豊かな人生とは何をもって言うか、その指標はお金だけでしょうか? ビジネスを成功させた人に聞くと「人に恵まれた」エピソードが必ず語られます。コロナ禍を体験し、先が見えない世の中だからこそ「人と繋がる」ことの大切さが身に沁みます。“人”という字が支え合っているように、人と出会って何を学んでいくかは、人生において大切な自己投資になります。この連載では、専門知識や経験に秀でたスペシャリストの視点で、豊かな生き方の極意を語ってもらいます。
第17回のテーマはズバリ「人間関係を円滑にさせる会話術」。コミュニケーションの技法はさまざまありますが、今回は俳優としての長いキャリアを活かし「ある人物の人生の再現」を手がけている水澤心吾さんにお話を伺いました。(聞き手=さらだたまこ)

水澤心吾さんの写真

水澤心吾(みさわ しんご)さん
滋賀県高島市出身。旧芸名は三沢慎吾。1977年、舞台『天守物語』で坂東玉三郎の相手役に抜擢、1978年NHK連続テレビ小説『わたしは海』のヒロインの恋人役を演じ、以降大河ドラマをはじめとする時代劇、『ふぞろいの林檎たち』などのテレビドラマ、映画・舞台を中心に活躍。中でも東洋のシンドラーと呼ばれた杉原千畝の苦悩を描いた一人芝居『決断・命のビザ』が話題に。目下千回公演達成をライフワークに、国内のみならずリトアニア、NY、イスラエルでも上演。また、賀川豊彦、清水安三など歴史を築いた人物伝、あるいは熟年男女を主人公にした朗読劇などを自らプロデュースし、自主公演を重ねている。

自分とは違う生き方の人物になってみる

俳優という職業は「役を演じる」。
アクターは動く人……転じて演技をする人だけど、俳優という字は「人に非ず人を憂う」と書きます。
脚本家でもある筆者が考えるに「自分ではない(=人に非ず)人を慮る(=人を憂う)」ことを表現することではないかなと思うのです。

前回も、ミュージカル俳優の沢木順さんのお話を聴きながら、役者が培う感情表現が、ビジネスシーンでも活用できることをお伝えしましたが、2年以上に及ぶコロナ禍でリアルに人と会って話をする機会が減って、人と関わることが億劫になりがちな傾向が強まっていることに鑑みても、改めてコミュニケーションの取り方は大事だなと考えます。

ビジネスシーンで役立つ、ミュージカルの感動表現

俳優の水澤心吾さんは、第二次世界大戦中に“命のビザ”を発給して多くのユダヤ人を救った外交官・杉原千畝(ちうね)に感銘を受け、自ら一人芝居を手がけるようになりました。
それが2004年に初演以来、今も上演され続けている『決断 命のビザ〜SEMPO杉原千畝物語〜』。

筆者も何度かその舞台を拝見していますが、苦悩と葛藤の中で潔い決断を下す迫真の演技は、まるで杉原千畝が乗り移ったかのように見えて来ます。

なぜ、杉原千畝を演じるのか?
水澤さんはひと言こう言いました。
「それはね、役者として健全な人間となるためです」と。

水澤さんは20代の頃からNHKの朝ドラでヒロインの相手役を射止め、その後大河ドラマに出演するなど、役者として順風満帆に活躍をしていました。しかも甘いルックスの二枚目。テレビドラマを始め、映画や舞台から多数のオファーを受けて、多彩な役柄を演じてきました。

しかし、売れっ子の二枚目であった水澤さんは、40歳を迎えた頃に「果たして自分は俳優としてこれでいいのだろうか?」と疑問を持ち、悩み、葛藤したといいます。
そして、一旦、日本での俳優活動に終止符を打って、ハワイに渡り心理学を学びながら新しい演技メソッドを確立します。

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そうした新しいチャレンジの中で、「多くの人に共感を得られる作品に出会いたいし、出会える力量の俳優になるにはどうしたらいいか?」と悩み・葛藤は続いていたといいます。

そんな中、テレビで放映された杉原千畝のドキュメンタリーを見て「これだ!」とひらめいたのでした。
しかし、同時に「私に、杉原千畝さんを演じられるだけの愛はあるのだろうか? もし私が同じ立場に立たされたら、私はどうしていただろうか? 世俗の垢にまみれた私に、千畝さんを演じる事は出来るのだろうか?」という思いにもあったといいます。
「でも、演じたかった。どうしても。私自身が変わるためにも!」と思いは強くなり、まず、芝居の原作となる作品の作者に許可を得るところから始めて、実現にこぎつけたといいます。

杉浦千畝のモニュメント
リトアニア・ビリニュスにある杉浦千畝のモニュメント
Donatas81/Shutterstock.com

もう、上演回数が3桁台で、いずれ1000回を目指すという水澤さんにとって、もはや、杉原千畝はライフワークそのもの!
そんな水澤さんの舞台を観ると、俳優業を営む方々が魅力的なのは、単に見た目の容姿の良さだけではないことに気づかされます。

それは、ある役を演じながら、自分ではないもう一人の誰かの内面を掘り下げ、その人物の悩みや葛藤、そして決断を演じることで、それが役者自身の生身の人間性にフィードバックされ、自ずと成長を遂げるからではないでしょうか?

