テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず!
連載第108回は、面白時代劇の脚本家、土橋章宏さん。
近所から黒船が来た
脚本料5000万円──。
最近作られた、ある韓国ドラマのギャラだそうである。日本のおよそ10倍ほど。あっちはメジャーリーグ級かと一瞬早とちりしたが、よく聞いてみると、韓国ドラマの制作現場には脚本家が複数いるそうである。それでも5人なら1人あたり1000万円だ。うらやましい。ドラマ1本あたり(1クールではなく)の製作費は3億円にもなる。これも日本の10倍。もはや異次元である。どうしてこうなったのか。
よく知られているように韓国は映像コンテンツに国が力を注いでいる。映画チケット代の3%が映画発展基金として使われており、国立の韓国芸術総合学校の映像院や、韓国映画アカデミーで国の援助を受けてデビューするクリエイターが映像界を支えている。K-POPもそうだが、韓ドラも韓国の重要な輸出品である。
力を入れるには理由があって、韓国の人口は5000万人ほどだから、自国の内需だけでは経済が回らず、輸出立国となることが不可欠である。またIMFまで乗り出してきた通貨危機のときに、大統領がコンテンツの世界輸出にドーンと乗り出したこともある。その後、映像はハリウッドに入り浸って学び、華麗なる映像を作り上げた。また国民がドラマが好きというのもあって、大量のドラマが制作・放送され、ストーリーのクオリティもどんどん上がった。初期では岩井俊二監督の「Love Letter」に影響を受けた「冬のソナタ」がヒットし、2000年代後半では既に、日本のドラマはやがて敗北するのではと懸念を持った人も多かったが、そういう敏感な人はHuluやNetflixに職を得て、日本を救うにはいたらなかった。
日本のドラマや映画の海外展開策はというと、こちらも亀の歩みだった。優秀な作品が海外で売れることもあったが、積極的に売っているわけではなかった。日本のIP(知的財産)は値段が高いことが多く、法律的、権利的にもがんじがらめだったので、いつしか海外のバイヤーも敬遠し始めた。それに比べ、韓国ドラマは安くて買いやすかったから伸び続けた。
また日本のドラマ制作サイドはもともと海外展開する必要はなかった。人口が1億を超える日本では日本向けに制作するだけで経済が回った。内需だけで十分だった。制作プロダクションには海外から買いたいと言ってきたときにだけ対応する小さな部署だけしかなかった。「日本で売ってたら儲かるのに、なんで海外なんか見なきゃいかんの?」という姿勢だった。
日本ドラマに未来はあるか
世界を席巻した韓国ドラマは、1話60~90分で16話を超えるなど、ボリュームも多かったし、感情表現も濃くてエモかった。すっかりそれに慣れた世界市場は、45分10話が基本の日本ドラマを物足りなく思った。島国の微妙な心情表現は退屈に映ったという話もある。多国籍OTT企業(オーバー・ザ・トップ、ネット経由でコンテンツを配信する企業)大手の人に聞くと、日本の実写ドラマの需要はほとんどないそうである。
「もしかして日本のドラマは売れないんですか?」と聞いたら、「日本のドラマは売れないというのは世界の合い言葉だ」とのことだった。まずいではないか。いちおう、「クールジャパン」みたいな国の施策はある。しかしそれはうまく働いていない。一例をあげると、日本のコンテンツに字幕をつけるときには援助金が出るが、半額だけなのだそうである。なんで全額出してくれないのか。「必要なところに金を使ってほしい」というのが日本のコンテンツを売ろうと頑張っている人の痛切な願いである。
金の使い方で言うと、日中や日韓の共同制作とかで補助金が出ることがあるが、作ったらそれで終わりになっている。その効果や売れ行きは気にされない。お役所の人は計画を立ててそれを実行すれば昇進するシステムだからそれでよいいが、その弊害で、補助金狙いだけで適当に映画を作る人々が群がってくることもある。
本当に補助金が必要な、いい映画には金が残らない。文化庁のパブリックコメントフォームなどを見ていると、「日本のコンテンツで日本をブランディングする」というような目的が描いてある。人形浄瑠璃を保護したい、みたいなノリだ。それはそれでいいけど、日本のコンテンツを売ろうという気概はない。冷え切ったクールさである。
そんな日本ドラマ界の国際的衰退をなんとか救おうとして、アジアドラマカンファレンスが開かれている部分もある。そこで韓国のドラマ制作体制を聞いてみたところ、恐ろしく先進的であった。ショーランナー体制(現場指揮者が脚本家を兼務する制作体制)はもちろんのこと、企画に複数のライターで力をかけるし、きちんと対価も支払われている。日本ではプロットを書いてもギャラが出るか出ないかはっきりせず、企画が実現して脚本になるまで収入はほぼゼロであるが、韓国のライターはプロットを書いただけで、楽に生活できるレベルのギャラがもらえる。映像の撮り方においても、役者からスタッフまで全ての意見が反映され、ブラッシュアップされる。日本の撮影現場に行くと、韓国スタッフのもとで撮ったことのある役者さんから「これからは日本も韓国方式でやらないと負けるよ」なんて言われることもある。
そういう制作体制を日本で整えられれば、十分海外でも勝ち目はあるだろう。しかしできるかどうか。家電とかでもそうだったけど、日本はクリエイティブな力はあるのに、うまく売る力がない。これからは韓国の制作陣が日本のドラマを作るのかもしれない。韓国スタジオの日本の支社はすでに準備を開始している。
次回は赤石真菜さんへ、バトンタッチ!
是非ご覧ください!
今年は小説4本、ウェブトゥーン2本、ドラマ1本、来年も面白時代劇の映画が公開されるのでよろしくお願いします!
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。