700人以上所属する日本放送作家協会(放作協)がお送りする豪華リレーエッセイ。テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家、そして彼らと関わる様々な業界人たち・・・と書き手のバトンは次々に連なっていきます。ヒット番組やバズるコンテツを産み出すのは、売れっ子から業界の裏を知り尽くす重鎮、そして目覚ましい活躍をみせる若手まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜くユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず!
連載第206回は、多言語落語でグローバルに活躍する三遊亭竜楽師匠の海外公演にまつわるお金のお話!

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8カ国語で語る落語家になったわけ

三遊亭竜楽さんの写真三遊亭竜楽
落語家
日本放送作家協会会員

落語の海外公演を開始するきっかけは、2008年フィレンツェで行われたフェスティバル・ジャポネーゼであった。

ボランティアで一席いかがですか?
と茶道の師匠に誘われてOKした。
だが出発が近づくにつれて、渡航費他全てが自分持ちとわかり愕然とする。

イタリア旅行のつもりで“と思い直したものの、今度は聞き手の大半がイタリア人なのに予算が無くて字幕がつけられないという。
仕方なくイタリア語を丸暗記して口演にのぞむ事態となり、大緊張で迎えた本番は、小学生の子供からお爺さんお婆さんに至るまで落語に何の知識も無いフィレンツェ人たちの予想外の大爆笑でお開きとなった。

翌年はフランス語を憶えイタリアと合わせて2カ国公演にチャレンジ。
シニカルなパリの観客にも笑いが弾け、それならもう1カ国とポルトガルにも行くことになり……という具合で続けていって、気がつけば8カ国語で語る落語家となっていたのである。

お金は期待できない海外公演

さて、お金の話である。
海外公演はとにかくお金がかかる
渡航費、ホテル代、食費などなど、出る一方だ。
その分は現地で稼げばと言われるが、これが難しい。

トラリピインタビュー

まず、落語という芸能の認知度が大きな壁になる。
2014年アヴィニョン演劇祭に参加した時、町中にポスターを貼り毎日フェイストゥーフェイスで数百枚のチラシを配ったが、1カ月の期間中“RAKUGO“という言葉を知っている外国人に出会ったのは2回のみであった。

座ってしゃべるコメディアンと説明すると、
「何? 日本人が1人で来て俺たちを笑わせる?……ハッハッハッ! 無理~」
という反応である。
我々は世界一つまらない民族と思われているらしい(笑)

わずかな伝手を頼って地元のコミュニティをまとめる同邦人を探して連絡を取ってみるなどする。
最初は大歓迎だが、ギャラの話になるとだんだん対応が静かになってくる。

「渡航費宿泊費はこちら持ちで行きますので、口演料を……」
皆さんボランティアでお願いしております
「チケットを売ってその収益からいただくのはいかがでしょうか?」
「そのような例は過去にございません。しばらくお待ちください」
やり取りの結果、フェイドアウトに至る。

落語家のイメージ海外公演はとにかくお金がかかるが、ギャラは期待できない

イギリスのケンブリッジにコンタクトした時はわかりやすい回答が返ってきた。
「先日、伝統芸能の○○様ご一行がおいでになりました。
一流ホテルでランチをいただきながら素晴らしい芸を堪能し、素敵なお土産を頂戴して帰りました。
全員ご招待で楽しませていただきました。
そのような体制を整えてからご連絡ください」

セレモニーに値札なし!

その手の公演もないわけではない。
10年20年に一度ならスポンサー付きで行える。
それをステップに次の催しに繋げたいのだが、定期公演への動きは鈍い

毎回、落語でなくても翌年にはまた別の芸能がやって来る。
現地の人々にとって日本の伝統芸能はたまにご招待で見るものなのだ。このような状況は適正な金額を払って鑑賞する観客を生み出しにくくしている。

人間国宝が無料ですから、我々はお金取れませんよ
ヨーロッパで会った若い能役者の言葉である。
偉い師匠は観光旅行を楽しみ、プロフィールに一行増えて満足してお帰りになる。
かくして日本の伝統芸能は興行でなくセレモニーになってゆく。

日本の能楽の舞台のイメージ現地の人にとって、日本の伝統芸能はたまにご招待で観るものになってしまう
365 Focus Photography / Shutterstock.com

ジャパンフェスティバルのように毎年行われている催しはどうだろうか。
渡航費は無理だが宿泊費と滞在費は出してくれるのでありがたい。
しかしギャラは出ない
いざ現地を訪れ会場に入るとプロといえる参加者は驚くほど少ない。

