テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず!
連載第19回は、『おかしな刑事』などのドラマでおなじみの脚本家、岡崎由紀子さん。
前職はバイヤー
買い物が好きだ。ブランド品や貴金属などではなく、あくまで身の丈に合ったもの限定で。
例えば、「あのワンピースに合うアクセサリーを探す」などのテーマでデパートを上から下まで見て回り、これと思う物があってもすぐには飛びつかず、店内のカフェで一度クールダウンしてから、やっぱり買おうと決めて売り場に戻るときのあの感じ。店員さんに「戻ってきちゃった」と照れ笑いして「これ、いただきます」と言うときのあの感じ。
なにしろ脚本家になる前は、某百貨店の婦人服担当バイヤーだった。要するに、買い物自体を仕事にしていたのだ。「コートの神様」と呼ばれるベテランバイヤーに学び、その後は当時全盛を誇ったDCブランドの担当となって、かなりとんがった服装で東京コレクションやブランドの展示会を飛び回っていた。
今でも初めての店に行くと、品揃えや価格帯を見てターゲットを想像し、ついつい在庫の量などを推し量ってしまう。バイヤーをやめて30年以上経つが、たたき込まれたことはなかなか忘れないものである。
そもそも自分には、脚本家よりバイヤーの才能の方があったような気がする。「朝、起きるのが苦手」という、社会人としての致命的な欠点さえなければ、今もアパレル界隈で仕事をしていたのではないか。このリレーエッセイの12回目に登場された放送作家の寺坂直毅さんとは、お会いしたことはないけれど、きっとめちゃくちゃ話が合うと思う。
転入届を出したその日に
そんな私が、東京から山形に引っ越すことになった。一昨年の秋、一人暮らしをしていた母が大腿骨を骨折し、一人っ子だった私は実家に戻って母と暮らす決心をしたのだ。実家のリフォームの段取りをし、脚本家連盟スクールで十数年続いていたゼミを信頼できる後輩脚本家に引き継いで、住み慣れた吉祥寺に別れを告げたのは、まだ武漢で謎のウイルスが発見されたというニュースが出始めた、昨年1月の上旬だった。
ところが数日後、転入届を出しに行くため山形市役所に向かって車を走らせていると、昔からある百貨店「大沼」前に貼り紙がしてあり、テレビカメラが集まっている。
その日、街にたった1つ残っていたデパートが経営破綻したのだ。私が子供の頃は、市内にはデパートが4軒あった。そのデパートが1つ減り、2つ減り……。ついに山形は、日本で初めて、百貨店が1つも無い都道府県となってしまったのである。
あれから1年と数ヶ月。あっという間にコロナが蔓延し、想定していた実家暮らしは、大きく軌道修正された。
まずオンライン化が進み、打ち合わせに上京しなくても仕事ができるようになった。元々シリーズ物の仕事が多かったのもあるが、書いているドラマのラインナップは、コロナ前とほとんど変わらない。
毎日の食事を作るようになって、自分が意外と料理上手だったことに気がついた。
日常的に車を運転するようになり、車が一番の相棒になった。
そしてあんなに好きだった買い物という楽しみが、心にぽっかりと空洞を残したまま、消えてしまった。
「大沼」は、夕方六時半には閉店してしまうという山形でも珍しい店で、あれをデパートと呼んだら他のデパートに失礼ではないかと思えるようなデパートだった。しかし、大沼に入っていた化粧品や服飾品のほとんどは、もう山形ではどこにも売っていない。
山形の若い人達は、買い物をしたいときには車で1時間ほどの仙台に行くらしい。隣県とはいえ、東京から横浜に行くのとはまるで違う。急カーブの続く高速道路で、奥羽山脈を越えるのだ。
「峠を超えてお買い物」が日常になるのはさすがに嫌だけど……。でも、コロナが下火になって県境の往来が自由になったら、行くしかないだろう。
なんだかハードルが、どんどん上がっていく気がする。私はただ、デパートでお買い物がしたいだけなのに。
次回は、放送作家の東海林桂さんへ、バトンタッチ!
是非、観てください!
前シリーズ『警視庁捜査一課9係』から16年も書かせていただいている『特捜9』。私が脚本を担当した回は放送を終了しましたが、ドラマは6月末まで続きます。よろしくお願いします。
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。