「預金なら安心」って本当なの? 「元本保証」って、実際に何を保障してくれるの? 実は、現金にもリスクが潜んでいるのです。本連載ではそんな「現金のリスク」を切り口に、お金のほんとうの価値を守るための資産運用について考えていきます。今回は、日銀総裁の「円安は一時的」という発言に対して、本当にそうなのかを考察します。

  • 円安は「投機が原因」と言う財務大臣、「一時的なもの」と判断する日銀総裁
  • 円安の要因は、海外から日本の「国力低下」を見抜かれていることではないか?
  • 政府や日銀には、円安について正確な情報分析と開示を求めたい

「連合艦隊司令長官山本五十六」。2011年暮れに公開された映画だったと思います。この映画の中で、小料理屋の狭い店内で常連客が新聞を片手にミッドウェー海戦の「勝利」を喜ぶ場面がありました。その場に居合わせた女性は「新聞には敵の船が沈む写真が載っていない。真珠湾の時は載っていたのに」という趣旨の発言をしていたように記憶しています。早くも政府(大本営)の発表に違和感を覚えていたのですね。

円安の真実……財務大臣の判断と発言

財務大臣は今般の円安の傾向は「投機が原因」と判断しているようです。FXの取引数量を載せておきました。確かに、今年の3月と同4月以後とを比べると、その取引数量は増えています。が、月によってバラつきがあることも分かりますね。

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【図表1】取引所為替証拠金取引(くりっく365)の月平均取引数量
取引所為替証拠金取引(くりっく365)の月平均取引数量
出所:東京金融取引所

本当にFXのような為替の投機的な取引が円安の主な原因と言い切れるのでしょうか?

そして財務大臣は「投機筋と厳しく対峙」すると、まるでFX取引の参加者と「戦う」かのような雰囲気です。しかし、もし、この財務大臣の判断(「戦う」姿勢)が本気なら、効果の程が疑わしい為替介入よりも、FX取引そのものを規制する方が効果的なのではないでしょうか? 例えば、FXの1日当たりの取引額(1人当たりでも、全取引の総額でも)を制限する、とか。

財務大臣の発言は嘘ではないにせよ、行動(政策)と一致しないような気がしてなりません。

日銀総裁の判断……物価上昇は一時的?

日本銀行の総裁は、9月26日に開催された関西の経済団体の代表との懇談会のあいさつの中で「今の物価上昇は資源高や円安などを背景にした一時的なもの」と発言したそうです。物価高の理由が資源高か、円安か、その両方か、とにかく「一時的」な現象と日銀総裁は判断している模様です。

確かに、おそらく、過去にない(?)上げ幅とスピードでアメリカの政策金利は上昇しています。なので、アメリカの金利上昇の勢いに乗じて円安が進んだということなのでしょう。ということでしたら、円安は一時的な現象と言えるのかもしれません。が、アメリカが政策金利の上昇を止めたり、逆に政策金利を下降させたら、今度は、それにリンクして円高に戻っていくのでしょうか?

【図表2】米国の政策金利
米国の政策金利

なお、日銀総裁の「資源高」というのは、残念ながら違っているようです。NY先物取引になりますが、日銀総裁が発言した9月26日は、過去、半年間で原油価格が最も低かった(76.71ドル)からです。過去半年間で原油価格が最も高かったのは3か月半ほど前の6月8日の122.11ドルです。つまり、3か月半ほどで、原油価格は4分の3になっていたのです。

先述の金利上昇の勢いに乗じた円安が「急速な円安」なら、原油価格は急速な「下落」とでも表現できるのでしょうか? これは筆者の強烈な皮肉です。

円安の真実……公の立場を離れた人

「元○○○」という、公の立場を離れた人は「円安の理由の一つに日本の国力低下を見抜かれている」ことを挙げています。筆者もこの方の説に納得できますし、むしろこの説こそが急速な円安が進んだ主たる理由ではないかと思います。

