テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 
連載第51回は、ラジオドラマでデビュー後、テレビ、映画、演劇、コンサートのMC台本と、よろず書き続けてきた脚本家の井出真理さん。

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脚本コンクール受賞者が、デビューのチャンスを掴むには?

井出真理さんの写真
井出真理
脚本家
日本放送作家協会 常務理事

『創作ラジオドラマ大賞』という、日本放送作家協会とNHK共催の脚本コンクール(かつては『創作ラジオ脚本懸賞公募』と呼ばれていた)で私が佳作を受賞したのは、今から24年前。それを切っ掛けに、ラジオドラマの脚本執筆の仕事を頂いたり、こちらから企画を提案させてもらったり、テレビドラマのプロットライターに呼ばれ、映像ドラマの脚本も書くようになり、また、音楽関係の方からコンサートのMC台本の執筆依頼も頂くようになった。

バーンと名の知れた代表作は無く、テレビドラマや映画でヒットを飛ばしたこともないもので、“マネーの達人!?”と言われても困るのであるが、この仕事は兎に角、脚本を執筆しない限りギャラは発生しないので、脚本家になりたい人が、脚本執筆のチャンスを得るには……という話をしてみようと思う。この業界以外のお仕事をされている皆さまにも、参考になるかもしれないし。

私は今、デビューの切っ掛けになった『創作ラジオドラマ大賞』と、日本放送作家協会のもう一つの公募プロジェクト『創作テレビドラマ大賞』のプロジェクト・リーダーを担当している。予算を立てたり、審査スケジュールを決めたり、脚本家とドラマ制作者の皆さまに審査員をお願いしたり、受賞者さんとドラマ制作者さんを繋いだり……。「脚本執筆」という本来の仕事をしながら公募プロジェクトを担当するのは、なかなかキツイ!
でも、自分だって先輩たちにお世話になってきたワケだし、デビューから24年を経た今、そういう順番が回って来たのだ、と思うことにしている。

毎年ラジオとテレビで、大賞1名ずつ、佳作2名ずつ、計6名の受賞者さんと出会うのだが、彼らの多くは、「受賞=脚本家として仕事がもらえる」と思いがちだ。しかし、世の中そんなに甘くはない
私は彼らに「今回の受賞は、贈賞式でドラマ制作者さんたちと出会い、名刺交換をして、コミュニケーションを重ねるためのチャンスを掴んだ、ということだと思って下さい。チャンスを大事に、仕事へと繋げていって下さいね」と話す。つまり、受賞が仕事に繋がるかどうかは、誰と出会ってどんなコミュニケーションを重ねてゆくか次第、なのである。

コミュニケーションを重ねながら脚本家は「この制作者なら、私が書きたいこの企画にのってくれるだろう」と感じ取ってゆくし、制作者は「この脚本家なら、この企画に面白いプロットを出してくるだろう」と信頼や期待を寄せるようになる。そうしてやっと「脚本家としての仕事」が成立するのだ。

コミュニケーションのイメージ
受賞はきっかけに過ぎない。そこからコミュニケーションを重ねて、どう仕事に繋げられるか

コミュニケーションを重ねるにあたって、忘れちゃならないことがある。それは、受賞者の側が「自分に興味を持って欲しい、自分の作品について感想を言って欲しい」と思っているのと同じくらい、制作者の側も「自分が作ってきたドラマに対してどう感じているのか知りたい。感想や意見を言って欲しい」と思っている、ということだ。

熱くポジティブなのに制作者さんとのコミュニケーションが上手くゆかない受賞者さんは大抵、自分を売り込もうと躍起になって相手が見えなくなっている
だけど落ち着いて考えて欲しい。その制作者さんが作ったドラマを観て、感じたことを伝えたうえで、「だから私のこの企画書をぜひ読んでもらいたいんです」と売り込む新人と、闇雲に「ワタシ、ワタシ、ワタシ」の新人、どちらに興味を持ってもらえるだろう?

人との出会いがある限り……

脚本家デビューの後、仕事を続けてゆくために大事なことも、やはり人との出会いと、コミュニケーションだと思う。ここでいう「人」は、ドラマの制作者さんに限らない。仕事ガラミではないたまたまの出会いが脚本の題材に繋がったり、その後の仕事に大きく関わって来たりするのだ。

とても個人的な話だが、実例をあげてみよう。

脚本家としてデビューした頃、私は、ちんどん屋さんに弟子入りしたあるサックス・プレイヤーの演奏が大好きだった。どんなジャンルにも入らないちんどん音楽は、メジャーな媒体で紹介されることが無かったのだが、TOKYO・FMのトランス・ワールド・ミュージック・ウェイズというラジオ番組だけは、彼の音楽の素敵さを伝えてくれた。
たまたま参加したラジオ業界人のイベントで、番組のパーソナリティーであり、制作者でもある田中美登里さんと出会った私は、ラジオからちんどん音楽が流れて来た喜びを語った。と、それを切っ掛けに田中さんは、「今度、大阪で開催されるちんどん博覧会の取材に行くんだけれど、一緒に来る?」と誘ってくれたのだ! 「行きます!!」。全力で答えた私はその取材で、同行していた若松孝二監督と出会った

古いラジオのイメージ
たまたま参加したラジオ業界人のイベントから、出会いが繋がった

若松監督の映画は好きだったのだが、当時私が書いていたモノとはフィールドが違いすぎて、若松監督から脚本執筆のお声かけを頂くことはまず無かろうと思っていた。ただ、折に触れ飲みの席にご一緒させて頂いて、映画の感想などお伝えしていたのだけれど。すると出会いから十数年を経たある日突然、「今度、中上健次の『千年の愉楽』を撮るので脚本を書かないか」と電話が来たのだ。
その映画『千年の愉楽』が若松監督最後の作品になるなんて思いもしなかったし、この映画のロケ地である三重県、尾鷲の須賀利という集落の方々から伺った話が、ラジオドラマの企画に繋がり、ラジオドラマ『かえりみち』の執筆に繋がるなんて、思いもしなかった。

多分私は、人と出会いがある限り、脚本を書く、ということを続けてゆくのだろうと思う。

次回は放送作家の木村タカヒロさんへ、バトンタッチ!

日本放送作家協会が後援している『西の正倉院みさと文学賞』。
MRT宮崎放送賞を受賞した寺西輝将さんの『子らは炎に導かれ』を、ラジオドラマに脚色しました。

MRT宮崎放送のサイトにて公開されていますので、どなたでも試聴可能となります。ぜひ、お付き合い下さいませ。

mrt_misato

また3月以降、現在執筆中のラジオドラマがNHKにて放送の予定です。
現在はまだ、番組情報解禁となっておりませんが、
放送予定が決まりましたら、こちらのサイトに番組案内が掲載されます。

ぜひぜひ、お付き合い下さいませ。

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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