自動車の小売と買取のFCチェーン「カーセブン」の運営と、自動車流通関連業界の業務効率化を支援するプラットフォームの提供を行うカーセブンデジフィールドでは、「奨学金返済支援制度」を2018年から実施しています。入社してすぐに奨学金の返済を支援するこの制度を、どのような狙いで導入したのでしょうか。そして、実際にどのような効果があったのでしょうか。同社代表の井上貴之さんのお話は、会社の経営論、仕事論にまでおよびました。

「奨学金があるから結婚できない」と語った若手社員

「うちの社員と焼肉屋へ行ったときに、社員が彼女を呼んだことがあったのですが、その場で僕は社員に『結婚しないの?』と聞いたんです。するとその社員は『奨学金の支払いがあるから今は結婚できない』と言って、今の若い人にとって奨学金の負担はそんなに大きいものなのか、と実感したのがきっかけでした」

カーセブンデジフィールド代表取締役兼社長執行役員の井上貴之さんは、同社が奨学金返済支援制度を始めたきっかけについてこのように話します。最近、政府は「異次元の少子化対策」と称した政策を打ち出そうとしていますが、少子化が進む背景には結婚の減少があり、さらにその背景には、奨学金という名の借金を抱えたまま社会に出る人が多い現状があります。

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ある調査によると、奨学金の借入金額の平均は300万円を超え、返済を終えるまでに平均15年ほどかかるそうです。奨学金を返済する分だけ生活費が減るわけですから、結婚後の子育てのことを考えたら、結婚をためらうのも無理もありません。

そんな状況を、井上さんは変えたかったと言います。


中古車販売店「カーセブン」を全国展開するカーセブンデジフィールド

会社の成長を担う若い社員に定着してほしい

奨学金支援制度は、会社の成長のためでもあると話します。

「僕は、会社の成長は新卒の若手が担うと思っています。優秀な学生を採用して、どう定着してもらうか、そこに腐心しています。奨学金支援制度は、うちの会社にいる限り、月額3万円を初任給から3年間、合計108万円を奨学金の返済のために支援するというものです。返済額の約3分の1を支払える計算です。会社にとっては、100万円程度で優秀な学生が定着するのであれば、安いものです

この制度のほかにも、運転免許の取得を支援する制度や、新卒者の初任給が出る前の4月に支払う「就職支度金」、さらには「第3子以上出産祝い金制度」という、少子化問題の解決に貢献しそうな制度も打ち出しています。

「出産祝い金制度のポイントは、生まれたときにお金を払うのではなく、幼稚園に入るときに20万、小学校で30万、中学校で50万というように、3回に分けてお金を払うことです。実際に子どもにお金がかかるのは大きくなったあとですから」

カーセブンデジフィールドには、なんとお子さまが6人いる社員さんもいるのことでした。

家族と子供
日本の合計特殊出生率は1.30(2021年)。子どもをふたり育てることも難しい現状がある

離職率の大幅な改善を実現

かつてのカーセブンデジフィールドは離職率が高く、2008年には年間で42%の社員が辞めていったそうです。「当時は深夜0時を過ぎるまで帰ったことがないような人もいました。社員の屍(しかばね)の上に会社が成立している、そんなスーパーブラックな職場でした」と井上さんは振り返ります。このままではまずいと考え、井上さんは職場環境の改善に着手しました。

「業務効率を改善するために、システムへの投資を徹底的にやりました。『お子さんが起きている時間に家に帰ってもらう。休日出勤もなくす』というコミットをして、今で言うDXをこの10年ほど進めてきました

井上貴之さん
ブラックな職場のままでは成長はないと考え、職場環境の改善に着手したという井上さん

こうした業務改善や、先述の奨学金支援制度など新入社員をサポートする制度を作った結果、直近3年で入社した16人の社員のうち、離職者は1名のみ。離職率の大幅な改善を実現しました。一方で、若手社員への「優遇」が、既存の社員に対して不満を生んでしまうのではという懸念に対して、井上さんはこのように言います。

「僕に言わせれば若手を優遇するのは当然です。会社は毎年成長しているから、優秀な学生を採用しやすくなっています。会社をもっと成長するためには、そうした若い人にチャンスを与えた方がいい。ベテラン社員も若手に負けないように勉強し、成長しなければいけない。若手であれベテランであれ、成長したい人に対して会社は無制限に教育していきます」

このように業務改善を進めてきたカーセブンデジフィールドですが、自社の職場環境を改善し、社員の定着率を高めるために始めた取り組みが、新しいビジネスとして成長しているといいます。

「職場環境を改善するために、さまざまなアプリなどを開発してきました。中古車販売、自動車流通業に特化した業務改革のシステムです。それを競合他社にもシェアするビジネスを始めたら、それが大きな事業規模に発展しました。残業時間や離職者を減らすための、自分たちのための投資が、当時はまさかビジネスになるとは思いませんでした」

カーセブンのシステム導入支援
カーセブンデジフィールドでは、自動車流通業界の業務負担・業務効率化を支援するプラットフォームを提供している(画像はホームページより)

企業の社会貢献に関心を持つ若い世代

世に言うワークライフバランスは「仕事と生活を調和させること」を指し、プライベートの時間をいかに充実させるかについて語られることが多いですが、井上さんは「仕事あってのワークライフバランス」と言います。

「自分が一生懸命仕事をして、会社に評価されて、いい所得を得る。これがスタートだと思います。いい所得があるからこそ趣味にお金を使ったり、子どもにいい教育を施したりできる。家族を幸せにしていくにはお金が必要で、うちの社員にはそういう人生を歩んでほしいと思います」

働くこと
「ワークライフバランスは働くことが起点」だと井上さんは語る

最近の若い社員さんを見て、ご自身の若い頃とどんな違いがあると感じているのでしょうか? 井上さんに聞いてみました。

「僕は社員に『1万円札には色が付いている』という話をします。正しいことをして稼いだ1万円札に価値がある。社員や顧客に対して無理強いをして稼ぐ1万円札はいらない。『金を稼いだ者が偉い』という考え方はしません。

僕はクレームという言葉が嫌いです。お客さまに向かって『それはクレームですか』と言えますか? お客さまに対して使えない言葉は、社内で使うべきではないと思います。使う言葉を表と裏で変えるのは無駄なコストです。僕は表も裏もない、クリアなビジネスしかこの先は伸びていかないと思います

そんな僕の考え方に対して、共感する若者が増えたと思います。昔は『お金が稼げれば何でもいい』という会社もあり、若者がそういうところで働くのも普通でした。でも今の学生は会社に対して、『どんな社会貢献をしているのですか』と尋ねるなど、会社の考え方を重視する人が増えていると感じます

SDGs(持続可能な開発目標)が叫ばれる現代において、社会に価値を提供し続ける会社で働くことが、自分自身の幸せにつながると考える若い人たち。そんな次代を担う世代に向けた「人への投資」は、ひとつの会社だけにとどまらず、社会全体へのリターンになるはずです。

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