700人以上所属する日本放送作家協会(放作協)がお送りする豪華リレーエッセイ。テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家、そして彼らと関わる様々な業界人たち・・・と書き手のバトンは次々に連なっていきます。ヒット番組やバズるコンテツを産み出すのは、売れっ子から業界の裏を知り尽くす重鎮、そして目覚ましい活躍をみせる若手まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜くユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず!
連載第175回は、出版社・クラーケンの共同代表を務める編集者の鈴木収春さん。
値上げラッシュで低価格帯の本に大打撃
「出版社なんて儲からないから絶対に辞めたほうがいい」と周囲から大反対されて、早7年。以前に本コーナーでコラム(「出版社は儲からない……わけではない」)を書いてから、2年半。
おかげさまで、出版社・クラーケン(出版エージェンシー・クラウドブックスとホビーメーカー・ケンエレファントの共同事業)は変わらず事業を拡大しつつ、順調にタイトルを増やしています。
ただ、この2年半で出版業界にも大きな変化がありました。
デフレが当たり前だった日本が直面しているインフレに、われわれも悩まされているのです。
2年半で書籍の印刷費は2割弱の値上げとなり、倉庫代にいたっては(弊社契約倉庫の場合は)、毎月の保管料が2023年だけで2割も値上げ。
同業の知り合いが「俺、生まれ変わったら倉庫やるんだ……」とスナックでぼやくほどです。
倉庫の保管料は1万円の単行本でも500円の文庫でも、1冊あたりの料金は変わらないので(少なくとも、弊社契約倉庫の場合は同じ)、定価が安いものほど値上げの影響を受けます。
文庫、新書、漫画などの新刊価格が上がっているのは、全体の需要減少による部数減に加えて、そういう事情があるからです。1,000円前後の文庫や新書も珍しくなくなりました。
価格転嫁しづらさの解決方法
ビジネスによって原価の上昇を価格転嫁しやすいもの(ガソリンなど)と、そうでないものがありますが、出版業界は、「新刊」は価格転嫁しやすいものの、「既刊」は定価を変えづらいという、特殊な環境におかれています。
なぜかというと、書籍は定価販売が義務付けられており、スーパーで売っている食品などと違って、裏面の2段バーコードの下段に定価が印字されているからです。
だから、既刊の販売価格は原則として変えられません。
このところのインフレで、既刊本の在庫が少なくなり重版を検討する時に、これまでの重版部数だと原価の上昇で採算が合わない、という事態が多発することになりました。
こういう場合の選択肢は3つあります。
【1】
気合いで薄利にて増刷する。もしくは、売れ残りリスクを負って、たくさん刷って原価率を維持する。
【2】
コストや手間はかかるが、ISBN(商品番号)を新たにして定価を刷新、新版として重版する。
【3】
在庫を売り切って重版を諦める。
弊社はどうしたかというと……【2】の作業が大変そうなのを見聞きしていたので、【1】で対応しました。
とはいえ、気合いだけでは厳しいものがあります。
増刷部数を増やしつつ、売れ行きが良い書籍に関しては、在庫を倉庫でなく取次(流通会社)に一定数以上を保管してもらえるように交渉。実質的な保管料を低減させるなど、できることはなんでもやって、なんとか採算悪化を許容範囲内に抑えられました。
また、紙や流通経費の値上げのリスクヘッジとして、内部留保を活用して資源高で利益が高まる総合商社に株式投資を敢行(特に製紙業はエネルギー利用比率の30%程度が石炭らしく……石炭権益を持つ双日を中心に投資)。
運良く60%くらい値上がりしたので、トータルでは採算をこれまでと同レベルに維持できました。
のほほんと出版事業を行ってきましたが、小規模出版社であっても、これからは価格決定や原価計算などに、よりシビアさが求められそうです。
逆に考えれば、身軽に動ける小規模出版社こそ、うまくインフレの波を乗りこなして、より持続可能な出版事業の仕組みづくりを進められるかもしれません。
考えることは多くなったものの、2年半前と変わらず、出版事業を始めることは、全てのクリエーターにオススメできます。
あなたもぜひ!
次回は中村五十六(isoRock)さんへ、バトンタッチ!
ぜひ、読んでください!
文学座研究生、女優を経て、講談の世界へ──。日本講談協会会長・神田紅先生の講談道45年の軌跡を綴った自叙伝『紅流 女講談師として生きて』が好評発売中です。
読売新聞書評欄ほか、メディアでも注目の一冊。ぜひチェックしてください!
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。