「日本デザインスクール」を設立し、校長を務める久保なつ美さんは、当初からデザイナーの仕事を志していたわけではなく、きっかけは「お菓子を食べても怒られなさそうな雰囲気のオフィスだから」でした。そんな久保さんにスクールのことやWebデザインをとりまく環境、スクールではどんな人が成長するのかについて、お話をうかがいました。
久保なつ美さん
1986年生まれ。米系大学の日本校を卒業後、フリーター生活を経てWebデザイナーに転身。26歳の時に日本デザインを共同設立、29歳の時にWebデザイナーを育成する「日本デザインスクール」を設立。同スクールの校長として、これまでに4000名を超える卒業生を輩出している。
デザインの現場で使える実践的な技術を学ぶ
「日本デザインスクール」はWebデザイナーを育成するスクールということですが、どんなスクールなのでしょうか?
久保さん 「未経験から45日でプロレベルのデザインができる」というコンセプトの、オンラインの講座が中心のスクールです。毎月100名ほどの方が受講して、一緒に学んでいきます。
オンラインの動画で1日2~3時間学ぶほか、週2回ほどリアルタイムのZoomレッスンもあります。作品の添削会や、卒業後のキャリアについて話し合う場などを、受講生の生活スタイルに合わせて、昼と夜に2回開催しています。
大きな特徴は短期集中型であることと、Webデザインの現場で求められているものを学べることです。デザインを浅く広く学ぶのではなく、現場から逆算してカリキュラムを組んでいるので、たとえばバナーやランディングページ、YouTubeのサムネイルといったような現場が求める実践的な技術が身に付きます。卒業してすぐに仕事を取れる例も多いです。

日本デザインスクールのホームページ。設立以来、久保さんが校長を務める
主にどのような層が受講しているのでしょうか?
久保さん 男女比では女性が若干多く、6割ほどでしょうか。年齢はさまざまで、下は10代の学生から、上は60~70代、あるいはもっと上の方もいらっしゃいます。多いのは30~40代ですね。
学生の場合はクリエイティブな職に就きたい、起業したいという目標を持っている方が多いです。30~40代の方の場合、すでにある程度のキャリアを築いているけれど、それが本当に自分がやりたいことではなく、セカンドキャリアとして新たな挑戦をしたいという方もいます。
そして60代以上の方は、定年退職後も人の役に立つ仕事をしたいということで、半分趣味的な感覚で始められる方もいます。

過去には90代の方の受講もあったとのこと
Webデザイナーを目指す人が知りたいことを動画で発信
久保さんはYouTubeでの発信も積極的です。どんなきっかけで始めたのでしょうか?
久保さん 以前私がPhotoshopのレッスンをやっていたときに、終わったあとでレッスンと直接関係ない質問をよく受けていました。「Webデザイナーの仕事ってどうですか?」とか「どういう人が向いていますか?」、「いくら稼げますか」とか、技術以外の相談に応じる時間が、レッスンと同じくらいになっていました。
毎回同じことを聞かれるのなら、その答えを動画に撮って送ってあげればいいのではないかと思って、「Webデザイナーがよく聞かれる質問」というテーマで動画を配信しました。最初に出したのが、「未経験でもWebデザイナーになれるの?」という質問でした。作品がないと難しいけど、未経験でも作品を持っていけば採用される可能性はあるよ、といった感じの内容でしたが、上げてみたら再生回数は徐々に増えていきました。
Webデザイナーを目指す人が知りたい情報が、世の中にほとんど出回っていなかったということに気づきました。私が顔を出して、Webデザインはこういう仕事だよというのを伝えれば、そういう情報を求めている人が来てくれるかもしれないと思って動画を出し続けていたら、本当に全国から問い合わせが来るようになりました。
もともと私が人前に出るのが好きなタイプだったのと、以前の仕事で動画編集をやっていたこともあって、今もスクールとは別に年間100本以上の動画をアップしています。

久保さんのYouTubeチャンネル。公開されている動画は1300本以上
Webデザインの需要は増えていると感じる
久保さんはWebデザインの仕事に出会うまで、かなりの紆余曲折があったようですが……。
久保さん 若い頃は自分が何をやりたいかよくわからず、「仕事」というものに対してあまりいいイメージもなく、大学を卒業してしばらくはフリーターとして過ごしていました。
あるときWebデザインの仕事の求人を見て、オフィスがラフな雰囲気で、座って仕事ができるしお菓子を食べても怒られなさそうだし、これなら続けられるかもしれないと思ったのが、クリエイティブな仕事との出会いでした。
デザイン関連のいろいろな会社で働いたのですが、デザインをしっかり教えてくれる人がほとんどいなくて、デザイン自体は好きでしたがあまり力が伸びず、あきらめようとした時期もありました。そんなときに出会ったのが、日本デザインを設立した大坪さん(同社の現代表取締役、大坪拓摩さん)でした。大坪さんの話はすごく論理的で、「お客さんのニーズをつかむデザインとはこういうものだ」と頭で理解できました。デザインの仕事はおもしろいと、本気で感じられるようになりました。
デザインについて論理立てて考えている人は、実はすごく少ない気がします。自分の感覚に頼ってデザインをつくっているから言語化できず、後輩にうまく教えられないのかもしれません。「ということは、デザインの技術を論理的に教えるというビジネスにはニーズがあるのでは」と思い、そこから私のWebデザインを教える仕事が始まりました。

ひとりのデザイナーとの出会いが人生を変えた
Webデザインという仕事へのニーズはいかがでしょうか?
久保さん 私がこの仕事を始めた頃より、需要は大きくなっていると思います。今は何でもネットで完結する時代で、企業の活動の場や制作物もホームページだけでなくYouTubeやSNS、電子書籍と種類が増えています。ホームページにしても今はノーコードのツールができたり、AIがコードを書いてくれたりする時代なので、デザイナーが活躍できる場は増えていると思います。私たちのスクールが月に100人の卒業生を輩出しても、それでも世の中の需要に追い付いていないと感じています。
私としては、多くの人にデザイナーになってほしいというよりは、本気で学んだ人が現場で活躍して、お客さんの事業や売上に貢献する、そんな人を育てたいと考えています。
人生の目標を決めている人は成長が早い
スクールを通じてたくさんの受講生を見てきた中で、成功するのはどのような人だと思いますか?
久保さん 「こういう人生を歩みたい」という目標を決めている方は、成長がすごく早いと思います。Webデザインをやりたいというはっきりした理由があって、そのツールとして勉強する、という意識を持つ方ですね。例えば、お子さんの近くで子育てしながら働きたいというシングルマザーの方は、成長が早かったことを覚えています。
スクールでも「キャリ活」という、自分のキャリアをどう築いていくかを考える場を毎週設けたりするなど、目標を持つことの大切さも伝えています。
昔の私自身がそうだったのですが、今まで何かに熱中することがなかった人が、Webデザインに出会ってがんばりたいと思えたり、目標を決めて努力するようになったり、前向きに変わっていく姿を見るとうれしくなります。
自分に自信が持てなくて心を病んでしまう人もいますが、もし熱中できる仕事を見つけられたら、ほとんどのことが解決できると思います。私はWebデザインというスキルを得ることで自信を持つことができました。スクールを通じて、そんな方がひとりでも増えればと思っています。