テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 
連載第115回は、TVドラマの脚本と同時に、映画を年間350本は観る脚本家の清水喜美子さん。

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母とお金と詐欺事件。奪ったのは……

清水喜美子さんの写真清水喜美子
脚本家
日本放送作家協会会員

今から10数年前、九州の実家の母が70代後半の頃。
久々に母から電話が掛かってきた。
「新宿の○○ビルの株式会社△△という会社を見てきてくれんね」
その会社から新規上場株の話があり、どんな会社か知りたいと言う。

翌日、母の言う新宿の○○ビルを訪ねたところ、そこはレンタル私書箱のオフィスで“株式会社△△”というのは実体のない会社だった。
この時点で、ピンときた。
これは未公開株詐欺事件だ!

すぐに、母と同じ敷地内の別棟に住んでいる妹に電話して、母から詳しい事情を聞いてもらった。すると、母が関わっていた新規公開株はそれ以外に数件あり、しかも、すでに株を購入しており、その総額は数百万円!
妹と唖然としながらも、これからの対応について話し合った。

まず第一に、母に対しては叱ったり、責めたりしない。悪いのは詐欺師たちであり、一番傷つき、ショックを受けているのは母だから。
それを前提に、妹は母と消費者センターや弁護士に相談し、私は警視庁の担当部署や私の住んでる地域の警察署で詐欺事件についていろいろと話が聞けた。転んでもただでは起きないライター根性で “取材”ができた。
その結果は……当然のことながら、犯人たちは捕まらず、お金は一円も戻ってこなかった。

その出来事がトリガーになったように、母はゆるやかにボケていった。
犯人たちはお金を奪っただけでなく、母の人間に対しての信頼までも破壊してしまった。
昨今の特殊詐欺グループの犯人たちに言いたい。『あんたらが、奪っているのはお金だけでなく、被害者の人生までも壊してんだよ』と。

落胆するおばあさんのイメージ母は未公開株詐欺事件にあい、そこからゆるやかにボケていった ※写真はイメージです

若者とお金。失ったのは……

昨年末、シナリオの講義に行っている映画専門学校の学生から、「今、撮っている作品を観て、感想が欲しい」というリクエストがあった。
日を改めて、じっくり作品を観せてもらう。

『今、幸せですか?』というタイトルのドキュメンタリー作品。前編と後編に分かれていて前編は数人の若い女性たちへのインタビュー、後編はピンク映画男優の若かりし頃の映像と中年に差し掛かった今の生き様が描かれている。
作品全体としては、前・後編でテーマが統一されておらず、加えて観客に何を一番伝えたいのかメッセージ性が弱くて、まだまだ未完成と感じた。

個人的にすごく気になったのは前編に登場する若い女性たち。撮影に行った学生はいわゆるたちんぼ(売春)の女性に声をかけて、インタビューに応じてもらったのだという。
“トー横キッズ”というには年齢が上だが、帰る家がない、あっても帰りたくない、だから宿泊費を稼ぐためにパパ活をしていると聞くとほぼ“トー横キッズ”だ。

その中の1人、Aさんは10代で結婚したが、間もなく離婚。たまに実家に帰るが、そこに居場所はなく、ここ(歌舞伎町)に来てしまうという。ここではオーバードーズやリスカにパパ活の繰り返し……。
そんなAさんに「一番幸せだった時は?」と聞くと「結婚していた時」と即答し、彼女は突如、涙をぽろぽろ零しながら「死にたい……死にたい……」と繰り返し呟いた。

『マズローの欲求階層』でいうと今まさに彼女は第3層の“所属と愛の欲求”を求めている。そして彼女が悲惨なのは自分の身を守るための住居などに関わる第2層の“安全の欲求”さえも満たされていないからだ。

映画専門学校のシナリオ分析では映像作品を観た後、まず主人公のExternal Goal(物理的ゴール)とInternal Goal(心理的ゴール)について分析する。両者は言い換えれば、WANTとNEED。
ではその日のねぐらを確保するために売春するAさんのWANTとNEEDは何なのだろうか? 彼女たちはお金という“一瞬の安心をもたらしてくれるもの”のために、人としてのプライドをすり減らしているように見えてならない。

wantとneedを分析するイメージ映像作品を観るときは、まず主人公のWANTとNEEDを分析する

実人生と映画

シナリオ分析では作品の主人公に必ず明確なWANTとNEEDを見い出せる。しかし、現実では母の詐欺事件の犯人は捕まらず、AさんはWANTとNEEDが混沌としており答えが見い出せない。
その理由を、ある映画が教えてくれた。

なぜ人は映画が好きか? 構成されているからさ。ストーリーには形、目的、意味がある。不幸な展開も作為的で、意味がある。(実)人生とは違う」       
(映画『人生はシネマティック!』より)

次回は北村京子さんへ、バトンタッチ!

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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