【図表3】日本の「国力」を示す指標
日本の数値 参考数値
食料自給率
2021年
カロリー
ベース
38% 前年比+1%
生産額
ベース
63% 前年比▲4%
飼料自給率
を反映
12%
エネルギー
自給率
2014年 6.3%
2019年 35位、12.1% 韓国は34位、17.7%
平均賃金 2021年 39.711ドル OECDの平均は
51.607ドル、
韓国は42.747ドル
国民一人当たりGDP 27位
39,301.07ドル
韓国は29位
35,003.82ドル
政策金利 ▲0.1% アメリカは3.00~3.25%

今般の物価上昇の中で、特に上昇の度合いが大きいのが光熱費(エネルギー)と食費だと言われています。光熱費と食費とに共通しているのは、どちらも自給率が低いことです。しかし、我が国のこれらの自給率の低さは、何も最近のことではありません。古くから言われていることですし、特にエネルギー自給率に至っては、少なくとも2014年よりは改善されています。ストレートに言えば「何を今さら」という気持ちです。

しかし、あらためて思い起こせば、今回のウクライナ危機でクローズアップされたのが、小麦(食料)と天然ガス(エネルギー)です。ロシアとウクライナは、両国とも小麦を大量に輸出していました。ロシアは経済制裁に対する報復として、ロシアは欧州や日本への天然ガスの供給量を著しく絞っています。

今回のウクライナ危機でクローズアップされた食料とエネルギーこそ、日本は、そのどちらも自給率が低いのです。加えて、エネルギー自給率が低い、ということは代替エネルギーへの転換も進んでおらず、CO2削減に「積極的ではない」ということも示しているのです。

低いのは自給率だけではない

さらに、食料やエネルギーなどの「消費」という側面だけではありません。先進国の中でも、平均賃金が低水準ということも、再び、注目の的になりました。

物価上昇は日本に限らず、世界的なテーマですが、では消費を支える「労働」の方も、海外は気にしているのでしょう。そもそも賃金が低いのに加えて、歴史的な円安ですから、留学生や観光客はともかく、海外からの労働者は期待できませんね。(人件費が安ければ、教師や旅館ホテル業などの人件費も安くなります)

まとめに代えて

さて、円安に対する財務大臣の見解や日銀総裁の発言ですが、どこまで知っていて、どこまでが本気なのかは存じません。財務大臣にせよ、日銀総裁にせよ、「国民にいらぬ不安と動揺を与えたくない」ことを理由に、見解を発表し、発言をしているのならば、後の世に、今の若者たちから、きっと言われることでしょう。
「令和のミッドウェー」だと。

ミッドウェー海戦
世界2位の経済大国だった日本は形勢の逆転を認めず、再びミッドウェー海戦のような失敗をたどってしまうのか……

それに国民には隠し通すことができたとしても、海外には、どのように映るのでしょうか? 日本は先進国の余力が、いつまで続くのでしょうか? もし、今後、海外から日本に対しての信用力がなくなれば、今度は物価高だけでは済まなくなってしまわないでしょうか? そうした点もあわせて、政府には情報開示をして欲しいものです。

国民が不安になろうが、動揺して騒ぎになろうが、今、政府と日銀のやるべきことは正確な情報分析と、それに基にした情報開示ではないでしょうか? つまり、政府が企業に求めていることを、政府自らが行うべきではないでしょうか?

“大安売り”の日本株……意外と買われていない?

おまけ……企業の方が自給率が高い?

伊藤園の原料

写真は伊藤園で公開している飲料の原産地国です。思ったよりも自給率が高い印象ではないでしょうか? やはり、どこぞの政府とは異なり、積極的に情報開示を行っている企業には信頼と好感を持てますね。まずは消費者として応援したいです。

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PASCO(敷島製パン)の国産小麦シリーズ。国産小麦といえば、ウクライナ危機に便乗かと思いたくなりますが、さにあらず。少なくともコロナ禍よりも、ずっと前から展開しています。国産小麦といっても、お手頃価格ですし、美味しいし安全安心ですね。やはり、まずは消費者として応援したいですね。

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