フェスティバルを運営するには大勢の出演者が必要だ。
主催者の意を受けた世話人が日本で
「長らく習ってこられた奥様の踊りをヨーロッパの舞台で披露しませんか?」
などと方々に声をかけて回る。
誘われた皆さんは“一生の思い出に”と喜んで自腹で飛んで来てくれる
プロを自称しているが目立った活動はしていない“これからの人たち”も嬉々としてやって来て異国の舞台に立つのだ。
日本を発信するために一定の貢献をしてくれているジャパンフェスティバルだが、これではプロの芸能に値札はつかない

そんな状況の中、真摯に本物の日本文化を広めようという個人・団体と知り合い、少しずつではあるがお金を取れる催しを増やしてきた。
大変ありがたいことである。

赤字ではないのにノーギャラになるからくりは

毎度うまくいくとは限らない。
海外公演を始めて5カ国目に訪れたスペイン
この年は費用の一部をスポンサーからいただき渡航費はカバーできた。
フランスから入ってパリ・リヨン・シャンベリーなどで8公演、イタリアに電車で移動してミラノ・フィレンツェ・ボローニャで7公演してスペインに飛んだ。細かく稼いで収支が上向き、勇んでマドリードに乗り込んで5公演行った結果は……ノーギャラであった

予想に反して宿泊費が出なかったのはショックだったが、あとはどこに消えたのか……
現地のアテンドは知人に紹介された日本人にお願いしていた。
その方が高級日本食レストランを経営していて
うちにいらっしゃい! なんでも好きな物を召し上がって!
と案内され配慮に感謝しつつ毎日その店で食事をとった。
その代金がすべて収益から引かれていた
是非出てくれと頼まれて出席した打ち上げの食事代も……。

先方はご馳走するとは言ってはいない。
私が食べたのだから私が払うのは当然であると言われれば返す言葉はない。
空港への送り迎えに使った自家用車のガソリン代も経費に計上され差し引かれていた。
これも私のためにガソリンが消費されたのだから私が払うべき費用なのだ。

たくさんのレシートのイメージ現地の私たちのアテンド代は、すべて収益から引かれていた

他にもいろいろあったが、最後まで納得がいかなかったのは某大学公演の経費。拠出された謝礼の7割以上が通訳に支払われていた。
それを指摘すると……。
でもあの方はプロの通訳ですから

やはり値札は付いていなかった。

次回も三遊亭竜楽さん。お楽しみに!

ぜひお越しください!

蔦屋重三郎に捧ぐ!
笑って学んで感動する十五歳からのアート鑑賞!

「落語家の語りで楽しむ【春画】愛の浮世絵・三遊亭竜楽独演会」

落語家・三遊亭竜楽が取り組む春画とのコラボ企画
大河ドラマでも浮世絵をプロデュースした蔦谷重三郎が主役で話題。
春画と聞いて先入観を持つなかれ!
大英博物館でも特集され、アート鑑賞としても国際的な認知度は高まっています。

今回は、世界屈指の春画コレクターで知られるオフェル・シャガン氏を招き、漫画家のゴロ画伯の作画による解説付きで、大人のエンターテインメントに仕立てた企画。
シャガン氏曰く、春画には「夫婦愛、家族愛、そして道徳も説いた庶民の教育読本的な役割もあった」と。この機会に是非、春画の素晴らしい世界を深く知っていただきたい。

『愛の浮世絵』ポスター表面画像『愛の浮世絵』ポスター裏面画像
出演 三遊亭竜楽
ナビゲーター ゴロ画伯(漫画家)
ゲスト オフェル・シャガン(古美術研究家)
司会 加藤ゆき(フリー・アナウンサー)
日時 令和7年2月28日(金)18:30開演(18:00開場)
チケット 当日4000円 前売り4500円
予約・問い合わせ オフィスまめかな
03-5447-2215 / ticket_info@mamekana.co.jp
会場 内幸町ホール
東京都千代田区内幸町1丁目5-1

今回は、青少年の鑑賞を想定して露骨な性表現に偏った作品は避け、春画が表現している日本文化、美しさ、そして面白みに焦点を当ててプログラムを構成しております。さらに、京都より来演の芸妓舞妓衆が華を添えます。 どうぞ皆様、エレガントでおしゃれな大人のエンターテイメントをお楽しみください。

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。