ベンチャー企業といってもその中身は千差万別。本連載では、さまざまな業界で活躍するベンチャー起業家たちの仕事や生き方に迫ります。第9回は、日本の住宅建築に山積する課題の解決に挑む、株式会社NEXT STAGEの小村直克さんにお話を聞きました。

小村直克氏

小村 直克さん
株式会社NEXT STAGE 代表取締役社長

1968年京都生まれ、大阪学院大学卒業。小堀住建(現ヤマダホームズ)から建材商社を経て、勉強会などで一緒になったベンチャー起業家の熱気に刺激を受けたこともあり37歳で独立。NEXT STAGEを創業。営業力が重視され、ともすれば品質の問題を抱え、しかも職人の高齢化や新しい担い手の不足などに悩む我が国の木造住宅業界の問題に「第三者監査」や「標準施工手引書」の作成、ISO29993の学習サービス国際認定に基づく「認定現場監査士」の資格付与、現場監督のための即戦力講座の運営、などで切り込み、多くの工務店(ビルダー)の支持を受けている。講演会やwebを使った動画配信、日本の木造住宅業界をより魅力的な業界にしたいという志を同じくする工務店(ビルダー)を対象にした季刊誌ACRO FIELDSの発行などにも力を注がれている。

株式会社NEXT STAGEホームページ
2006年8月創業。日本の住宅建築の問題点である施工品質の評価を行う「第三者監査」などを軸に、業界の課題を解決する様々なサービスを展開、急成長を続ける注目企業。日本の「つくる」を変える、がスローガン。特に今後は、ITソリューションを駆使して、建設の現場を担う人材の育成と施工管理プロセスの標準化、工務店(ビルダー)の組織化などを通じ、日本の「つくる」を支えようとしている。

バンド活動で実績を上げ、住宅メーカーから建材商社へ

最初にどんな少年時代を過ごされたのか、生い立ちのようなものからお聞かせいただけませんでしょうか。

小村 父が社会人野球で投手だったということもあって、子供の頃はもう野球一色、典型的な野球少年でしたね。ポジションはショートで、野球選手になるのが夢でした。ただ、これもよく聞く話かと思いますが、中学の頃には肩と肘をやられて、もう高校で野球を続けるのは難しくなっていました。そんな時、友人からラグビーを見に行かないか、と誘われ、当時、大八木(淳史)選手や平尾(誠二)選手を擁して黄金時代を築いていた同志社大学のラグビーの練習を見に行ったのですが、そこでラグビーに魅せられました。それで高校ではラグビー部に入ったのです。
父が野球選手だったこともありますし、実際、野球しかしていないような少年時代でしたので、その野球ができなくなって目標も見失って挫折感に襲われていたのですが、ラグビーがそんな挫折感から私を救ってくれました。何かが吹っ切れたのです。その感覚は今でも覚えています。

目に見えない呪縛のようなものから解放された感じでしょうか。苦しみを経てふっと空が広がる感覚ですね。大学の頃はバンド活動でも有名だったとお聞きしました。

小村 バンドについては、高校の文化祭まで話は遡ります。これもよくある話で、文化祭で部活の先輩から我々にお前ら何かやれ、という話がきて、バンドをやることになりました。それで、メンバーで楽器を決めたのですが、私はドラムになりました。
で、文化祭でハウンド・ドッグの曲を演奏したのですが、その時の成功、その時の興奮が忘れられず、大学からはバンド活動にのめり込んだのです。1からドラムを勉強し、セッションを重ね、私は京都でしたので、京都ではスターダストなど関西の様々なライブハウスで演奏を続けていました。

その頃、NHKでBSヤングバトルという20歳までと年齢制限がかかったロックバンドのコンテストがあり、私のバンドはその京都代表になりました。その同じコンテストで大阪代表になったのが、つんくさんのシャ乱Qです。結局そのコンテストで私たちは3位だったのですが、彼らは優勝して、そのまま全国大会に出て、デビューしていきました。
バンド活動にも熱を上げていましたが、一方で「湘南爆走族」ですとか「ビー・バップ・ハイスクール」、そうした映画のオーディションも受けていた、そんな学生時代でしたね。

夢を追われていた感じですね。就職せずにそうした夢を追われなかったのはなぜでしょうか?

