テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 
連載第56回は、「あいのり」「テラスハウス」「東大王」等、数多くのバラエティ番組を手掛けてきた、放送作家の堀田延さん。

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「結構歩けちゃうんだよね」

堀田延さんの写真
堀田延
放送作家
日本放送作家協会会員

2020年の秋、両足首を骨折した。
雨が降りしきる登山道を下山中、足を滑らせ、両方の足首を派手にひねった。テント泊の道具一式を背負っていたので、衝撃も大きかった。上高地の奥、標高2300メートル付近の涸沢カールまで紅葉を見に出かけ、1泊した翌日のことだ。結構痛かったが歩けないことはないので、そのまま足を引きずり下山した。もちろん骨折している自覚なんてない。ひどい捻挫だと思っていた。だから歩けたのだろう。もし折れていると知っていたら、1歩も歩けなかったはずだ。人間なんてそんなもんだ。

高校時代、山岳部だった僕は50歳を超え、また登山を始めた。昔と違い、装備が劇的に軽量化されているのが嬉しくて、めぼしい山道具をどんどん買い揃えた。近場の山から始め、次第に難易度の高い山に登っていき、「50越えても結構歩けるじゃん」と調子に乗り始めた矢先の事故だった。

痛みに耐えつつ1歩ずつ山を降りるが、歩くスピードは通常の3分の1程度。さすがに5キロも歩くと心が折れてきたので、たどり着いた山小屋で、「救急車って呼べますか?」と聞いた。すると「呼んでもいいけど、山岳事故扱いになるよ」とのこと。さすがに事故扱いはキツい。新聞に載るのはいやだ。仕方なく自力下山することにして、再び歩き出した。でも、帰りの長距離バスにはもう間に合わないし、だったらゆっくり休んで帰ろうと思い、3キロ近く歩いて、山小屋「徳澤園」に泊まらせて頂いた。

雨の日の登山の足もとのイメージ
雨が降りしきる登山道を下山中、足を滑らせて両方の足首を派手にひねった

その夜。山小屋の美味しい夕食に舌鼓を打ち、ビールまで追加注文して飲んだ。調子に乗って風呂にも入ってしまった。2階の部屋まで階段をなんとか上り、就寝。そんな無茶をすれば当然の帰結としてそうなるのだが、朝起きたときには足首はパンパンに腫れ、とてもじゃないけれど歩けない。仕方ないので山小屋の人に救急車を呼びたいと告げたところ、ちょうど上高地まで行く用事があるというオーナーさんがついで車で運んでくれることになった(後日お礼の手紙を送りました。徳澤園の皆さんありがとうございました)。

救急車のイメージ
山小屋の人に救急車を呼びたいと告げたところ、オーナーさんが用事のついでに車で運んでくれることに
MAHATHIR MOHD YASIN / Shutterstock.com

上高地の診療所で骨折の疑い濃厚と診断され、そのまま救急車で松本の大型病院へ緊急搬送(生まれて初めての救急車)。レントゲン検査の結果、両足首の骨折が判明。担当医は笑いながら教えてくれた。「骨折しているのに山降りてくる人って多いよ。みんな結構歩けちゃうんだよね」と。その後、松本まで片道3時間かけて車で迎えに来てくれた妻の運転で東京に戻り、そのまま自宅近くの病院に入院、手術した。

「両足骨折って珍しいんですよ」

お金の話は、いよいよここから。
ラッキーなことに、放送作家の仕事の多くがこのころリモートで成立するようになっていた(もちろんコロナ禍の影響だ)。おかげで仕事を休むことなく病室で構成会議に参加できた。でも、それは個室に入院しなければならないことを意味する。だって他の患者さんがいる大部屋で、ベッドの上にMacを広げてリモートで会議なんで出来るはずがない(いい迷惑だ)。だから僕は仕方なく、1泊3万円近い──それでもその病院では一番安い──個室に入院した。

両足首の手術なので、病院内でも車椅子の生活が始まった。これがもし片足だけの骨折なら手術後すぐに松葉杖で退院できるのだが、両方折ってしまうと自宅に帰れない。つくづく痛感した。折るなら片方ずつだ、と。足を両方一度に折るのは絶対にオススメできない、と。

そんな話をリハビリ療法士の人としていたら、そのお兄さんが小声で教えてくれた。「両足骨折って珍しいんですよ。でもたまにいるんです。いるんですけど、たいてい自分でビルかなにかから飛び降りた人なんですよね。気を使いますよ」と。……うーむ、なかなか笑えない話だ。そうか。自ら飛び降りずに両足を折るのは珍しいのか。僕はその珍しい方の患者で、幸いといえば幸いなのだろう。

車いすと病室のイメージ
一泊3万円近い個室に入院し、ずっと車椅子生活だった

結局、その病院に4週間。さらにリハビリ病院に移って4週間。2ヶ月近くを病院で過ごし、入院費は100万円をゆうに超えた。保険に入っていたので入院費が1日1万円出る。だとしても赤字だし、ずいぶんな出費だった。
しかも、病院の個室料金の高低はサービスのクオリティと必ずしもイコールではないという教訓も得た。というのも、個室が1泊3万円近い大病院の病院食はとてつもなくまずかったのに(まずい上に冷たいときた)、個室が1泊1万円ちょっとのリハビリ病院の病院食はとてつもなく美味しかったのだ。

もし高いお金を出して入院するなら、絶対に病院食が美味しいところが良い。皆さんも、もし入院することになったら、まずごはんが美味しいかどうかをネットで調べてから病院を選ぶように。これ本当に、実体験したから分かることなのだ。

とにかく、足を折るなら片方ずつにしようと思う。おそらく腕を折るときも同じく片方ずつが好ましいだろう。目や耳なんかも同じだろうな。2つあるものは片方ずつ。これが大きな教訓だ。皆さんも、足を折るときはぜひとも片方ずつにしましょう。もちろん、出来れば折らないに越したことはないんだけれど。

次回は日本放作家常務理事の石橋映里さんへ、バトンタッチ!

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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