テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会(放作協)がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず!
連載第159、160回は、「水曜日のダウンタウン」などのテレビ番組を手掛ける、放送作家の大井洋一さんが2回にわたってお届けします。
請求書が出せません
気がつけば46歳。放送作家になって27年が経ち、すっかりベテランです。現在もありがたいことにいくつかの番組に携わらせてもらいながらなんとか放送作家を名乗っています。
ただ、私の銀行の口座残高は、しばしばマイナスになります。
理由は明快で、請求書を出さないからです。
請求書を出さないと当然ギャラは振り込まれない。
放送作家のギャラは放送後、しばらくするとプロデューサーから連絡があり、金額が伝えられます。この、仕事した後に金額が伝えられる『後出しシステム』に関しては、色々言う人もいるけど、私はそういうものだと思ってるし、ずっとそうだったので特に不満もありません。「セット作って予算使っちゃったので」とか「ゲスト多かったので」みたいな導入から低めの金額を伝えられる時もありますが金額にノーを言ったことは一度もありません。私が不満があるのは、その後なんです。ギャラをもらうのに「請求書を出さなければいけない」ということです。「面白いことを考えられるならお金なんかいりません」というほど私も酔狂な人間ではありません。お金は欲しいしお金は大事です。
ちなみに全くの余談ですが、ここ数年、ちょっと予算が苦しそうだなという番組でギャラのお話をされた時「僕のギャラはその半分でいいので、半分を若い作家で分けてもらっていいですか?」と言うようにしているんです。安いギャラで働く若い作家たちが可哀想だという気持ちからこういうことを言っているんですが、気持ちの数%に「こういうエピソードって後々出回って尊敬されるよな」という打算的な期待があったことも嘘じゃないです。たけしさんの「アンチャン、売れたら使ってくれよな」的なエピソード(※各自検索)になることを期待していたりもしました。ただ、待てど暮らせどそんな話が一向に伝わってくる気配を感じないので、痺れを切らして自分から言わせてもらいました。
話は戻って、請求書です。
放送が終われば放送作家としての仕事は終わりだと思っています。それなのに『請求書を出す』という一番大切な仕事が残されている。「出せばお金が入ってくるんだから、出せばいいじゃないか」と思うかもしれません。最近では「郵送しなくてもpdfでメールかLINEで送ってくれればいいですよ」なんて優しいことも言ってくれます。パソコンですぐ出来る作業なんです。ただ、そんな当たり前で簡単なことすら出来ないんです。自己診断だと、病気か呪いのどちらかです。
未提出の代償
お金が振り込まれない、というのは自業自得なんですが、時折、猛烈に怒られることもあります。以前、深夜番組をやっていた時、なかなか請求書を持ってこない私にしびれを切らしたプロデューサーが「お前、請求書出せって言ったよな? 舐めてんのかこの野郎! ぶっ殺すぞ!」と胸ぐらをつかまれクビになったことがあります。私が佐山聡の地獄のシューティング合宿の映像を見ていたから耐性があったものの、そのへんの素人だったらメンタルやられてると思います。また、某局で仕事をした時は、これまたプロデューサーからの再三の請求書の催促を無視し続けていた結果「これが最後の警告で次はあなたを告訴する」という手紙が届いたこともありました。(これ、どういう理屈だったのか私もいまだに理解出来てないんですが、請求書って出されないと告訴するシステムあるんですか?)
「お金に余裕があるから請求しなくてもいいんですね」なんて軽口を叩かれることもあるけど、本当に私の口座の残高は日々マイナスで、マイナス過ぎて卸せなくなることもあるんです。私には家族もいます。マイナスの口座では生活出来ません。あまりにもマイナス過ぎてどうしようもなくなった時は、埋蔵金のごとくまとめて請求書を送るのですが、これは先方もえらい迷惑だと思います。
ただ、日本社会が作り上げた「請求書」というシステム(世界にもあるのかもしれないけど)。その中でうまく生きられない人間がいることも理解していただきたいのです。
「人に頼めばいいんじゃないか」というごもっともなご意見。
安心してください。それ、もう試しています。もう試した上で「人に自分のやった番組を伝えるのが面倒くさい」という理由で何度も頓挫しています。
世の中が、確定申告で領収書と戦っている中、私は、未提出の請求書を確認するというはるか手前の作業から始めています。
佐久間宣行さんは「企画書はラブレター」と表現しましたが、請求書はなんでしょうか。養育費であったり手切れ金であったりでしょうか。
私は思うんです。
ラーメン屋でラーメンを食べて、お金払う時に「請求書ください」とは言わないですよね。美容院で髪切ってもらって、お金払う時に「請求書くれないと払えませんよ」とは言わないですよね。だったら、私にだって、黙ってお金払って欲しいんです。こっちも食券みたいなシステムだったらいいんでしょうか。トッピングで「ナレーション書き」とか「プレビュー参加」とかあれば分かりやすいですかね。
ただ「領収書ください」なんて言われちゃうと、それはそれでまた時間かかっちゃうんですけどね。
次回も大井洋一さん、ご期待ください!
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。