700人以上所属する日本放送作家協会(放作協)がお送りする豪華リレーエッセイ。テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家、そして彼らと関わる様々な業界人たち・・・と書き手のバトンは次々に連なっていきます。ヒット番組やバズるコンテツを産み出すのは、売れっ子から業界の裏を知り尽くす重鎮、そして目覚ましい活躍をみせる若手まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜くユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず!
連載第188回は、ラジオ・テレビ構成、映画・Vシネマ脚本など多方面で活躍する、放送作家の佐々木清隆さん。

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神の使いに拒まれて

佐々木清隆さんの写真佐々木清隆
放送作家

偽札犯になりそうになったことがある。
銀行の普段利用しない場所でのこと。
2人の男性行員と私が立ったまま札を見つめていた。

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「こちらは、よろしいんですけれども、こちらの方は、ちょっと」。 

なんとも言いにくそうに、拒絶の態度を銀行員は取る。
その強張った顔。
彼らは疑っているのだろうか。
この者は本物の札に偽札を混ぜ、交換しようとしているのではないかと。
私の方も、銀行員がこちらに疑いを持っているのではと、二重構造の疑いを持つ。
眼に見えぬ疑心暗鬼のシャボン玉が3人の周りに浮かんでいた。
どうにも息苦しい。
あの空気感といったら、ない。
果たして偽札なのか。

円の話ではない。
ドルである。
海外旅行から帰って来て、長い間放っておいたドルを円に交換しようと、銀行に行った時の話である。
ドル紙幣の真贋を測る鑑別機が、一部を本物と認めなかったのだ。
新しいドル札は可としたが、古いドル札を不可とした。
それが初期の機械の能力であった。
大分前の話だ。

機械の開発者を何度かテレビ番組で観たことがある。
確かに称賛に値する発明で、銀行がそれを導入するのは理解できる。
が、それにより真贋を見極める人がいなくなった。
開発者の頭に古いドル札のことはなかったようだ。
新札の真贋にしか、機械は対応していなかったのである。
私の持ち込んだ旧札はごく当たり前に、当時は何処の国でも使えたものだ。
いずれにしても、それが不完全な機械であることが、その時、判明した。

トラリピインタビュー

銀行の紙幣カウンターの画像長い間、放っておいたドル紙幣を円に交換しようとしたところ……

円に例えてみれば、福沢諭吉は本物と認識したが、聖徳太子は否と弾いてしまったようなものである。
旧札と新札は一定期間を経れば、ほぼ入れ替わる。
だが、それは自国内での話。
ドルは世界通貨だ。
アメリカ国内のドルが入れ替わっても、南米、ヨーロッパ、アジア、アフリカに流れているドルが、同じ一定期間で新札に替わるわけではない。
旧札は結構、長生きだ。
勿論、旧札だからといって使えなくなるわけではない。
しかし、それは人間が判断すれば、の話である。
またドルは偽札が多いと言われるのも事実である。

しかし当方所有のドル札は複数の国で何の問題もなく使用可能だったもので、余った十数枚が手元に残っていたのである。

銀行員はスキルを放棄したのだ。
機械に丸投げすれば、自分達は責任を負わずに済む。
だが我々はどうなる。
言うなれば私は被害者だ。
しかし一度、導入してしまうと機械は神の使いとなり、真札とは認められぬと、御託宣を告げる。
これでは所有していても紙屑だ。

「この古いお札は、また海外に行った時に、使えば良いんですかね」

言えども、何1つ言葉が返ってこない。
丸投げの人々は無表情だ。
これ以上は関わりたくないという無言の意思を示している。
彼等は人の形をした機械の一部なのだ。
結果、幾莫かの円と交換叶わぬドルを懐に、そそくさと金の館を後にした。

大きな問題は、本物を偽物と判断してしまうことである。
機械が無実の者を罪人にする畏れがあるのだ。
今は進化して精度も上がったようだが、だからといって、それで良しとはならない。

初期のDNA鑑定が不完全なものであったことは知れた事実である。
だが、それが神の使いになった際、罪を問われた者がいる。
極刑も執行されている。
人のみならず機械もまた冤罪を生みかねない。
実体験からそのことを畏怖するものである。

ドル札を数える画像この古いお札は、また海外に行った時に、使えば良いんですかね……

神の使いと関わって

世の中は常に新しき神の使いを採り入れていく。
であるから、我々も機械と格闘せざるを得ない。

しかし受け身ばかりでなく、こちらから能動的に神の使いに関わることもある
2000年代、TBS 『筑紫哲也のNEWS 23』内で流されていたサイレントアニメがある。不定期放映なので記憶している方は少ないかもしれないが、いわゆる社会風刺映像である。当方は原案を提供し、それを元に作画担当者がフラッシュアニメを製作する体制だった。作品は以下のようなものである。

《機関車トーマスに似た汽車が走っている。よく見ると、顔はスーパーマーケット・ダイエーの中内㓛会長である。いつの間にか、汽車は崖っぷちを走っている。眼下には数多の墓標が並んでいる。前方の線路はやがてループ状になり、汽車はジェットコースターと化し、暴走していく》

後年、イオンに吸収される企業が、当時置かれていた状況を、そんな動画で表現をした。

《米国大統領ブッシュが荒涼とした大地にいる。右手にハンマーが握られている。何かを狙っている。穴から口髭を生やした男が出てくる。ブッシュはそれを狙ってハンマーを振り下ろす。だが、その者はサッと穴に引っ込む。穴は幾つもあって次から次へと口髭男は出て来るが、ブッシュはなかなか頭を叩くことが出来ない》  

イラク戦争時、フセイン大統領が何処に隠れているのか、話題になっていた頃、モグラ叩きのゲームを模して製作した作品である。

それらの風刺アニメは本来、テレビのために作られたものではなかった。
他に先駆け、ネット動画として、配信を計画したものだ。  

ある日のこと、『NTTドコモ、FOMA新端末で動画像配信サービスを開始』。
そんな誕生報告が受胎告知のようにもたらされる。  
それを受け、FOMAで見られる動画を作ろうと、プロジェクトは発売前からが動き始めた。新しき神の使いに対応するビジネスの立ち上げだ。
YouTubeもTikTokもまだない時代の話である。  

一番の問題はいかにして利益を得るかだった。
だがネットに対し、驚くほどスポンサーの腰が引けていた。
広告を提供したのはわずかに2社。新しい分野であるが、大した金額ではないにも関わらず、1社は4回、1社は2カ月。
これから更に深くネットに関与する、どちらも大手家電メーカーであったのに、である。  

きっとこの国は世界から遅れを取る。その時感じたものだった。
その後、スポンサーは現れず、既存のテレビ媒体に活路を求めたというわけだ。

しかし作画担当者が集団作業に不慣れな上、負担も懸かりすぎ、プロジェクトZは早期に終焉を迎えた。  
さながら洞窟に入っていくインディー・ジョーンズが、はからずも発見する骸骨。
それこそが我々である。
大地に転がる肋骨や大腿骨に、ボロボロの衣服が引っ懸かっている姿は、ネットの迷宮に入り込み、彷徨い、宝飾を探し求めた者の姿である。  
インディーの先達として、地下神殿に入り込んだまでは良かったが、輝ける財宝に手が届かず、無念のうちに倒れた冒険家に我らはなった。

今記憶の中に在る映像は、神の使いに敗れし者のそれはブラウンカラーの残翳である。

次回は宇野宇さんへバトンタッチ!

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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