テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 連載第123回は、日本放送作家協会理事長で、「サラリーマンNEO」など人気バラエティ番組を手掛けてきた放送作家、内村宏幸さん。
最終ノミネートの高揚感
2008年の事、僕が脚本を書いていたNHKのコント番組「サラリーマンNEO」は、国際エミー賞という、世界中のテレビ番組の中から優秀な作品に与えられる格式ある賞のコメディ部門において、出品された世界中の作品の中から最終ノミネート4作品の中に選ばれました。
おそらく「エミー賞」というのは聞いた事あると思います。しかしそれは、あくまでアメリカ国内で作られた番組が対象で、この「国際」が付いているエミー賞は、アメリカ以外のすべての国の作品が対象というわけです。甲子園開催の時期にドキュメンタリーでよく見る「もうひとつの甲子園」、みたいな感じだと思っていただければわかりやすいかと思います。
本家の「エミー賞」は、テレビ中継が入り、煌びやかなテレビスターが次々と壇上でスピーチをするのに対して、この「もうひとつ」の方は、そこまでの派手さはありません。
しかし、とは言えそこはエンターテインメントの本場アメリカ、幾分規模が小さいと言えど、こちらもそれなりに、いや、日本文化からすると想像以上に豪華な式典でした。
場所はマンハッタンのヒルトンホテル。エントランスの手前には30メートルほどのレッドカーペットが敷かれ、一歩足を踏み入れると、待ち構えた大勢のカメラマンたちに呼び止められ、ポーズを求められると、ついつい僕たちもにこやかに手を振って応じたりしてしまいました。もしや本命だと注目されているのではと一瞬勘違いしそうになるも、それは、誰が受賞するかわからないからとりあえず全員押さえとけ、という意味合いだった事にすぐに気がつきました。
授賞式は、ホテル内の広大なバンケットルームで執り行われ、「これ落ちてきたらたぶん下敷きになるなあ」と、天井に吊された巨大シャンデリアをテーブル席から見上げながら、次々に発表される各部門の受賞者のスピーチを聞いていました。
そしていよいよコメディ部門の発表の番になり、まずノミネート作品が会場内に設置されたバカでかいスクリーンに順番に紹介されました。
我が「サラリーマンNEO」も、この番組の人気キャラの1つだった「セクスィー部長」の顔が大写しになると、ありがたい事に会場内から国を超えた笑い声が起き、ほっと胸を撫で下ろし、もうそれだけで言い知れぬ高揚感を得ました。
わずかな期待を持っていましたが、結論から言うと惜しくも受賞はならず、コメディ部門賞はイギリスの作品に輝きました。壇上でスピーチをする夢は叶いませんでしたが、今でも強く心に残る貴重な体験でした。
驚くべき日本の番組制作費とは……
この授賞式が「国際エミー賞」のメインイベントだったわけですが、実はその前から、マンハッタン中心部にある3つ星クラスのホテルを5軒ほど借り切って、計3日間に及び関連する様々なイベントがあちこちで開かれていました。
まず初日はプレパーティなるものから始まりました。サイズの合わないレンタルタキシードの袖を気にしながらシャンパングラスを片手に、場慣れした他の国の参加者と片言の英語で交流を試みたものの、8割方がぎこちない愛想笑いになってしまい、何とももどかしい時間で、日本の英語教育を恨むばかりでした。
そして2日目になると、各部門ごとにメディアカンファレンスというものが行われました。コメディ部門にノミネートされた4カ国の制作者の代表が一堂に会し、メディアから質問を受けたり、各国間で意見交換をするという場で、順番に各国のコメディ制作現場の実情が紹介されていきました。
そして、いよいよ我々日本チームの発言の番になりました。僕は、割りと広めの会場の片隅から見守っていたのですが、話題が番組制作費の話になった時でした。日本チームの代表者がおおよその金額を言った時です、そこで驚愕の事実が判明したのです。
あまり期待を抱かせてもよくないですが、この続きは次回で。
次回も内村宏幸さん、「もうひとつ」の授賞式(後編)へ続く!
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。