700人以上所属する日本放送作家協会(放作協)がお送りする豪華リレーエッセイ。テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家、そして彼らと関わる様々な業界人たち・・・と書き手のバトンは次々に連なっていきます。ヒット番組やバズるコンテツを産み出すのは、売れっ子から業界の裏を知り尽くす重鎮、そして目覚ましい活躍をみせる若手まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜くユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず!
連載第207回は、前回に引き続き多言語落語でグローバルに活躍する三遊亭竜楽師匠の海外公演にまつわるお金のお話!

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現地語口演にこだわる理由

三遊亭竜楽さんの写真三遊亭竜楽
落語家
日本放送作家協会会員

海外での落語公演を始めて18年が経つ。
(※前回、書き切れなかった続きを今回書きます)

三遊亭竜楽の海外RAKUGO道中顛末記

コロナ期を除いて毎年様々な国を訪れ、その国の言語で落語を演じてきた。
現地語口演にこだわる理由はいくつかある。
まず、日本語で語る字幕口演はNG
観客は投写された文字を見るたびに現実に戻り、頭に描く江戸の世界が損なわれるからである。

ならば、英語口演はどうだろうか。
ヨーロッパに渡って驚いたのは“英語が万能ではない”という現実である。
ホテル・駅・スーパー・デパートならば英語でのコミニュケーションに不自由はない。

だが、街中で一般人に英語で話しかけて相手が両手を広げて首をふるシーンは日常に見られる光景である。
よく“フランス人はプライドが高いから英語で話しかけても答えてくれない”と言われるが、田舎に行けばグッドモーニングすらわからない人が普通にいる。

外国人がわからなく困っているイメージヨーロッパでは英語で話しかけても首を振られるシーンがよく見られる

もちろん、英語話者を集めて公演することは容易にできるが、それが聴き手にどう受け取られるかである。
私の通訳を務めてくれたベルリン大学の先生は「英語の落語なんて聴きたくない」といつも言っていた。
ドイツに限らずヨーロッパの人々はみな自国の言語に誇りを持っているから流暢な英語で語っても喜ばない。
逆に拙くても自国語で演じれば驚くほど歓迎してくれる
最初のひと言でツカミはOKなのだ。

トラリピインタビュー

ギャラは宿泊代という経費でいただいたことに?

さてさて、お金の話である。
イタリアのボローニャ大学での口演にあたり、現地の世話人(日本人)からメールが来て
ギャラはおもに経費で払いたい
という教授の意向を伝えてきた。
もちろん、否はない。
さっそく了承して、渡航費に当てようか、ホテル代の何泊になるか、余ったら食費にも使おうかなどと思いを巡らせた。

イタリア道中はフィレンツェ公演を皮切りにラヴェンナを経てボローニャに入った。
ボローニャ大学は世界最古の大学である。
会場を埋めたのは学生を中心に教師・一般人。
知的好奇心に豊んだ観客にイタリア落語は大受けしてお開きとなった。
肝心の経費であるが、終演後に慌ただしくレストランへ移動したためお金の話はできず、翌日の出発ホームに教授の姿はなかった。
日本に帰って振り込みを待ったが音沙汰無し。間に入った世話人を通じて教授に問い合わせると金は支払ったと言う返事だったという???

宿泊はボローニャでトップクラスのホテルだったそうだ。
確かに素晴らしい設えの部屋ではあった。
書斎付きリビング、天蓋付きのベッド、泳げそうなバスルーム、歩き回れるウォークインクローゼット……。

豪華なベッドの部屋のイメージイタリア、ボローニャの宿泊はトップクラスのホテルだったが……(写真はイメージ)
54115341 / Shutterstock.com

しかし、問いたい!
その日ホテルにチェックインしてすぐ会場に向かって準備にかかり、終演後打ち上げで午前様まで付き合って朝イチで出立する私にゴージャスなスイートルームをとる意味を!
私のホテル滞在時間は5時間に満たなかったと思う。
送迎に使われたバカでかい車はジャガーのワンボックスカーであった。
重ねて、問いたい!
落語会のお迎えに超高額な車を使う意味を。
駅前から看板の文字が目視できるホテルにお迎えが必要な意味を!

交通費もいただいたけど……怖っ!

まだ続きがある。
次の公演地はニース
前日に渡されたチケットで乗り込んだ特急列車は、ミラノで乗り換えると各駅停車となり、国境を越えてフランスに入るとさらに遅くなって乗り換えを重ね予定より3時間遅れて到着した。
ようやく着いた駅は闇の中にあった。
改札とおぼしきあたりに小さな裸電球がひとつ。人影はまったく見当たらない。
我々が下車しようと荷物を下ろし始めたら、“この駅では無い”とフランス人の青年が声をかけてきた。
しかし、チケットを改めると確かにその駅の名がプリントされている。ホームに降り改札に向かってに歩み始めた時、背中越しに大きな声が響いた。
戻ってください!
予想外の日本語に思わず足が止まった。

