700人以上所属する日本放送作家協会(放作協)がお送りする豪華リレーエッセイ。テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家、そして彼らと関わる様々な業界人たち・・・と書き手のバトンは次々に連なっていきます。ヒット番組やバズるコンテツを産み出すのは、売れっ子から業界の裏を知り尽くす重鎮、そして目覚ましい活躍をみせる若手まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜くユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず!
連載第186回は、TVドラマや映画の脚本を手掛ける、青木江梨花さん。

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人生最大の衝動買い!?

青木江梨花さんの写真青木江梨花
脚本家

30歳を少し過ぎた頃、その衝動は急にやってきた。「家が欲しい!」
ちょうど女性のためのマンション購入講座のようなものが流行り出した頃。仕事をしようとパソコンを開けばその広告が目の端にチラつき、気になって気になって。気づいた時には「お茶とT国ホテルのケーキ付」なる無料講座に参加していた。

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そこからはもう、日々マンション情報と向き合う日々。あそこで新規物件が建つと聞けば資料を取り寄せ、あの物件がまだ残っているらしいと聞けばモデルルームに足を運ぶ。2、3時間仕事をしては最新マンション情報をチェックする、というどうにも落ち着かない日々が続いていた。

そんなある日のこと、一番住みたいと思っていたエリアに素敵な物件を見つけてしまった。勇んでモデルルームに見学に行くと、もはや夢は広がるばかり。どうにもそのマンションが欲しくなり、住宅ローンのシミュレーションをして頂いたのだが……「残念ながら、ご資金が足りないようです」。

素敵なキッチンの写真一番住みたいと思っていたエリアに素敵な物件を見つけてしまった……。(写真提供:青木江梨花)

余りのショックに最初は言葉も出なかった。だが、それもそのはず。フリーランスが住宅ローンを組みたいなら、直近3年間は節税などせずに大きめの申告をせよというのが鉄則。そんなことは分かっていたのだが、私が家を欲しくなったのはつい最近のことであり、ほぼ衝動買いに近い状態。昨年まではそんなことを微塵も考えず、せっせと節税に励んでいたのだから当然と言えば当然の結果と言えた。

だが、一度高まってしまった熱はそう簡単には収まらない。私はマンション見学を止められず、「欲しい物件」から「買える物件」を探すことに切り替えた。すると、とある物件の担当者が言ったのだ。「今空いている中で、どこでも好きな部屋を選んでもらって構いません」。

時は3月の年度末。その時点でかなりの部屋が未契約だったため、担当者も焦っていたのだろう。私でも出るであろう住宅ローンの想定金額+私が提示した頭金の額の合計は、表示価格には数百万円足りない。それでもいいというのだから、もはや悩む余地はなし。希望の地からはやや離れているが、遠くに小さく東京タワーの見えるそのマンションの一室を買おうと心を決めた。

奇跡の大逆転

心は決まったものの、初恋の人と別れ、未練を残しつつ別の人と結婚する気分。せめて最初に恋したあのマンションをもう一度見てからと、私はお別れのつもりで第一候補だったマンションのモデルルームに再び足を運んだ。

そこで私を待っていたのは、ちょっとクセの強い販売担当のSさん。こんがりと日焼けしてやや押しが強めのSさんは、私の懐事情など知らず、あと3室だけ残っていた部屋をガンガン売り込んでくる。買えるわけのないこちらとしてはその熱意が申し訳なく、私は正直に打ち明けた。「ここが一番欲しいんですけど、実は資金が足りないんです。その代わりに××の物件を買おうと思っています」。

するとSさん、「あちらよりウチの方が断然いい物件じゃないですか!あそこを買うなら絶対ウチを買われた方がいいです!」と力説。そんなことは、言われなくても分かっているのですよ、Sさん。お値段はほぼ同じ。でもあちらは私が払えるだけのお金を払ってくれればいいと言っているのだから、あちらを買うしかないじゃありませんか。そこまで話せば、きっとSさんも矛を収めるだろうと思っていた。ところが、Sさんは言ったのだ。「それならウチも、その金額で構いません」と。

数百万円の値引き。更にはリビングにDキンの最新型エアコンまでつけてくれるという。こんな奇跡があっていいのか? Sさんが天使だったのか、はたまた年度末のマジックか。私は感動に打ち震えつつ、その場で契約書に判を押したのだった。

素敵な洗面所の写真奇跡の大逆転で第一候補のマンションを購入できた。(写真提供:青木江梨花)

その後も住宅ローンが満額出るとか出ないとか、金利がどうとかでひと悶着ふた悶着あったのだが、そこは長くなるのでまたの機会にさせて頂くとして。
とにかく、たくさんの方のご厚意と幸運が味方して、私は奇跡的に欲しいマンションを手に入れることができた。あれから12年。35年のつもりで組んだローンも昨年末に前倒しで返し終わり、こんなに不安定な仕事ながら住宅ローン破綻をすることもなく今に至れてホッとしている。数千万円の買い物なんて、あの時は清水の舞台から飛び降りるくらいの気持ちだったが、意外とやってみればできるもんだとしみじみしている今日この頃。

このくらいの熱意と勢いを持って本業にも取り組みたいものだと思っている。

次回は清田予紀さんへ、バトンタッチ!

ぜひご覧ください!

埼玉県川口市を舞台にした映画

『車線変更―キューポラを見上げて』

『車線変更―キューポラを見上げて』ポスター画像

2022年12月に公開となったこの映画が、イオンシネマ川口にて10月18日(金)より凱旋上映されます!
岡江久美子さんの遺作ともなった作品です。ぜひ劇場に足をお運びください。

監督:赤羽博
脚本:青木江梨花
出演:平田雄也 村上弘明 岡江久美子ほか

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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