テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 
連載第91回は、ラジオドラマ、テレビ、映画、舞台と媒体不問で脚本を手掛ける雑食系作家の藤井香織さん。

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値段には理由がある

藤井香織さんの写真
藤井香織
放送作家
日本放送作家協会会員

昨今の値上がりニュースに、誰もが戦々恐々としている。私も値札を見てはうろたえている……。でも、ふと思うのは、この商品が手元に来るまでに関わった人たちがいるわけです。それぞれに掛けた経費と労働力がある。消費者がこれまで通りを望んで、その通りになれば、負担を強いられた誰かが泣くのかもしれない。

水への投資 世界的に不可欠な資源への投資機会 BNPパリバ・アセットマネジメント

とある取材で、高価な反物を作っている職人さんの話を聞いたことがありました。反物の値段は、数字だけ聞くとめっちゃ高い!! でも、貴重な染料を使い、手間暇をかけ、その職人さんの24時間がその反物製作と共にある。この職人さんの生活を思うと、その価格はむしろ安価とも思えました。値段には理由があり、お金というのは巡ってこそ価値があるのではないだろうか? 値上げに敏感になり、ナーバスになる一方で、そのことを思い出してしまうのです。

商売人、混乱の極み

そもそも、私は景気のいい時代を知らない。おまけに10代の頃、「若い頃の苦労は買ってでもしろ」と、大人たちに言われ、「金じゃない、魂だ!」と、日本の景気のどん底で、粋がっていたものです。商売人のうちの父親は、役者を志すと言い出したムスメに戸惑い、「それは、何がどう流通して金が入るんだ……?!」と混乱の極み。物を売り買いする才能に長けた父にしてみれば、ムスメの根拠のない志しは妄想にしか思えず、怒鳴りつけた挙句、「お前は根無し草になるんだな……」と落胆していました。

役者志望のイメージ
役者を志すと言い出した娘に父は混乱した……。
Christian Bertrand / Shutterstock.com

たしかに当時は「やりがい搾取」なんて言葉もなく、「勉強のため」「やる気を見せろ」など理不尽に時間や労働力を差し出し、お金など入る仕組みはありません。就職した同級生がボーナスや貯蓄の話をしている中、まさに苦労を買い続けていました。金じゃない、魂だ……。でも、先立つものがないと、その魂がすり減る。それ知ったのは30代になってから。ようやく、「私の芝居は金にならん!」と、書くことを学び始めました。

趣味では書かない。ちゃんとした商品を作るんだ! 早くプロになろう! 妄想するから金をくれ! そう決めて始めたライター業。だけど、この世界もお金を頂けない仕事(それって仕事と言えない)は多々ありました。先方にも事情はあるだろうけど、書いた時間や労力をうやむやにされ、「持ち出しは紙とインクだけでしょ?」と言われて驚愕したことも……(哀)。

モノを作る仲間とは、一緒に責任やリスクを負うものだと思っている。でも、この業界には痛み分け、って言葉はないのだろうか。それとも仲間だなんて、妄想だったのだろうか――。商売人のムスメもまた、混乱の極みです。

放送作家が書いているイメージ
30代を過ぎてようやく、書くことを学び始めた

一方で、わずかな予算から少しでも支払おうとする人には、その心意気に痺れるわけです。労働の対価は欲しい。そして人にも気前よく払える人間でいたい……。「金じゃない、魂だ!」は、いまだ私の中で生きているのかもしれません。

父よ、ムスメは妄想を売っています。「金じゃない、魂だ!」と、うわごとを言いながら。

次回は放送作家の芳賀倫子さんへ、バトンタッチ!

是非、ご覧ください!

●Eテレアッとメディア(現在放送・配信中)
出演:加藤憲史郎・伊礼姫奈・眞島秀和
1人1台端末時代の今、「メディア・リテラシー」を育む教育番組。

オール長崎映画「こん、こん」(旧題:縄文人がやって来る)2023年公開予定 
監督:横尾初喜 脚本:藤井香織
出演:遠藤健慎・塩田みう・アキラ100%・遠藤久美子・栄信 他
制作:株式会社BLUE.MOUNTAIN.
長崎で映画製作を毎年行うプロジェクトの、第一弾となる映画です。
最新情報はこちらから

●2023年1月放送予定の青春アドベンチャー(NHK-FM)を執筆中。
最新情報は、Twitterにて発信いたします

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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