上がる通貨があれば、下がる通貨も必ずある
寺本名保美
トータルアセットデザイン
代表取締役
この10連休、平穏に過ごせたと思いきや、最後の最後にトランプ大統領による対中関税引き上げ発言という波乱の展開が待っていました。
今回のトランプ発言でも見られたことですが、最近の金融市場では大きな懸念材料が出るタイミングで「円高」が進行する傾向があります。「リスク回避の円高」と呼ばれる現象がなぜ発生するのかについては複数の要因が絡みあっていて、専門家でも明確に説明することが難しい問題ではあるのですが、今回はこの現象を為替市場特有の「不人気投票市場」という観点から説明してみます。
そもそも為替取引というものは「通貨と通貨の交換」のことを言います。ドル円の為替レートは1ドルが何円と交換できるかを示したもので、たとえば1ドル=111円のような表記になります。
ドルが上がった、とか円が下がった、という表現をしますが、株価のように絶対値としての値段が動いているわけではなく、あくまでも対円や対ユーロといった別の通貨との交換価値が変化しているに過ぎません。株が上がると思えば単純に株を買えばよいのですが、例えばドルが上がると思ったとしても、交換する相手となる通貨が円なのかユーロなのか、アルゼンチンペソなのかによって、その取引は全く異なる意味を持つことになります。
つまり為替取引においては、上がる通貨を探すことは、逆側で下がる通貨を探すことでもあるのです。
脆弱な国の通貨が注目されると「流動性の高い通貨」が買われやすくなる
為替取引市場にも、戦略の流行り廃れがあります。通貨間の金利差がテーマになることもありますし、その国の財政の健全度がテーマとなることもあります。また「有事のドル高」と称されるように、その通貨の安全性が評価される場合もあります。経済や政治が安定している時は概して、中長期的な経済環境に基づいた金利差などに為替市場は反応しがちです。経済環境に基づいた値動きにおいては、より堅調な経済を維持し金利が相対的に高い国の通貨を買いたい人が増え、値上がりをする通貨を選別する動きが活発化します。
一方で特定の国の財政、政治や金融システムの脆弱さに注目される局面では、特定の通貨が集中的に売られやすくなります。こういった局面においては、売りたい通貨が特定されているだけで、相手となる買われる側の通貨は基本的にはなんでもよい、ということになります。
特定の不人気通貨の裏側となる通貨は、原則として米ドルのように売買量が多い、いわゆる「流動性の高い」通貨が選択されます。ただし、ドルばかりを相手方に組んでしまうと、万が一ドルが売られるようなイベントが発生した場合のリスク分散ができないため、ユーロや円などドルに次いで流動性の高い通貨も相手方として選択されます。
不人気な通貨が売られる場合、その交換相手として米ドルとユーロ、円といった取引量の多い(流動性の高い)通貨が買われやすくなる
円は「不人気投票」の反対側の役割
この数年、政治的なイベントが多発する中において、値上がりする通貨を探すより、値下がりする通貨を探すほうが収益機会が大きくなる傾向が続いています。こうした中で、売りたい通貨の裏側としての買い対象として日本円が選択されるケースが増えていると考えられます。さらに、英国のEU離脱問題や米国でのトランプ大統領の就任など、ドルやユーロそのものがイベントの震源地となっていることもあり、政治経済が相対的に安定している日本円が「売りたい通貨」の反対側として選択されやすく、危機時の円高を招く環境が生まれていると考えられるのです。
言葉はやや乱暴ですが、強い通貨を買い上げるより、弱い通貨を売り叩く方が、値幅は大きく、成功した時の収益も大きくなる傾向があるため、特にヘッジファンド(※)のような為替取引を活発に行う投資家においては「不人気投票」が取引の中心になりやすい傾向があります。
今のところ日本円には金融危機や財政破たんなどの差し迫ったイベントが発生する可能は極めて薄く、かつ金融政策の不確実性も相対的に小さいことから、売り対象の反対側の役割として、格好の市場とみなされているのです。
特に買いたいわけではないけれど、売る対象ではないから、という消去法の結果としての円高。売りターゲットにされるのは嫌ですが、世間の無関心の結果に過ぎない円高というのも、少し寂しい気がしないでもありません。
※ヘッジファンド
株式や債券だけでなく、為替や資源や金融派生商品など幅広い資産に投資し、あらゆる投資手法を駆使することで、いかなる市場環境においても利益の獲得を目指す投資家のこと。