いですよ。そもそも子どもが職人に向いているかどうか分からないですから。「自分よりもクオリティの低いものを作るぐらいだったら、店をたたんだほうがまし」と判断して、店じまいをするところはよく見かけますね。職人気質としては、無理に続けるよりも半端なものを残したくないという想いのほうが強いのでしょう。

―ちょっと残念な気もしますが、潔い決断ですね。「白木屋中村傳兵衛商店」は外部からも職人を雇われているとのことですが、どういうところで募集をされているんですか?

高野さん 普通とまったく変わらないですよ。ハローワークで求人を出したりしていますから。学校を出た若い人が「モノづくりをやってみたいな」と思ったら、ポチっと応募するような流れです。やる気さえあれば、もちろん未経験大歓迎ですよ。

―職人さんって普通の就活のような流れでなれるものなんですね……。今日の話の中で一番驚きました! モノづくりをやってみたい若者って、いまは相当いるんじゃないでしょうか?

高野さん そうですね。40~50代以上の世代は、「いい学校でいい会社に就職する」というサラリーマン生活が憧れの対象でしたが、いまの若い人はあまりそんな風には考えていませんよね。「モノづくりや職人ってかっこいい」という意識が見受けられます。

職人魂が光るのは、見た目には分からない「ほうき草の選定」。習得には最低でも10年

―職人頭とその弟子2人の関係性は、一体どのようなものなんでしょうか? 単なる上司と部下とは違いますよね?

高野さん そうですね。でも、うちの職人頭は、「とにかく見て盗め!」だとか「○年までは箒には触らせない」とか、そんなステレオタイプな職人じゃないですよ。とても穏やかな人で親切で丁寧な指導をしますし、弟子は新人のころから箒をすぐに作ることができますよ。とはいえ、何でも簡単に教えるのではなく、弟子に自分で気づかせるように仕向ける姿勢は徹底しています。言われたことだけやっているようでは、職人の感覚は身につかないですから。ある意味とても、厳しい業界ですよ。

―理想のリーダー像ですね。「その人に自ら気づかせる」という指導は、なかなか難しいですよね。どうなれば、職人として1人前と認められるのでしょうか?

高野さん 草の選別です。上質な草を手の感覚で判別できるようになれば、1人前です。きれいな形の箒を作るだけだったら、1~2年もあればできるようになるんですよ。ただ、いい草を選べるようになるのは10年以上かかります。身体感覚で養うものですから、マニュアル化や言語化はできません。いまの江戸箒は、すべて職人頭が草を選別していますよ。一人前になるまでは、この作業は任せられませんから。

―今後、「白木屋中村傳兵衛商店」の技術承継に関してどのように考えていらっしゃいますか?

高野さん 先代の看板を背負って、これまでずっと商売をさせていただいているわけですから、次へバトンをつなぐということをまず先決に考えています。そうするには、まず「江戸箒の質を守る」ことが最も大事なことです。これからも長く使っていただくために、基本的なことですが「上質な草を選ぶ」だとか「軽さを重視する」のように、商品の質をキープすることが私たちの優先順位であると考えています。

―クオリティは絶対に譲れない部分なんですね。

高野さん はい。うちは、まず職人が作るモノありきの商売ですから。儲けることを優先にして草の質を下げて量産をしても、長い目で見て上手くいくわけがないんです。「商品ファースト」がうちのような老舗にとっての一番のこだわりポイントです。もちろん世の中のニーズに合わせて変えていくことは大事です。ですが、ニーズに左右されない“芯の部分”は大事にとっておくべきなんです。

プロダクトデザイナー発案による、ステッキの柄の「掛けほうき」

―最近、柄の部分がステッキの形をした、「掛けほうき」という商品を出されていますよね。椅子の背もたれやドアノブなど、室内のどこにでも掛けられるデザインはまさに画期的です! 収納スペースをとりませんし、見た目がおしゃれなので、日常生活に溶け込む気がします。


掃印ブランド「掛けほうき」。大治将典氏により発案された

高野さん ありがとうございます。実は「掛けほうき」は、プロダクトデザイナーである大治将典さんの発案により、誕生した商品なんですよ。昔、大治さんがうちにアイデアを持ち込んでくださったんです。そこで、うちでそのアイデアを形にすることになりました。大治さんは、「そばに置いておきたい掃除道具」というコンセプトのもと、「掃印」という掃除道具のブランドを立ち上げていらっしゃいます。

―では、「掛けほうき」は掃印ブランドの一商品というわけなんですね。このプロジェクトはいつ頃始動されたのでしょうか?


実際に「掛けほうき」を掛けたイメージ

高野さん おそらく2005年あたりでしょうかね。うちが1830年に創業したことを考えると、本当にごく最近といえるでしょう。ちなみに、「掛けほうき」は現代生活に溶け込んだモダンなデザインが特徴ですが、基本的には江戸箒のつくり方を踏襲していますので、機能性も抜群ですよ!

―「掛けほうき」が誕生してから、どのような反響がありましたか?