小村 現実的には、その頃好きだった女の子(現在の家内です)がいて、結婚したいと考えていたので、就職することに躊躇いはありませんでした。で、実際に就職する際に、自分がやれる仕事は営業だろう、だったら大きなものを売って、大きな仕事をした方がいい、そう考えて小堀住建、現在のヤマダホームズに就職したのです。世の中はバブル景気で沸いていました。
住宅販売は大変な仕事でしたが、私はいい成績を挙げていました。給料は歩合的な要素も強く、成績が上がるにつれ、懐も潤っていました。3か月に1件も成約が取れなければ灰皿が飛ぶという、コンプライアンスが厳しい現在の時代では考えられない職場でしたが、その厳しさの中で鍛えられたと思います。

ただ、やがてバブルが弾け、住宅金利が高騰していく中で、ぐじゃぐじゃの時代がやって来ました。本当にそれはぐじゃぐじゃとしか言えない時代で、同期が一人去り、二人去り、私自身も見切りをつけるときが来たと思いました。退職して、1年くらいゆっくりしましたが、母方の親戚筋に工務店の棟梁をしている方がいて、その方の縁で、建材商社で働くことになりました。
結局その商社には10数年お世話になりましたが、前の会社で培った営業力もあり、すぐに営業部長になって、33歳になったときには経営企画部長にもなりました。

盛和塾などの勉強会で起業への意欲を高める

凄いスピードですね。営業企画部長、そこから起業へのプロセスが始まるのですね。

小村 そうです。営業企画部長になって情報を取りに、また経営そのものの勉強のために様々な勉強会に顔を出すようになりました。京セラの稲森(和夫)さんの盛和塾の影響もそうですし、東京ではファーストリテイリングの柳井(正)さんにもお会いできたり、守谷(実)さんのマーケットアウトの勉強会などにも参加しました。そこには、その後ベンチャー起業家として名前を馳せた人たちが多く参加していました。とても刺激を受けました。住宅産業でも販売代理業ではない品質そのものにメスを入れた仕事ができるのではないか、とぼんやり考え始めたのもそんな刺激の中からでした。また、独立して自分で事業を起こすことへの夢も膨らんでいきました。

私は結局、37歳で独立、起業したのですが、その背中を押してくれたのも、その頃に知り合ったある社長の言葉でした。
サラリーマンが独立、起業するには3つの壁があります。それは、お金と家族(の反対)と勇気ですが、お金については100万では始められなくて、1000万なら始められるというものでは本当はないと思います。100万円で3か月で起ち上げられないのであれば、それはきっと1000万でも起ち上がらない、もちろん業種にも拠りますが、精神という意味ではそんなものです。家族についても本当に情熱が勝るのであれば、家族だからこそ説得ができる、そんな対象です。ですから、起業を夢見ながら、起業できない、そんな方の多くが越すことのできない壁、それは実際は勇気の壁なのだと思います。
私もやはりその最後の壁をなかなか越せませんでした。それで悩んでいる私に、その方が言ったのです。「背中に羽根が生えているのに、なぜ飛べないのか」と。

良い言葉ですね。それで起業に踏み切られたのですね。

小村 踏み切りました。退職金、100万円を元手にして、生まれ故郷の京都で、まずは勉強を活かそうと、事業コンサルから仕事を始めました。京都の経営者の集まりに顔を出して、例えば売れ行きの良くないラーメン屋さんの業態転換を手伝ったりもしました。年越しラーメンを法人向けに売るとか、ですね。事業を始める前の模索の時期でしたね。コンサルをしながら自分自身の事業のコアを探していました。そんな時期が6年くらい続く中で、木造住宅の第三者監査という鉱脈に辿りつき、それを軸にした第二創業期が始まるのです。

NEXT STAGEの社員
小村社長とNEXT STAGEの社員

木造住宅の品質を担保する第三者監査

いよいよ現在のNEXT STAGEの事業が始まるのですね。実際にどのような事業を展開されているのか、その事業でどのような社会課題に向き合っておられるのか、など教えてください。