駅員に待ってもらってます。早く!
車両から発せられる切羽詰まった女性の声に驚き走って車中に戻る。
その途端にドアは閉まった
私たちを呼び戻したのは40前後とおぼしきニース在住の婦人。
彼女が言うには、その駅周辺は不法移民の巣窟で地元民も怖れて近づかない無法地帯なのだとか。

私の旅は単独で出かけることが多い。
前座やマネージャーなど1人でも加えれば経費が倍になるからだ。
この時はたまたまスポンサーから資金をいただき、女流俗曲師の檜山うめ吉さんに、マネージャーを務める家人と2歳の娘、私の4人旅だった。
ライオンの檻に羊飼いと羊の群れが入るようなシチュエーションで、どんなことが待っていたか想像するのも怖しい。
救世主に御礼を述べ自己紹介を始めたところで車窓の向こうに立派な駅舎が現れた。
目的地はたったひと駅先だったのだ。
切符を購入したのは大学事務局。
1泊2日のボローニャ公演でいただいた交通費は最高のお車代と5ユーロ足りない電車賃だった。
そして謝礼は、“おもに”では無く“すべて”経費につかわれていた

それでも懲りずに海外へ!

2008年以来、イタリア、フランス、イギリス、ドイツ、アメリカ、ポルトガル、スペイン、スイス、ベルギー、スウェーデン、中国、台湾の65都市を廻り8か国語で各国に寄り添った口演を行ってきた。
私以上に世界を知る落語家は他にいないだろう。

なぜ儲からない海外落語道中を続けているのかと尋ねられることがある。
見知らぬ国の見知らぬ人々を笑わせる達成感・充実感は何ものにも変え難い。
落語家は首を左右に振りながら様々な人物を演じ分ける。
だが、その人物の姿、表情、身にまとった着物、履き物などは、落語家の言葉を受け取った観客1人ひとりが想像の世界に描き出している。
観客の頭の中で描く絵は全員バラバラで同じものはひとつも無い。
しかし、同じ演技を見てみんな一緒に笑っている。
落語は異なるもの同士が同じ空間を共有し楽しみを分かち合える世界を作ることができるのだ。
落語には世界を癒やし平和を生み出す力があると思う。
その可能性を追求していきたいのである。

今年は京都・金沢に並んで“三大和菓子処”に数えられる島根県松江市の名店彩雲堂さんと組んで、フランスに渡りパリ・カンヌで「日本のスイーツをRAKUGOで楽しむアートショー」を開催する。
来年はフランスのエビアン町を訪れて日仏の名水で作った和菓子の味比べを行おうと今からアンを練っている。
加えて浮世絵と落語とのコラボ企画も進行中。題材は、「北斎漫画」と「世界一の春画コレクション」だ。
タイトルは「昼の北斎、夜の北斎」で行こうか(賛同御支援していただける企業・個人を募集中です)。

日本の伝統的な和菓子のイメージフランスのカンヌで「日本のスイーツをRAKUGOで楽しむアートショー」を開催する予定だ(写真はイメージ)

終わるとほとんど残らない海外公演だが毎回必ず持って帰れるものがある。
落語珍道中の体験談だ。
これらが講演のネタになり何某かのお金を産んでくれる。
いや、しゃべるだけではない。このエッセイでも稿料をいただけるではないか。二刀流に感謝である。

次回は 愛新覚羅ゆうはんさんへバトンタッチ!

ぜひお越しください!

蔦屋重三郎に捧ぐ!
笑って学んで感動する十五歳からのアート鑑賞!

「落語家の語りで楽しむ【春画】愛の浮世絵・三遊亭竜楽独演会」

落語家・三遊亭竜楽が取り組む春画とのコラボ企画
大河ドラマでも浮世絵をプロデュースした蔦谷重三郎が主役で話題。
春画と聞いて先入観を持つなかれ!
大英博物館でも特集され、アート鑑賞としても国際的な認知度は高まっています。

今回は、世界屈指の春画コレクターで知られるオフェル・シャガン氏を招き、漫画家のゴロ画伯の作画による解説付きで、大人のエンターテインメントに仕立てた企画。
シャガン氏曰く、春画には「夫婦愛、家族愛、そして道徳も説いた庶民の教育読本的な役割もあった」と。この機会に是非、春画の素晴らしい世界を深く知っていただきたい。

『愛の浮世絵』ポスター表面画像『愛の浮世絵』ポスター裏面画像
出演 三遊亭竜楽
ナビゲーター ゴロ画伯(漫画家)
ゲスト オフェル・シャガン(古美術研究家)
司会 加藤ゆき(フリー・アナウンサー)
日時 令和7年2月28日(金)18:30開演(18:00開場)
チケット 当日4500円 前売り4000円
予約・問い合わせ オフィスまめかな
03-5447-2215 / ticket_info@mamekana.co.jp
会場 内幸町ホール
東京都千代田区内幸町1丁目5-1

今回は、青少年の鑑賞を想定して露骨な性表現に偏った作品は避け、春画が表現している日本文化、美しさ、そして面白みに焦点を当ててプログラムを構成しております。さらに、京都より来演の芸妓舞妓衆が華を添えます。 どうぞ皆様、エレガントでおしゃれな大人のエンターテイメントをお楽しみください。

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。