高野さん 継続的にお買い求めいただけている印象はあります。これまでにも新しいプロジェクトがうちに持ち込まれたことはあったのですが、「掛けほうき」のように長く愛してもらえる商品に育つことはなかなかありません。その点、「掛けほうき」は誕生してからもう10年以上になりますので、商品として定着した証拠だと思っています。

顧客が若年層や海外へ拡大。現代の私たちが箒を選ぶ理由

―江戸箒を購入されるお客さまは、どのような層が多いですか?

高野さん 基本的には、年齢は関係なく幅広くお買い求めいただいています。ですが、最近、20~40代の若年層の方がとくに増えてきているのを肌で感じます。小さいお子さんがいるご家族連れもよく来店されますよ。掃除機と違って排気ガスが出ないですし、昼間は子育てに追われて、夜中に掃除をすることになったとしても箒だと騒音がまったく出ません。


「白木屋中村傳兵衛商店」店内の箒売り場

―なるほど。そういった家族連れの方は、エコ志向の方が多いんでしょうか?

高野さん 確かに、そういったお客さまは、環境志向やオーガニック志向が強い方が多いかもしれませんね。ですが、単純に、道具としての機能性を気に入っていただいて購入される方もいらっしゃいますよ。

―どういったルートで、購入されるお客さまが多いですか? 例えば、来店して直接販売をする以外にも、自社のホームページ内でネット販売をされていますが。

高野さん 新規のお客さまだと、インターネットが多いですね。実は、ホームページを立ち上げたのが20年前なんですが、立ち上げ以降、江戸箒の存在を知っていただく機会は格段に増えました。また、全国のデパートの催事場に出店することもあります。例えば、「大江戸職人展」のような期間限定の催しですね。全国を巡回して、少しでも多くの人に江戸箒を知ってもらおうと努力しています。デパートで購入されるお客さまは、60代以上の高めの年齢層の方が多い印象です。

―全国行脚をされているんですね! 最近、江戸箒は海外の方に注目を集めていると小耳にはさんだことがあるのですが、実際どうなんでしょうか?

高野さん 海外の方は、江戸箒に対して、いわゆる「クールジャパン」の要素を感じて興味を持っていただいている印象があります。例えば、海外のデザイナーの方が来店されたこともあります。

―え? わざわざ海外から日本まで来店されるんですか?

高野さん ええ。江戸箒は“本物”なんです。何かを再現して作っているわけでもありませんし、「日本の文化を楽しんでもらおう」という意図で作っているわけでもありません。
昔から実際に使われていたもので、いまもまったく変わらずに存在しているものです。海外のお客さまは、自然体でリアルな日本の文化を知りたいと思っている方が多いんですよ。そういった知識欲が高い海外の方にとっては、江戸箒は日本を感じるのにはピッタリなんでしょうね。

―日本が発信したいものと、本当に海外の方が求めているものには、ズレがあるような感じがします。日本が「クールジャパン」として押し出そうとしているものって、きっと独りよがりなところもあるんでしょうね。

高野さん ピントがズレている印象ですよね。日本らしさは、無理矢理作り出すものではないですから。おそらくうちに来るような海外のお客さまは、「日本の名所を一通り回って、美味しいものを食べて……」という観光スタイルをとられません。うちはとくに海外に向けて宣伝を打つようなことはしていませんから、ご自身で江戸箒のことを調べて、興味が湧いて来てくださっているんでしょう。単なる観光ではなく、学びや発見を求めているんでしょうね。

―富裕層の中でもインテリ層といいますか……。目的意識を明確に持って、日本へ旅行に来られているんですね。

モノとの関係性が変わりつつある現在。モノが増えても幸せにはなれない?

―江戸箒は日本のメディアも紹介されることがありますよね。商品そのものだけでなく、「環境問題」や「断捨離」、「ミニマリスト」のような文脈で紹介されることに関しては、どのようにお考えでしょうか?

高野さん 最近、人とモノとの関係性が変化しつつあるように感じます。例えば、バブル時代は「モノがあればあるほど幸せ」という意識が強かったですが、不況が続く平成を経て、「モノの多さは必ずしも幸せに直結しない」と考える人が増えてきました。そんな中で、近年「一つのモノと長く大事に付き合う」という生活スタイルが再注目されているのでしょう。
きっと若い人ほどそう感じている方は多いと思いますよ。

―最近、片づけコンサルタントの“こんまりさん(近藤麻理恵さん)”ブームが再燃しているように、「片付け」「掃除」という行為が、単に「身の回りをきれいにする」以上の意味付けされているような気がします。

高野さん 掃除をすると、自然と無心になりますよね。余計なことは何も考えず、作業に没頭できます。それに、部屋がきれいになると、なんだか気分もシャンとしますよね。気持ちが整うというか、自然と自分の部屋をきれいに使い続けようという意識に切り替わります。


無心に掃除をする高野さん

―確かに、私も掃除をするときは無心になります! とにかくきれいにすることしか考えませんよね。一瞬の間ですが、余計な雑念や煩悩と離れられます。

高野さん 掃除をルーティーンにするといいと思いますよ。「歯磨き」や「お風呂」のように毎日の日常生活の一部に組み込んでしまえば、気持ちのいい生活が送れるのではないでしょうか?

―3日坊主にならないよう、頑張ってみます! 今日は、ありがとうございました!

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