テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず!
連載第10回は、放送作家の田中直人さん。

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どうでもいい告白ですけど

田中直人さんの写真たなかなおと
放送作家、日本放送作家協会所属

自分で言うのもナンですが……僕はとてもちゃんとした人間に見えるようです。仕事、礼儀、人当たりや物言い、怒る事も無ければ酔って声を荒げる事も無い。そしてお金に関する事も含んだイメージかも知れません。僕自身もまぁまぁそんな気でいました、昔は。
でも……この仕事をするようになって気付いた「お金に関する才能の無さ」。そう聞くと、カネが有り余る大富豪か無頼を気取った男だと思う人もいるでしょう。全く違う……僕の人生を奇妙なものにする重大な事実であり、自身の大欠点だったんですなコレが。この歳にして少々恥ずかしい話になります。他の皆さんのエッセーとズレてるかも知れませんが、お聞き下さい。

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作家の仕事を始めたのは大学3年のバブル期真っ只中。1年の頃から小さな劇団にいて細々と活動と不定期バイトを続ける一方、お金が無くなると都内に暮らしていた母にもらいに行き、横浜にいた兄にも頼り、幸い一人暮らしのやりくりに困る事は無く過ごし、少々貯まったお金で自転車を買い、夏休みを使って北海道から沖縄まで日本縦断の旅を計画していたところ「放送作家募集」の話に出会いまして。

その年の秋から仕事のギャラをいただくようになりましたが、その額が増え出した頃、僕は慌て始めるのです。きっと自分は計画性も何も無く使ってしまう……他人にあげたり勧められるウマい話が断れなかったり。カネの事を考えると背筋に汗が……よく分からないが、何とかしなきゃ大変な事になる!って、そんな大した額でもなかったんですが。

勧められるままに杉並区の青色申告会に入り、確定申告は優しいおじさんにほぼお世話になり、とにかく長い時間お金の事を考えたくない、何かと忙しい脳を関わらせたくない。で、連絡したのが当時近くに住んでいた中学時代の同級生Y。大手の銀行員だった彼にお金の管理(って、ホントに大した額じゃないんですが)を委ねると決め、僕は大きな不安と精神的負担から逃れられる事となります。

お金を渡すイメージ「お金のこと長時間考えたくなかった」と語る田中さん。必要な額は大手銀行に勤める友人が田中さんの銀行口座から下ろして届けてくれていたという。

僕が不規則な毎日で何かと面倒だった事もあり、銀行に出向かないといけない手続きの何やかやもYに任せ、必要な時に必要なお金を彼が下ろしてウチに持って来てくれるという生活。それはそれは気が楽でした。

実は行きたい、ATM……

やがてカミさんと出会います。会社の総務・経理・秘書などを務めていた彼女は、僕のヘンな買物ぶりや、何人もの友人にお金を貸しっ放しになってる事態など見てすぐに見抜きます、僕のおカネ脳の無さを。銀行員のYから引継ぐ形で彼女は、僕のお金に関する全権を掌握。まるで禁治産者に接するように、静かに強力に。
なので僕は結婚してからATMでお金を引出した事がありません。そもそもキャッシュカードが無い、いや持たされない。お金は必要な時に必要な分を手渡しでもらうという事が30年来続いています。更に、今ウチにはいくらあるんだろう……それも何だか怖くて聞いた事がありませんが、困って生活を切り詰めてるフシも無いからまぁイイか。ありもしないおカネ脳に負担をかけたり、我が家のおカネの実態を知って妙な心配をするよりどれほど気が楽か

余談ですが、そんな状態なので、いわゆる夫婦の危機の時はそりゃ考えましたよ。僕はいくら渡されて家を追い出されるんだろう……都心だと1DKで今いくらだろう……その家賃だけでも定期的に払ってもらえないかな等々、そら恐ろしい日々でした……。

そんな僕は20代後半の頃、この仕事を離れ2年近く「プロデューサー」という肩書きだった時期があります。なぜそうなったのか? 理由は「ちゃんとしてそうだから」。当時所属していた事務所には、放送作家とディレクターはいてもプロデューサーがおらず。なのに伊藤さん(現・テリー伊藤)がVシネやドラマ制作の仕事を受けちゃうため、直ちにPが必要になった訳で。新たな名刺を作りジャケットなんか着て、局やタレント事務所を回ったり、編成との飲み会をセッティングしたり。そこまではイイ。

問題はお金勘定の業務でした。他のPに教わりながら見積もりやらナントカ書に数字をいっぱい記入して作成し、撮影が始まるとお金の配分も日々調整しないと……。でも、出来る訳ありませんでした。急きょもう一人のPを立て、お金に関する事は全て彼にやってもらい、僕はキャスティングやロケ場所の交渉、技術会社との日程決め等の担当に回りました。

おカネ脳のイメージ20代後半に一時プロデューサーになった田中さん。「問題はお金勘定の業務でした」と話す(写真はイメージです)

そこは「ちゃんとしてる人」に見える点を活かして。でも向いてない仕事だったなぁ、本当に。なので、Pの立場を利用してドラマの脚本を自分自身に書かせる予算書をまんまと作って、そこから作家に戻りました。

勝手な思いですが、僕は爆笑問題の太田さん、古田新太さんに自分と同じニオイを感じます。ケータイを持っていない共通点もさる事ながら、言動を聞くとビビッと来るものがあるんです。あぁ、おカネ脳ないな、と。

次回は脚本家の入山さと子さんへ、バトンタッチ!

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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