地デジ化の影響でテレビの出荷台数が一時的に減少

寺本名保美
寺本名保美
トータルアセットデザイン
代表取締役

今年の企業業績を見ていく際のキーワードとして、「需要のエアポケット」というフレーズがあります。
直近では、アップルの新機種販売や、電気自動車大手のテスラの新車販売などに絡んでこの言葉が使われていましたが、ここから1年の我が国における業績見通しにおいても頻繁に見かけることが予想されるこのフレーズについて、今回は解説してみましょう。

「需要のエアポケット」とは、旧製品と新製品との切り替え時期に発生する、需要の空白期間のことを指します。次に予定されている新製品への期待やニーズが強ければ強いほど、投資家の買い控えが顕著となり、一時的に当該商品群への需要が極端に減少することで「需要のエアポケット―空白」状態が生まれます。

過去の実例として、地上デジタルに移行する前後のテレビの出荷台数を見てみましょう。

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【図表】テレビの国内出荷台数

出所:電子情報技術産業協会

我が国のテレビ産業は、2000年のBSデジタルの開始から2011年にアナログ放送が完全に廃止されるまでの11年間、1970年代前半のカラー化以来の大転換期を迎えました。

2000年当初は、2011年にアナログが完全廃止されるとの認識は消費者側にはまだ浸透されていなかったものの、2003年に大都市圏にデジタル放送が開始されるころになると、今のブラウン管型テレビがどうやら近い将来映らなくなるらしい、ということが認識されるようになってきました。
こうなると、当然のことながらブラウン管テレビを買い替える人は激減することになりますが、一方で次世代の薄型テレビはまだ値段も高く、なかなか手が出ません。また技術的にもプラズマ型と液晶型が覇権を争い、各社各様の新製品を投入してくるため、消費者としても選択の基準が定まりがたく決心が付かないという展開が続きました。旧型種の購入は完全に止まり、新型種の買いは留保する、という「需要のエアポケット」がこの時期のテレビ業界に発生したのです。

テレビの総出荷台数が減少していた2003年から2006年は、日本の景気は小泉改革の影響もあり、過去20年で最も良かった時期です。にもかかわらず出荷台数が年々減少するという、通常の消費サイクルでは説明できない現象が起きてしまいました。結局その後のリーマン・ショック後の景気対策も絡め、政府がエコポイントによる補助金を出したことで地デジ特需が発生し、買い替えは一気に加速しました。

「5G」への切り替えに伴うリスクとは?

さて、現在想定される需要のエアポケットの中心にあるのは、「5G」と呼ばれる次世代通信規格です。
通信速度が現行の100倍になるといわれているこの新規格が、一部の国では今年から実装が始まります。通信規格が変わることで、それを活用するスマホなどの「通信機器」そのものも変わることが想定されます。また、この新規格の完全導入は、今話題になっている自動車の自動走行化にも大きな影響を与えるといわれています。

現在の個人消費の要であるスマホや自動車が劇的な変革期を迎えることは、世界経済全体に新たな設備投資やインフラ整備を呼び起こす強烈なカンフル剤になる一方で、短期的には深刻な買い控えを誘発するリスクが発生することになるのです。これが今市場で懸念されている「需要のエアポケット」です。一部のスマホメーカーでは今年から5G対応の新機種を発売することが発表されています。逆にアップルのiPhoneについては、新規格への対応には時間を掛け慎重対応するだろうという分析が一部アナリストから出ています。
実際に各社がどのような対応をしてくるかは定かではないものの、次世代商品への展開を期待する消費者からすれば、買い替えサイクルを1~2年延ばしてでも、新製品を待ちたいと思うのは自明のことと思われます。ここからしばらくは各社とも既存モデルのマイナーチェンジは控える傾向が出てくるでしょうし、また既存商品についての価格崩壊も始まるかもしれません。

現在世界の産業界は、「第4次産業革命」と称されるほどの劇的な構造変化に見舞われています。ここからしばらく、既存の製造業の業績については、将来の明るい展望の前に立ちはだかる一時的な真空地帯に突入してしまうリスクは避けられそうもありません。目先のリスクに怯えすぎず、将来への期待に浮かれすぎない、長期的な視野に立った投資戦略がますます重要な時期を迎えます。

(次回は5月7日を予定しています)

第8回 なぜ世界経済に波乱が起きると円高になるのか?
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