狭まる金融・財政政策の余力

世界景気に対する失速・後退懸念が再び台頭しつつある。世界経済は、主要国の中央銀行が「ハト派」へと転換したことで、2018年末以降の一時的な停滞から脱出しつつあったが、ここにきて米中貿易戦争の再燃を契機に、楽観シナリオは修正を余儀なくされつつある。

バークレイズ証券の試算では、今回の米国による対中国輸入2000億ドル、および追加分として検討されている3250億ドルを対象とした制裁関税適用を前提とすると、中国のGDP(国内総生産)成長率は累計で−1%ポイント弱低下する。日本においても生産動向、および長短金利差を基に推定される景気後退確率は、2019年3月段階で54%と2014年6月以来初めて景気判断の「臨界点」となる50%を上回った(図表)。

【図表】景気後退確率は2018年度末段階で一時50%越え

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【図表】景気後退確率は2018年度末段階で一時50%越え
注1:景気基準日付(景気後退期=1、景気拡大期=0 )を被説明変数、鉱工業生産(後方3カ月移動平均の3カ月前比)と長短金利差(10年国債と3カ月ユーロ円TIBOR )を説明変数としたプロビットモデルにより算出。製造業の景気後退(「中国ショック」;2015年6月~ 2016年9月)に関しては、内閣府が景気後退期と判定していないため、モデル推定においては景気拡大期としている
注2:2019年4〜5月に関しては、鉱工業生産が3月計数時点での生産予測、長短金利差は横ばいとして算出(点線)
出所:内閣府、経済産業省、ブルームバーグ、バークレイズ・リサーチ

足下の生産・在庫循環が2019年4~6月にかけ回復へと転じる場合、2018年末からの景気停滞は、景気拡大局面における一時的な「踊り場」に終わるだろう。この場合、2015~2016年の景気局面がそうであったように、中国経済の下振れリスク(「中国ショック」)を契機とした景気減速・後退は製造業にとどまり、非製造業を含む全般的な景気後退にはいたらない。

ただし今回の景気局面は、米中貿易戦争の帰趨きすうをめぐる不確実性に加え、以下の点で2015~2016年の「製造業の景気後退」とは異なっている。第一に、財政・金融政策の余地が格段に狭まっている点だ。財政政策については、日本を含む主要国に共通する「大衆迎合主義(ポピュリズム)」を背景とした財政拡大の反動から、また金融政策については超低金利政策の慢性化から、ようやく均衡金利水準まで政策金利を修正した米国を除き疲弊が目立ち始めている。とくに後者の金融緩和については、「金融抑圧(金利を低水準に抑制することで政府債務を軽減する政策)」の下での金融機関の基礎的収益力低下、および将来的な信用収縮に対する懸念といった副作用も懸念されている。

第二に、長期にわたる金融緩和を背景に世界的にバランスシートが肥大化、かつて日本が経験したとおり、バランスシート調整が世界経済の循環的な回復を制約し続ける可能性が高い点だ。とくに中国においては、負債圧縮(ディレバレッジ)を進める政策当局による信用抑制策の強化もあって、「影の信用」を含む信用総量の増勢は2015~2016年と比較すると限定的にとどまっている。第三に、景気環境を取り巻く不確実性が高まっている点だ。米中貿易戦争の長期化はもとより、Brexitを含む欧州の政治リスク、および中東を中心とした地政学リスクも再び不安定化の兆候を示している。

設備投資循環が景気回復のカギ

世界景気の停滞が長期化するにつれ、日本経済の景気後退リスクも増幅する。とくに欧州主要国と同様、中国景気に対する感応度が高い日本経済の下振れリスクは、中国景気減速の影響を輸出減少、および「リスクオフ」に伴う為替円高加速を通じ高まることが予想される。この場合、財政拡大に対する圧力と同時に、日本銀行による追加緩和に対する思惑も強まる展開となるだろう。

前者については、2019年10月に実施が予定されている消費増税に伴う財政縮小(対GDP比率:1%前後)は、軽減税率導入、教育無償化策等一連の財政緩和措置でほぼ相殺される見通しにある。しかし、2019年7月の参院選を控え補正予算組成により一段と拡張的な財政政策へと転換することも見込まれる。

一方、金融政策については緩和余地が限定されるものの、政策金利に対するフォワードガイダンス延伸・強化、貸出支援基金におけるマイナス金利適用(金融機関収益に対する補填)といったより副作用の小さい選択肢が採用される可能性は残されている。こうしたなか、設備投資循環、とくに人手不足に直面する非製造業における、資本装備率の上昇を伴う設備投資増(「資本の深化」)が、日本経済の自律的な拡大のカギを握るかたちとなるだろう。

J-MONEY 2019年6月号より転載。記事内容は2019年5月27日時点)

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