700人以上所属する日本放送作家協会(放作協)がお送りする豪華リレーエッセイ。テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家、そして彼らと関わる様々な業界人たち・・・と書き手のバトンは次々に連なっていきます。ヒット番組やバズるコンテツを産み出すのは、売れっ子から業界の裏を知り尽くす重鎮、そして目覚ましい活躍をみせる若手まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜くユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず!
記念すべき連載第200回は、バラエティー番組を中心に数多くの人気番組を手掛ける中野俊成さんが登場。「10円」にまつわる高校時代の思い出について教えていただきます。
「10円」は意味の器だ
偶然、家の前を歩く小学生の会話が耳に入って唖然とした。「お小遣い、10円だからさぁ」。10円!? 心の中でそう驚いたのと同時に、一緒に歩いていた友達も「10円!?」と叫ぶ。「そう、毎週、10円しかくれないんだよ」。その「10円」という意外な額に、もう少し事情が知りたくなったが、2人の後ろ姿は遠ざかっていって叶わなかった。
今どき、お小遣いが週に10円というのも信じられないが、冷静に考えれば、きっと親の教育方針なのだろう。貧乏だから10円しか与えないという訳ではないはずだ。
「10円」には金銭的な交換価値とは異なる「意味」がある。ネットオークションでは時折、レコードが10円で出品されているが、最終的には何万円にもなるレア盤なので、その「10円」には注目させる客寄せ的な目論見がある。
電話会社の被災地支援プランの「10円」も、金額ではなく、支援する「気持ち」の意思表示だ。「10円」はお金ではない。「意味の器」なのだ。
まるでパブロフの犬だ
高校時代、「10円」という器に「ボケ」を入れたことがある。持ち合わせがなく、友人から1000円を借りた時に、「分割で返していい?」と承諾を得た上で、翌日から毎日、10円ずつ返し始めた。
「借りてたお金、とりあえず今日はこれだけ」と言って10円を渡すと、「いいよ、今度で」と断られたが、「分割でもいいって言ったよね?」と言質を持ち出し、10円玉を手渡した。
翌日も10円を渡しに行くと、「ずっと10円で払うつもり?」と友人は怪訝そうな表情を見せる。思惑がバレてしまったので早々に開き直った。「10円で分割払いという挑戦なんだよ」「どんな挑戦だよ」「つきあってくれよ」。その潔さに友人は、渋々「10円の分割払い」という「ボケ」を了承してくれた。
以来、ほぼ毎日、10円をわざわざ隣の教室の友人に返しに行くというボケを続けた。たまに10円玉が無かった時も、100円をその友人に両替してもらい、その中から10円だけを返した。「100円持ってるのに何でだよ」という至極真っ当な非難にも「分割払いはお金があるないは関係ないんだよ」と屁理屈をつけて、あくまでも10円だけを支払うことにこだわった。
始めた当初は苦笑していた友人も、100円を超えたあたりから、苦笑さえ消え、何のリアクションも無くただ受け取るだけになった。そこから苦悩が始まった。
リアクションやツッコミが無いボケは、果てしなく虚しい。持続することの敵は虚無感だ。その虚無に打ち勝つのは無心しかない。自分は意味も何も考えずただ淡々と無心を保ちながら、友人に10円を返し続けた。
もはやボケでもない、ただの作業。毎日、事務的に10円玉を取り出して手渡すという作業だった。そのうち無言でポケットのジャラジャラという音だけで友人は手を差し出すようになった。パブロフの犬だ。
しかし、残額が100円を切ったあたりから、少しずつ友人のリアクションが戻ってきた。お互い、ゴールが見えてきて妙な連帯感が芽生え始めたのだ。そして、ついに迎えた完済の日。「じゃ、これで1000円な」そう言って10円玉を手渡した瞬間に生まれた妙な感動は今もまざまざと思い出すことが出来る。
放送作家を生業にしてからも、ゴールに「妙な感動」が生まれるような企画は好きなのだが、もしかするとその原体験はここにあるのかもしれない。
「ほんとにやるとは思わなかったよ」と呆れて言う友人だったが、その顔には受け取ってきた側の達成感が感じられた。そんな得も言われぬカタルシスが漂う中、ダメ押しで聞いてみた。「返すのに時間かかって悪かったからさ、利子も払うよ」。その瞬間、食い気味で「利子はいい」ときっぱり断られたのだった。
今年の夏、その友人と卒業以来、約40年ぶりに会ったら、この「10円分割払い」のことを覚えていた。「こいつさ、マジで10円で返すんだよ」。そう笑いながら一緒に飲む同級生たちに話すのを見て、「10円」が思いも寄らない価値を生んだと思ったのだ。
次回は高須光聖さんへ、バトンタッチ!
ぜひ読んでください!
『ジャケ買いしてしまった!!』
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放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。