テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 
連載第125回は、小説家で脚本家、ライターとしても活躍中の谷口雅美さん。

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人を売る会社に勤めていたことがあります

谷口雅美さんの写真谷口雅美
脚本家
日本放送作家協会

物騒な書き方をしましたが、なんのことはない、求職者と求人企業をマッチングして転職のお手伝いをする人材紹介会社です。
求職者として登録しに行ったところ、「うちで働きませんか」と声をかけていただいたのです。社会人になって初めて収入が途絶えるかもしれない、という状況に不安でいっぱいだった私は「是非!」と即答しました。

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私に与えられた仕事は求職者の登録業務。彼らのキャリアシートの空白を埋める日々でした。
職歴に営業としか書いていないが、何をどういった企業にどのように売り込み、成果はどれぐらいだったのか。
1社目退職後、2社目入社までの空白の数年間、何をしていたのか。
希望勤務地は空白になっているが、どこでもよいのか、などなど。
そういったことを求職者と直接会って確認していくのです。

キャリアシートには、現在(前職)の年収と希望年収を書く欄がありました。
現在のところにン千万円と書かれていると、どういうキャリアの持ち主ならこれほどの年収になるのかと俄然興味がわきますし、現在と希望年収があまりにもかけ離れていると、その理由を知りたくなります。
ちなみに当時、「お高い人」「引く手あまたの人」は海外での支社長・工場長の経験者や海外との折衝経験者、各種のプロジェクト・マネージャーなどでした。

前職と比べて高すぎる年収を希望される方には譲歩をお願いすることも。
最初は「譲れません」と言っておられた方も、その条件でマッチする案件がないことに気づくと、こだわっていた年収や職種、勤務地を徐々に譲歩してくださるのですが、早く次の職を見つけなければ! と焦る姿は他人事とは思えませんでした。
何故なら、私は2年更新の契約社員だったからです。内々に「今回は更新するからね」と言われて安心していたけれど、その次は──? ダメならまた職を探さねばなりません。

転職に備えて、自社の登録フォームを使ってキャリアの棚卸をしてみました。
職歴はSE、営業、販売、事務、ブライダル関連とさまざまで、どれも問題なくこなしたつもりではいるけれど、「絶対の自信があります」と胸を張れるレベルではない。
資格はどうかと言うと──。
はるか彼方、学生時代に取った英検、漢検、秘書検、ワープロ(!)検定。社会人になってから取った簿記と色彩検定……。
むむむ、この統一感のないキャリアシートでは応募できる求人案件がないかも──転職業界にいるので、現実はイヤというほどわかっていました。
企業から「欲しい」と思ってもらうために、新たな武器を手に入れなければ!
ということで、求人案件でよく求められている英語力を身に着けようと短絡的に思いました。
現状把握のために受けたTOEICとTOEFLは目も当てられないスコアで、「よし、ここから劇的にスコアを伸ばすぞ!」と参考書を漁りかけたところで我に返りました。

待って。そんなに英語が好きだったっけ?

答えはNOです。どちらかと言えば苦手な学科でした。それなのに英語を使った仕事をしようなんて無謀だし、付け焼刃が通用する世界ではない。
万が一、雇ってもらえたとしても楽しくお仕事できる自信はない。楽しめなければ、長く続けることもできないじゃないか──。

履歴書に悩む女性のイメージ職歴はどれも胸を張れるものはなく資格もバラバラで、統一感のないキャリアシートだった

好きなことを仕事にする

好きなこと・やりたいことってなんだろう? と自問自答して即座に出てきたのは「書くこと」。学生時代からずっと書き続けていて、一生やめられないとわかっていました。
どうせやめるつもりがないなら「書くこと」を仕事にしよう! と思ったこの時点で30歳をとっくに超えていました。
遅い……。でも、遅すぎることはないはず! とシナリオ・センター大阪校に入りました。

基礎を叩き込んでもらえるから、3年ぐらいでデビューできるかなぁと見通しの甘いことを考えていましたが、シナリオの世界は奥深かった!
介護福祉士として働きつつ、課題や応募作を書く日々に突入しました。
諦めずに書き続けていれば、なんとかなるものです。幸運にも好きなこと──小説やシナリオを書いてお金をいただけるようになりました。

あのとき、人材紹介会社に登録しに行かなければ、人や自分の年収を気にすることもなく、キャリアの棚卸もせず、「書くこと」を仕事にしようと腹をくくることもなかった。

希望に満ちた働く女性のイメージ好きなことを諦めずに続けていれば、何とかなるもの

ところで、人材紹介会社ではお給料以外にいただいたものがあります。
それは「老若男女の求職者と会い、キャリアを共に振り返った時間」。多種多様な業種・職種、その苦労や喜びに触れたことは、キャラクターをつくる上で大いなる財産となっています。

次回は出川真弘さんへ、バトンタッチ!

是非、読んでください!

『殿、恐れながらリモートでござる』の表紙イメージ

殿、恐れながらリモートでござる』(講談社)
コンサル時代劇、第2弾!
長州藩二代目藩主・毛利綱広は、徳川家康の血を引く大大名。だが、大名が必ず登城するとされる日をすべて仮病で押し切り、幕臣たちから不興を買っている。
一計を案じた老中・久世広之は、尼崎藩主・青山幸利を改心させた牢人・戸ノ内兵庫を毛利家へ送り込んだ。
綱広は政には我関せず、気に入った巫女を侍女にするなどわがまま放題。財政難と、他家からの嘲笑に苛立つ家臣たち。更に、正体を偽って屋敷に入り込む者や正室の座を狙う者が暗躍し、毛利家は崩壊寸前。
戸ノ内兵庫は、殿さまや家臣たちの心を動かすことができるのか──?

是非、ご注目ください!

昨年度に続いて今年度も、小学校等を巡演する兵庫県立ピッコロ劇団おでかけステージにて『タラレバ幽霊とタカラの山』(原竹志氏との合作)を上演予定です!

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一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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