新型コロナウイルスの感染拡大により、世界中がほぼ同時に歴史的な経済の悪化に直面しています。今回のテーマは「旅客市場」。IATA(International Air Transport Association、国際航空運送協会)の市場分析をもとに、世界経済の現状を読み解きます。
- 国際旅客数量は2020年4月がボトムだが、その後の回復はきわめて緩慢
- 世界経済が回復に向かうには、国際線の再開が重要
- JALによれば、国際線5割、国内線8割回復なら単月ベースで黒字化
経済活動を遮断した結果が表面化してきた
新型コロナウイルスの感染の拡大を耳にしない日はありません。私たちの仕事や暮らしに多大な影響を与えており、職を失う人も徐々に増えています。
7月30日、米国・商務省は4-6月期の実質GDP(速報)が年率換算で前期比▲32.9%減少したと発表しました。この水準は2008年10-12月期、リーマン・ショック直後に記録した▲8.4%(年率換算)を4倍も上回っています。
米国ばかりでなく、同じ時期のユーロ圏は▲40%の減少と見られています。インドも▲40%、ブラジルでは▲50%超(いずれも年率換算)と予想されており、まさに世界中がほぼ同時に歴史的な経済の悪化に直面しています。
日本もそうですが、4月から5月にかけて、各国とも都市を封鎖してウイルスの拡大を阻止しようと努めました。外出の自粛、店舗の休業が相次いで発動され、その結果が今になって表面化しています。
過去に類を見ないほどの厳しいデータですが、それでも平静を保っていられるのは、まがりなりにも今は経済活動を再開させているからです。どの国・地域も7-9月期には年率で2ケタのプラス成長に戻る、との見通しに立っています。だからこそ国民の不満もかろうじて抑えこむことができるのだと推察されます。
したがってどの国でも、たとえ感染第2波が襲来して患者数が急増したとしても、春先と同じように経済活動を遮断することは躊躇されます。そうしないと年後半からの経済の回復は夢と消えてしまいかねません。
国際航空便の貨物輸送量、旅客輸送人員数を考える
経済活動を再開すれば感染症が拡大し、感染症を抑え込めば国民の生活が成り立たない。このジレンマに世界中の人々が苦しめられています。その間で果たして本当の経済はいったいどうなっているのでしょうか。「李克強指数」(りこっきょうしすう)がここでは有効だと思われます。
「李克強指数」は、正式な経済統計ではありません。中国の首相でナンバー2の李克強(リー・クーチアン)氏がまだ地方政府の長であった頃に、その地方の経済を把握するのに使ったとされる「鉄道貨物輸送量、銀行融資残高、電力消費量」の3つのデータを指しています。
官僚体制が徹底している中国の地方政府では、何をするにも中央の顔色ばかりうかがっているので都合のよいデータしか発表されない、という古くからの見方があります。そこで李克強氏みずからが正確な経済を把握するために、上の3つの統計データに着目したという経緯があります。
その「李克強指数」をコロナ禍の現代社会に拡大して考える場合、国境をまたいだ電力消費量などないので、何を見ればよいでしょうか。ここではひとつの方便として、国際航空便の貨物輸送量、および国際便の旅客輸送人員数を考えてみたいと思います。
旅客市場の回復に向けて、国際線の再開が待たれる
IATA(International Air Transport Association、国際航空運送協会)は、世界中の航空会社で構成される業界団体で、120の国・地域に属する265社の航空会社が加盟しています。世界の定期的な航空便の8割強がIATAに加盟する航空会社によって運行されています。
そのIATAが毎月発表する「Air Passenger Market Analysis」(「国際旅客市場分析」)によれば、2020年6月の世界全体の旅客輸送実績は、RPKベースで季節調整値で前年比▲86.5%の減少となりました。5月の▲91.0%に続いて2か月連続で改善しています。しかしコロナ危機が発生する前と比べればまだ相当に低いレベルであることがわかります。「RPK」とは、「revenue passenger kilometers、有償旅客キロ」のことで、旅客数に輸送距離を乗じて算出した航空会社の旅客輸送実績を示す指標です。
現在のところ、2020年4月がボトムだったことは一目瞭然ですが、その後の回復はきわめて緩慢なものでしかありません。これはIATAの加盟航空会社の多くが国内線だけの再開にとどまっているためです。
世界の旅客市場は、国際線が64%、国内線が36%の割合で構成されています。したがって旅客市場が回復するには国際線の回復が何よりも重要です。しかしその国際線にはまだほとんど動きがありません。
例外的に、シェンゲン協定を結んでいる陸続きの欧州各国だけが徐々に国際線を再開しているにとどまり、その他の国の国際線はいまだ運行が停止されたままの状態です。
「欧州の国際線」は市場規模で見ると世界の24.0%を占めており、世界では最も巨大な市場です。次が「アジア太平洋の国際線」で19.1%を占め、その次が「米国の国内線」で14.0%、そして「中国の国内線」の9.8%、「中東の国際線」の8.7%と続きます。
世界の「李克強指数」である国際旅客市場で確認する限り、世界経済が回復に向かうには、「欧州の国際線」を筆頭としてこのシェア順で国際線が再開されることが何よりも重要です。
IATAは最新の見通しで、国際旅客市場がコロナ危機以前の水準に戻るのは5年後の2024年になると予想しています。4月時点の見通しよりもさらに遠のきました。
JAL、ANA含む世界の航空会社の状況はきわめて厳しい
世界の航空会社はきわめて厳しい状況にあります。タイ国際航空やバージン・オーストラリアが経営破綻し、キャセイパシフィック航空とルフトハンザ航空は政府からの資金支援を仰ぎました。
日本でも状況は同じです。8月3日に日本航空が発表した2020年4-6月期の最終損益は▲937億円の赤字に転落しました。ANAホールディングスも同じ期に▲1088億円の最終赤字となりました。
機体維持費など固定費の大きい航空会社は売上げのわずかな変動で収益はすぐに増減します。両社ともに社員の一時帰休や機体整備を外注から内製に切り替えるなどでコスト削減を急いでいます。
通期の見通しは算定が困難としてJAL、ANAともに発表しておりませんが、JALが決算会見で明らかにしたところによれば、国際線で5割、国内線で8割までフライトが回復すれば単月ベースでは黒字化が達成できるとしています。
このような航空各社の苦境を救出するのは、人の移動を開放するワクチンの開発が何よりも急務となります。現在、世界で最も進んでいるワクチンはフェーズ3の段階に入っており、早ければ今年の冬か来年春には完成することが期待されています。
全世界が希求しているワクチン開発の成功を祈らずにはいられません。