小村 我が国の木造住宅、またその産業については多くの問題が横たわっています。まずは家づくりの基準そのものが曖昧で、建築基準法や瑕疵担保責任およびフラット35などの共通仕様書を含めても、そこで示される基準は全体の約59%に過ぎず、残りの4割は職人さんや現場監督の人的な裁量に委ねられている現実があります。しかも多くの工務店は自社の施工品質基準も定めていませんし、経験を積んだ職人さんは高齢になって引退し、その経験を受け継ぐべき若い世代は3Kを嫌ってなのか、成り手がいない現実がある。それを補うために外国人労働者が増えている現実もある。
また、家づくりはそれぞれの工程をそれぞれの業者、職人さんが受け持って成り立つものづくりなのですが、工程の管理そのものも甘さがあって、すでに引き返せないポイントを過ぎて問題を抱えたまま次の工程に進んでしまうということも起きています。

工程の管理の問題
日本の木造住宅では、明確な施工基準を保有しない会社がほとんどという課題がある(株式会社NEXT STAGEホームページより)

当社はこれらの問題に対して、施工管理の品質指針として、それぞれの会社に応じた「標準施工手引書」の作成を行っています。当社の現場を知り尽くした技術スタッフが現場視点に立って、現場で使われやすい製本仕様で、それがあれば経験やスキルに依存しない安定した品質判断が可能になる、そんな手引書です。
また、住宅建築の工程の中で、後戻りできない10回のタイミングこそが、問題があれば手直しをして確かな品質を担保できるタイミングです。そうしたポイントでの第三者監査を行っています。そうした監査を行う人材として、認定現場監督士の資格を運営、資格取得のための教育を行っています。

不備の要因割合工程管理のミスや職人の作業ミスなどは、第三者監査を経て是正され、住宅の品質が担保される(株式会社NEXT STAGEホームページより)

実際、それぞれの地域でこれまで木造住宅を提供してきた工務店さんは、工務力、家を建てる力はあっても、販売が弱く受注が取れなければ干上がってしまう訳ですから、どうしても構造的に販売優位、営業優位のところがありました。そうした構造自体が、品質がややもすれば顧みられなくなってしまった原因でもあります。しかし、結局それはメンテナンスコストや、なによりレピュテーションリスクとなって、その工務店自体に跳ね返る訳です。

また、消費者サイドも一生に何度も買うものではない住宅に対して、何よりも品質を求める、仮に「第三者監査」を入れることによって、その分価格が高くなっても、確かな品質こそ求めるものだ、そう考える消費者は多くなっています。
そうした流れをしっかりと認識して、当社と組んで確かな品質の住宅を提供し、かつ、しっかりした施工管理や監査を通じてPDCAを廻して現場の施工力を高めたり、次代を担う職人を育成したりする会社も増えてきています。

ITを駆使した技術継承や品質管理

第三者監査というと現場の職人さんは反発したりしないものでしょうか。

小村 確かに最初はそうした反発を覚悟していました。しかし、実際に業務に取り組んで分かったのは、現場の職人さんはむしろ積極的に学ぼうとしている、よりスキルを上げようとされている、という実感でした。
ドイツと比べるのが妥当なのかは分かりませんが、ドイツではマイスターは一つのステイタスです。日本では残念ながら若い大工の成り手は少ないのが現実ですが、住宅はそこにまさに人が住まう、暮らす、人間の生活の基盤そのものを提供する、作り出す産業ですから、本当はとても魅力に満ちた産業なのだと思います。私はこの事業を通じてこの業界を魅力ある業界にしたい、そう強く願っています。また、それぞれの地方の工務店さんを支援することで、ささやかながら地方再生というテーマにも繋がると認識しています。

さらに現代社会はこれまでの社会と違った武器、ITソリューションを活用できるという利点を持った社会です。これまではどうしても現場を通じた人から人の技術継承しか方法がなかったという側面がありますが、これからはスマートフォンやPCで動画を使った教育も可能ですし、現場の品質管理などもアプリを通じて提供が可能です。
ITソリューションを駆使して、日本の「つくる」を変える、その覚悟で進んでいきたいと思います。

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