テレビ、ラジオ、動画配信も含めてあらゆる番組の脚本・台本を書いている放送作家が700人以上集結する日本放送作家協会がお送りするリレーエッセイ。ヒット番組を書きまくっている売れっ子作家、放送業界の歩く生き字引のような重鎮作家、今後の活躍が期待される新人作家と顔ぶれも多彩。この生きにくい受難の時代にひょうひょうと生き抜く放送作家たちの処世術は、きっとみなさんのお役に立つかも~!
連載第7回は、『NISSAN あ、安部礼司』など人気ラジオドラマの脚本家、北阪昌人さん。
音で『三百万円』を表すと?
昨年、桑田佳祐さんが作詞作曲して、坂本冬美さんが歌った「ブッダのように、私は死んだ」という楽曲のラジオドラマ版を書きました。その一部。上昇志向の強い男が昔の女を切ろうとする場面。
- 浩司
- いや、その、あれだ、そのお腹にいるのは、ほんとにオレの子か?
- 恵子
- ……ひどいこと、言うのね。
- 浩司
- え? いや、だって、
- 恵子
- あんたの子じゃなかったら誰の子だって言うのよ!
- 浩司
- 恵ちゃん……大きな声、出すなよ。
な、頼むよ。お願いだ。 - 恵子
- 拝まないで、私、お釈迦様じゃないんだから!
- 浩司
- わかった、わかった拝まない……。
ここに……三百万、ある。 - 恵子
- え?
(効果音)バッグのファスナーを開ける
(恵子の心の声)彼は、黒いボストンバッグのファスナーを開けた。
- 浩司
- これで、なんとかしてくれ、な?
大事なときなんだ、オレの人生にとって、最高に、大切なときなんだ。
ここで失敗したら、何もかもが水の泡なんだよ。
リベンジ、できないんだ。
失敗、できないんだよ。
テーブルの上に、札束を置く音を入れることも考えましたが、バッグのファスナーを開ける音だけで表現したいなと思いました。
皆さまご承知のとおり、ラジオドラマは音だけなので、お金は音で、あるいはセリフで、表現するしかありません。『音は映像を連れてくる』のですが、どんなふうにリスナーの脳内で映像を紡ぐか、思案するのが音声メディアの醍醐味です。
特に「お金」というアイテムは、脳内映像化が楽しいのです。それは、誰もがイメージしやすい日常性があり、でも、どこか暴力的で刹那的で文学的な非日常性を孕んでいるところ。お金を出すのは、ワクワクします!
汚れた五千円札
木村多江さんに朗読していただいている『サウンドライブラリー~世界にひとつだけの本』も、おかげさまで10周年。毎週、月原加奈子という女性の日常を書き続けています。
その中で、多くのひとにご好評をいただいているのが「五千円札」という作品です。加奈子さんの弟さんが初めてガールフレンドを家に招く。でも、やってきた彼女は落ち込んでいる。途中で五千円札を落としたらしい。それを聞いたお父さんは、静かに外に出た。結局、ガールフレンドのポケットに五千円札はあったのだが……何も知らずに外出から戻ったお父さんのくだりは、こんな文章です。
「ただいま」と、玄関で父の声がする。絶妙のタイミング。
「父さん、五千円札がね」と私が言おうとしたら、父が先にこう言った。
「いやあ、見つかったよ、五千円札」。
みんなが、父を見る。
「ケーキ屋さんの道路の脇にさ、ほら」。そう言ってみせた五千円札は、ご丁寧に隅のほうが汚れていて。
「これでしょ、たぶん」。渡された彼女は、一瞬、考えて、
「ありがとう、ございます。これです」と答えた。
見つかってよかったね! と私たちは言った。父は、幸せそうに笑った。弟が、彼女を愛おしそうに見つめた。
「ありがとうございました」もう一度、彼女が言った。
汚れた五千円札は、もちろん倉本聰先生の「北の国から」へのオマージュがあるのですが、自分としては、ここは、五千円札だろうという思いがありました。千円では少ないし、一万円では多すぎる。五千円札という微妙な金額が、音声ドラマ的にはピッタリだなと思ったのです。さらに樋口一葉を思い浮かべてくださる方がいたら、登場人物の女性のとまどいや優しさとシンクロするかなと思いました。
お金は、音声ドラマの名脇役。
そう思っています。
次回は放送作家の大井洋一さんへ、バトンタッチ!
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。