「依存症」には、陥ってしまった本人たちしかわからない苦しみがあります。今回お話をうかがった株式会社要(かなめ)代表取締役の田中恵次さんは、若い頃に競艇にのめり込んでギャンブル依存症になりながらも、そこから立ち直ってIT起業を立ち上げ、そして今も依存症と向き合い続けています。

田中恵次さん

株式会社要 代表取締役
田中恵次さん

1970年東京生まれ、早稲田大学卒業。システム開発会社勤務を経て、2010年7月に株式会社要を設立。20代で競艇にはまってギャンブル依存症になり、一時は数千万円の借金を抱えていたが、妻のサポートもあって立ち直り、現在は売上10億円のIT企業の経営者として活躍している。

インドネシアで「乙女ゲーム」も手がけた

この雑誌の表紙みたいなもの(上の写真左側)は何でしょうか?

田中 これは社内で毎月やっているミーティングのアジェンダを、雑誌の見出しみたいにしたらおもしろいのではないかと思って作ったものです。

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右にある男の子のキャラクターは、インドネシアでリリースしたスマホゲーム、いわゆる「乙女ゲーム」です。実はインドネシアでは日本のオタク文化が人気で、コスプレのクオリティもアジアの中では高いんですよ。それで、うちも乙女ゲームを展開してみようと思ってチャレンジしたんです。

ただ、インドネシアのスマホ事情は日本と違って、iPhoneは高くてシェアは数%程度で、Androidもバージョンが古い機種を使う人がほとんどで、こちらが意図するような動作をさせるのが難しいという課題がありました。回線状況も日本ほど良くありませんし。それでインドネシアの乙女ゲームは、これ一本でやめてしまいました。

IT企業として手広く事業をやっていると聞いていましたが、インドネシアの腐女子向けにゲームを作ってしまうというフットワークの軽さに驚きました。御社の今の主要な事業、得意分野は何でしょうか?

田中 メインは業務系のシステム開発です。中でも金融、生損保のシステム開発ですね。これが全業務の8割くらいです。ただその一方で、自分たちの独自の作品を世に出していきたい、ヒット商品を出したいといつも思っていて、そのためのチャレンジを続けています。

ギャンブル場の「しびれるような世界観」

会社を立ち上げる前には、競艇にはまりすぎて、たいへんな思いをしたとうかがいました。当時の話を詳しく聞かせてください。

田中 20歳ぐらいの頃からギャンブルに興味を持っていました。当時は競馬がはやっていて、オグリキャップ(※1)のブームがありました。でも、競馬場には若い女性もたくさんいて、なんだかミーハーな感じがしていました。

僕が好きなのは、ギャンブル場のしびれるような世界観でした。『麻雀放浪記』の阿佐田哲也(※2)が描く世界です。それが僕にとっては競艇でした。高校生の頃はボート部で、戸田公園(※3)の漕艇場でボートを漕いでいたのですが、その向こうの方に競艇場があって、モーター音が聞こえてくるわけです。生まれも東京の隅田川の近くで、水やボートには昔からなじみがありました。
それに競艇は6人しかいないし、ギャンブルとして「当たりやすい」ということもありました。当然、オッズはその分低くなるわけですが。

田中恵次さん

私も昔は競馬場に通っていたので、18頭もいると選ぶのが難しいし、不確実な要素が多いので、なかなか当たらなかったことを思い出しました。
競艇では、当てるためにどのような努力をしたのでしょうか。

田中 当てるための努力はかなりしました。結果的にはうまくいかず、ものすごい借金を抱えることになってしまったのですが……。

社会人になって初めて勤めたのがソフト会社で、しかも競艇場のシステムを作っているところでした。プログラムは未経験だったのですが、競艇に携わりながらプログラミングを覚えていくという、僕にとっては趣味と実益を兼ねた仕事でした。プライベートでも競艇の予想ソフトを自分で作ったり、その後は会社でも予想ソフトを提供したりと、10年くらい競艇と関わっていました。

その最後の方は競艇雑誌にデータの分析に関する記事を書いたり、競艇専門チャンネルに出演して、SG競走(※4)でデータ予想を披露したりもしていたので、競艇好きな人からはそれなりに知られた存在になっていました。

※1 オグリキャップ……1987年に岐阜県の笠松競馬場でデビューし、翌88年に中央競馬に移籍すると連勝を重ねて話題に。90年末の有馬記念を勝利で飾って引退するまで、同時期にデビューした武豊騎手とともに競馬ブームをけん引した名馬。

※2 阿佐田哲也……小説家。本名の「色川武大」名義で数々の文学作品を著す傍ら、「阿佐田哲也」として麻雀界でも活躍。賭け麻雀を題材にした自伝的小説『麻雀放浪記』が有名。1989年に60歳で永眠。

※3 戸田公園……埼玉県戸田市にある公園で、1964年の東京オリンピックでボート競技の会場となった。戸田競艇場も近い。

※4 SG競走……競艇のレースの中で最も格付けが高く、賞金が高いレース。2021年時点では、年間で9つのSG競走が開催されている。

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