では、俳優ではない市井の私たちが学ぶことは何か? 実践できることは何か?
それは、ビジネスシーンに於いても活用できるはず。

たとえば、自分にはまだ力が及ばないと思う責任ある仕事を任された場合、本音では逃げたくなるようなプレッシャーを感じても、「自分ではない誰かになって、その人の気持ちで悩み葛藤して決断に至って」みてはどうでしょう?
自分ではないけれど、あの人ならきっとやり遂げるだろうという人を思い浮かべてください。

具体的には、歴史上の偉人でも良し、映画のヒーローでもいいし、身近な職場の上司や先輩でも!
自分をさらけ出すことや、人付き合いが苦手でも「役を演じている」と思えば、面倒な人間関係の見方や受け止め方、感じ方が変わってくるかもしれませんよ!

演じる役者のイメージ写真
「役を演じる」気持ちになれば、プレッシャーから解放されて仕事を全うできるかもしれない

向き合って目を見ながら一歩ずつ歩み寄る

水澤さんの舞台では、たとえば反目しあっていた二人の登場人物が、互いに許し合い理解していく重要な場面で、役者が台詞をいう度に一歩ずつ近づいていく演出が取り入れられています。
ハリウッド映画などでも見られる演出法ですが、水澤さんは、ハワイで心理学を学びながら習得したメソッドだといいます。

「一歩一歩互いに歩み寄ってくると、だんだん心が、感情が、相手に対して優しくなっていくのですね。台詞で謝ったり、相手を理解した言葉を言っているのですが、歩み寄ることで、感情が先に引っ張っていく感じで、思わず最後は抱きしめたくなりますね」と水澤さん。

これです! 仕事におけるチームビルディングにもこの手法はありかなと思うのです。たとえば、失敗をやらかしてしまった仲間に対しても、一方的に責め立てるよりも、互いに思ってることを言いながら一歩ずつ歩み寄っていけば、最初は叱咤でも最後は激励になり、失敗というマイナスが前向なプラスに転換されると思うのです。

もちろん、これはあらゆる人間関係において使えます。恋愛中のカップルがギクシャクしているときでも、お互いに言いたいことを言いながら、一歩ずつ歩み寄って行けば……最後には仲直りできる、というか仲直りしたくなる感情に動いてしまうようです。

リモートでばかり人と会話していると、対面になったときにちょっと億劫で面倒な空気を感じるかも知れなせん。でも、そんな時こそ敢えてこのメソッドと、そして、前述の「役を演じる」気持ちで臨めば、良好な関わり方ができると思います。

ふたりが歩み寄るイメージ
リアルなコミュニケーションはしっかりと向き合い、一歩ずつ歩み寄ると理解が得られる

夢があるうちは、可能性を諦めない!

水澤さんは「かつて三沢慎吾の芸名でいた頃は、華やかで、その分、うぬぼれや過信に満ちていた」と振り返ります。

でも、一度それまでの人生をリセットし、水澤心吾となり、杉原千畝を始めいろいろな人物の人生を演じ、さまざまな作品を自ら発信するようになって、「今の方が、うんと充実感があります」といいます。
自分が変わっていく、成長していることを実感しているのだそうです。

「もちろん、まだまだプロセスの中にいます。だからもっともっとたくさんの人物に出会って、できる限り多くの作品を発信したいのです」と水澤さんは夢を語ります。
「そういう夢があるかぎり、大丈夫なんです。舞台が命の役者にとって、長引くコロナ禍で大変ではありますが、夢を語ると気分が上がって、前向きな行動へのエネルギーが湧き出てきます」とも!

コロナ禍は完全には収束してはいませんが、ずっと縮こまっていては、未来に夢がありません。思いどおりにはいかないし、たくさん壁もあるでしょうが、夢があれば乗り越えるエネルギーになると水澤さんはいいます。「しかも、心にしまっておいても実現しません。周囲に語って行動を起こすことです」と。

筆者も長く続くコロナ禍に埋没すると、行動すること自体が面倒に思うこともあるのですが、周囲に思いを発信して夢を語る有言実行が突破口になると実感しています。
小さなことでもいいので、誰かに語って、行動を起こす背中を押してもらうことが大事。

それには、日頃から心が通じ合える友人を持つこと、そして何よりもコミュニケーションが円滑な人間関係の構築が必要になってきますね!

最後に水澤さんは、コミュニケーションで一番大事なのは何かを伺いました。それは、「屈託ない子どもの笑顔」と同じ気持ちで人と接することだそうです。「子どもの笑顔には愛しかありません」

確かに誰からも愛される笑顔は、邪念のない愛に満ちた笑顔です。そういえば、ずっと忘れていたかもしれません!

子供の笑顔のイメージ
「屈託のない子供の笑顔」と同じ気持ちで、人と接するよう心掛けたい

ぜひお越しください!

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