テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 
連載第15回は、保護猫と暮らしている脚本家の武田樹里さん。

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お金の話がとにかく苦手

武田樹里さんの写真
武田樹里
脚本家、日本放送作家協会会員

『君の仕事の貢献度は0.001%だよ』──。憧れだった月9(フジテレビの月曜午後9時の枠)のドラマの執筆が終わり、金融マンの彼と別れた。これからもっと頑張りたいと思う私と、夢が叶ったのだから家庭に入るべきと考える彼はうまくいくはずもない。その後メールが届いた。細かい内容は失念したが印象に残ったのが冒頭の言葉だ。

彼はお金の知識がない私に、お金の価値や仕組みを教えてくれた。一方、私はお金の話をするのは品がなく、投資はギャンブルだと育てられたので、彼の話は刺激的で可能性の広がりを感じながらもどこか後ろめたかった。(こちらのサイトと出会えていたら……)

仕事の貢献度とは彼曰く、ギャラをドラマの制作費で割ったものだ。私のギャラは貢献度で決まったのか──。新人で迷惑をかけたことは否めない。貢献度もそれほど高くないから彼の割り出した数値は正確ではないにしろ、言っていることは正しいのかもしれない。しかしお金には換えられない飛びきりの経験と喜びがあることを、年俸制で稼ぐ彼に理解を得る自信はなかった。

別れのイメージ画像
これからもっと頑張りたいと思う私と、夢が叶ったのだから家庭に入るべきと考える彼はうまくいくはずもなかった

私は結婚するまで実家暮らし。母は結婚したらやることになるからと私を甘やかし、額面通り受け取った私は家事全般も母に任せっきりで、今から思うとどうしようもない娘だった。結婚して初めて、野菜の値段を知った。生きるためにはお金が必要だと実感したはじめの一歩。恥ずかしながら、だいぶ遅れたスタートだった。

こんな私が苦労したのは言うまでもない、ギャラの交渉だ。仕事の依頼が来て、ドラマの企画内容を聞きそれから執筆という流れの中で、やたらと制作費が少ない話をされることはあっても、自分のギャラがいくらかなのかを知るのは全てが終わった後だ。

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お金の大切さを痛感する一方で、自分の生み出したものをお金に換算して交渉することができない。拘束期間より一本いくらで提示されるのもそれを難しくしている。脱稿から少ししてプロデューサーから電話がくると、緊張が走る。生々しくて苦手な瞬間だ。思っていたより高かったことは僅かで、多くは電話を切った後、苦笑いして自分を誤魔化した。

そろそろ真面目にお金の勉強をしようと思った矢先、母が末期ガンだとわかった。

母の死が教えてくれたお金の価値

母は自宅で亡くなる間際まで「死にたくない」と言った。周りから「死」について話し合った方がいいというアドバイスを貰ったが、母の目を見るとその単語さえ口に出せなかった。もちろん母も父も私も、間もなく別れが来ることはわかっている。結局「サヨナラ」を言えないまま母は旅立った

一人暮らしになる父が過ごしやすいように、母の物を整理した。母はお金も、大切にしていた物もそうじゃない物も全て置いていった。死とはそういうものだ。私のお金と時間に対する考えは大きく変化した。

私たちはいつの日か平等に訪れる「サヨナラ」のために生きている。死にたくないと言う母が経験したかった時間を今生きていると思うと、どんな経験も有り難く思えた。そして「よく生きる」とはどれだけ経験したかだと思うようになった。

白菊と蝋燭のイメージ
死にたくないと言う母が経験したかった時間を今、生きている。どんな経験も有り難い

様々な経験をするにはお金があった方がいい。高級ブランドの靴やバッグもいいが、海外旅行や自己投資の勉強に費やした。お金がないと諦めることばかり考える。あれば可能性が広がり選択肢が増える。正しいお金の価値がわかると、お金の話を品がないとか投資をギャンブルだとか思うことはなくなった。

ところが今度は新型コロナウイルス。行動範囲どころか、人との接触まで制限された。ドラマも映画も制作費が削られ、感染予防のため人数を制限するので撮影も日数がかかりしわ寄せがくる。

ここで気落ちしていても、いつか来る「サヨナラ」を思えば時間がもったいない。今まで書いてみたかった戯曲にトライしたり、脚本家になりたい人を指導したり、誰かを楽しませるために動いている。いわば先行投資だ。もちろん夫の理解とサポートもとても有り難く助けられている。

お金を増やし余裕ができれば、自分だけが裕福で特別な経験をするのではなく、分かち合える人になりたい。本来の意味の、情けは人のためならず。そうすれば自分だけの特別な思い出を胸に、満面の笑みを浮かべて「サヨナラ」できるはずだ。

次回は放送作家の堀江利幸さんへ、バトンタッチ!

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイズ」などさまざまな事業の運営を担う。