新型コロナウイルスは、普段は目に見えない、社会が抱える問題点を容赦なくあぶり出します。日本では医療提供体制の融通のなさが早い段階からクローズアップされてきましたが、その問題はいまだに修正されていません。「1日あたりの新規の感染者数は欧米諸国よりもはるかに少ないというのに、重症患者用の病床数や医師不足が浮上するのは、根っこの部分で何か根本的な行き詰まりがあるように思えてきます」と株式アナリストの鈴木一之さん。本稿では、日本と諸外国の医療制度を概観・比較していただきました。

  • 日本の医療は、財源は公的な性格が強いが、医療を提供する病院は民間が中心
  • 日本の病院は、病床数が多い割に医師および看護師が少なく、平均在院日数が長い
  • 医療人材紹介のエス・エム・エス、医療データサービスのJMDCなどに注目

「医療崩壊」の危機がいまだに修正されない

新型コロナウイルスの感染が世界中に広がって、まもなく2年が過ぎようとしています。しかし事態は一向に収まる兆候を見せません。

日本は今年、緊急事態宣言が何度も途切れることなく発出されています。楽しみにしていた東京オリンピックとパラリンピックはほぼ無観客での開催を余儀なくされました。

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ワクチンの接種が急がれていますが、より感染力の強い変異種が次々と出現しており、どうしても人類は後手に回らざるを得ません。先進国では接種が進んでいますが、それでも先行している米国やイギリスの事例を見ていると、人口の6~7割までが限界のようで、それ以上接種を進めようとすると国民の抵抗は強くなるようです。

コロナウイルスを完全に消滅させることを目指した「ゼロ・コロナ」政策は、どうやら軌道修正せざるを得ない情勢となってきました。そうなるとより現実的な選択として、ウイルスの撲滅ではなく、ウイルスと共存しながら経済を上手にまわしてゆく、いわゆる「ウィズ・コロナ」政策、コロナとの共存へと考え方の転換が求められつつあります。

コロナウイルスの特徴は、感染力の強さばかりでなく、その社会が抱える大きな問題点、普段は目に見えない最も弱い部分を容赦なくあぶり出してしまう点にもあります。

日本では、日本固有の問題点として、医療提供体制の融通のなさが早い段階からクローズアップされてきました。その特徴(欠点)はいまだに修正されていません。それが感染第5波の今回も、医療機関における病床数と医療従事者のひっ迫、いわゆる「医療崩壊」の危機につながっています。

1日あたりの新規の感染者数は欧米諸国よりもはるかに少ないというのに、重症患者用の病床数や医師不足が浮上するのは、根っこの部分で何か根本的な行き詰まりがあるように思えてきます。そこで本稿では日本の医療制度を概観して、それを諸外国の医療制度と比較してみようと思います。

日本の医療は、財源は公的性格、病院は民間中心

まず主要国の医療制度を財政面から区分すると、次の3つに分類されます。

  1. 医療財源は社会保険制度で確保して決済する国(制度)
  2. 租税を財源として政府が直接、医療制度を提供する国(制度)
  3. 基本的に医療費は民間保険でまかなう国(制度)

日本は(1)に該当します。国民皆保険の制度は世界に誇るべきですが、制度的にはかなり疲弊も目立ちます。同じくドイツ、フランス、オーストリア、スイスなどがここに該当します。ドイツでは国民の9割が公的な医療保険に加入しています。

(2)の租税方式の代表格はイギリスです。ほかにもデンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドの北欧4か国、イタリア、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなど、旧イギリス連邦の諸国がここに入ります。

(3)の民間保険でまかなう国はアメリカ合衆国です。高齢者を対象とした社会保険方式の「メディケア」、および低所得者を対象とした租税方式の「メディケイド」を除いて、公的な医療費を保障する制度はありません。格差社会のアメリカではしばしば医療制度が話題になります。

日本のように社会保険制度を採用している国でも、その仕組みは国によってさまざまです。日本は74歳以下であれば、職域保険と地域保健(国民健康保険)の二本建てで構成される社会保険で医療費はすべてカバーされます。これに対してドイツは職域保険がベースとなって構成されています。これは鉄血宰相・ビスマルクによって制定された労働3法を源流としており、日本以上に長い歴史があります。

フランスは全国民が社会保険の対象となっており、そこでも職域保険が中心となって多数の職域に分かれて組成されています。それらに属さない人たちは「一般保険」に加入します。

ヨーロッパ諸国における病院の経営主体は、歴史的に公的な性格の強いものとして発展してきました。イギリスでは100%、ドイツでは8割、フランスでは7割が公的な病床で占められています。

イギリスのように完全に租税方式を採用している国はもとより、社会保険方式を採用しているドイツやフランスでも、病院は公立、あるいは教会が運営している公的なセクターが中心となっています。これに対して日本は、病床数で7割、病院の数では8割が民間セクターによって運営されています(医療法人)。

したがって欧州では、医療機関の財源も医療提供体制も「公的」な部分が中心であるのに対して、日本は財源は社会保険という公的な性格の強いものであるのに対して、医療を提供する病院は民間が中心、という仕組みになっています。ちなみに保険制度のないアメリカの病院は民間が中心で、公的な病床数は全体の25%ほどにとどまっています。

【図表】国民医療費、対国内総生産・対国民所得比率の年次推移
国民医療費、対国内総生産・対国民所得比率の年次推移
出所:厚生労働省「平成30年度 国民医療費の概況」より抜粋

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