2050年に温暖化ガスの排出を実質ゼロとする「カーボンニュートラル」の要請に伴い、自動車業界は大変革の岐路に立たされています。今回のテーマは、燃料電池自動車のカギを握り、究極のクリーンエネルギーとも呼ばれる「水素」。トヨタ自動車、ホンダの事業戦略とともに、部品供給などで注目される企業群を紹介していただきます。

  • 自動車業界は「百年に一度の大変革」と呼ばれるほどの技術革新の壁に直面している
  • 燃料電池のカギを握る水素は水しか出さない「究極のクリーンエネルギー」
  • 燃料電池自動車の部品点数はガソリン車以上。デンソーなどの部品メーカーに注目

パンデミック以降、苦境にあえぐ自動車メーカー

パンデミックからの1年、世界の自動車メーカーはどれほどの壁にぶち当たったことでしょう。

新型コロナウイルスの感染拡大による都市封鎖、サプライチェーンが寸断されての工場閉鎖、その後の生産再開でも半導体の調達不足によって減産を強いられ、2月には福島県沖地震によってルネサスエレクトロニクスの工場が被災したことでこれも減産に至りました。

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さらに米テキサス州の異常寒波によって大規模な停電が発生し、トヨタ工場の生産が止まり、そして現在、ルネサスエレクトロニクスの工場火災によってシステムLSI(大規模集積回路)の調達がむずかしくなってきました。

トランプ大統領が誕生した5年前、メキシコとの国境に壁が建設され国境が寸断されましたが、それが米中貿易対立にまで発展しました。民主党のバイデン政権に代わったことでわずかながらも緊張緩和を期待しましたが、3月末の米中外相会談で交わされた激しい言葉の応酬によって、それもはかない夢であることが明らかとなりました。

新型コロナウイルスの感染拡大は一向に収まりません。ワクチン接種が急がれていますが、そのスピードを上回る速度でコロナ変異種も拡散しています。確固たる未来の見通しが立てられず、この状況下で新年度を迎える企業経営者の胸中はいかばかりでしょう。

トヨタ自動車が下した2つの決断

その自動車業界は現在、「百年に一度の大変革」の大波と表現されるほどの技術革新の壁に直面していますが、トヨタ自動車がここに来て立て続けに大きな決断を下しています。

トラリピインタビュー

ひとつは、いすゞ自動車、日野自動車との3社でカーボンニュートラルやCASEに関する資本・業務提携を発表したことです。トヨタが80%、いすゞ、日野自が10%ずつ出資して新会社を設立してFCトラック、走行データ共有、物流の効率化で共調します。

※Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)の頭文字をとった造語

もうひとつ、燃料電池自動車(FCV)の基幹システムである「スタック」を中国での現地生産に踏み切ると発表しました。スタックは水素と酸素を反応させて電気を作り出す燃料電池の中核となる重要な部品です。その基幹システムをパートナーである清華大学と共同で北京五輪後の2023年から量産するという計画です。

燃料電池のカギを握る水素は「究極のクリーンエネルギー」

どちらも燃料電池(FC)が絡んできます。2050年には温暖化ガスの排出を実質ゼロとする「カーボンニュートラル」の要請が社会のあらゆるところに変革をもたらしています。燃料電池のカギを握るのが水素です。水素は燃焼しても水しか出さないことから、水素を燃料として用いるエネルギーシステムは「究極のクリーンエネルギー」と呼ばれます。

エネルギーは、エネルギー資源あるいは天然資源を一次エネルギーと呼び、それらを別の形態に変換して輸送や利用に適するように加工したものを二次エネルギーと呼びます。

一次エネルギーの代表格は石炭、原油、天然ガスであり、太陽光や風力も含まれます。それに対して二次エネルギーは、ガソリン、灯油、軽油、都市ガス、アルコール、水素、電力などが含まれます。

水素は二次エネルギーの中でも、比較的簡単なプロセスで製造することができる化学エネルギーです。

1963年から1972年にかけて実施された米国の宇宙探査「アポロ計画」では、NASAの技術者にとって水素は、宇宙空間では当然のように主要なエネルギー源であり続けました。打ち上げは液化水素が主燃料として用いられ、飛行中の燃料は水素(と酸素)、電力は水素燃料電池、飲料水はその副産物、というように、予算の制約をあまり考えなくて済むことからあらゆるエネルギーを水素に頼っていました。

日本でも1973年の第一次オイルショックの直後に企画立案された新エネルギー計画、「サンシャイン計画」では、石油にとって代わるクリーンエネルギーとして、太陽エネルギー、地熱エネルギー、合成天然ガスエネルギー、そして水素エネルギーの4つが中核とされていました。日本にとって水素エネルギーの活用はこの時が起源となっています。

エネルギーとしての水素の特徴は次の6つです。

  1. 原料が水であるために資源的制約がない
  2. 燃焼生成物は水のみでクリーンである
  3. 炭素サイクルのように自然の循環を乱さない
  4. 経済的、かつ効率的に輸送ができる
  5. エネルギー貯蔵の手段となる
  6. 熱源、動力源、燃料電池、化学原料など広汎な用途がある

水素社会の実現に向けたロードマップ

経済産業省は、水素社会の実現に向けて2013年に「水素・燃料電池戦略協議会」を立ち上げました。そこで産官学の有識者による水素エネルギーの利用に向けた検討を開始しています。2014年には水素社会の到来に向けたロードマップを策定し、2016年に改訂した後、2019年3月に新たな「水素・燃料電池戦略ロードマップ」をあらためて策定しました。

ロードマップでは、2025年までに達成すべき目標を数値で示しています。水素に関連する技術は、実用的なレベルまで技術的に練り上げられてから社会で本格的に実装されるまでに5年くらいの時間がかかります。そのために前もって将来の見通しを明示しておくことがとても重要で、そこで目指すべきターゲットを設定する意味もあってロードマップが必要となってくるのです。

そのロードマップには、2025年にFCVとハイブリッド車(HV)との価格差を、現在の300万円から70万円に引き下げることを目指しています。またFCVの主要システムのコストの引き下げとして、燃料電池を2万円/kW時から0.5万円/kW時に、水素貯蔵コストを70万円から30万円に、水素ステーションを構成する圧縮機を9000万円から5000万円に、蓄圧機を5000万円から1000万円に、それぞれ引き下げることを書きこんでいます。

さらに2020年代後半にはFCバスの車両価格を、現在の1億500万円から5250万円に引き下げ、全国で水素ステーションのネットワークを構築し、スタックの技術開発も加速させると明記しています。

水素を供給する上での目標としても、2020年代前半には褐炭ガスを使った水素製造コストを現在の数百円/Nm3(ノルマルリューベ:標準的な大気圧で気温0℃、乾燥下での気体の体積)から12円/Nm3に引き下げ、貯蔵・輸送に関しても液化水素タンクの規模を数千㎥(立法メートル)から5万㎥へ、水素液化効率を13.6kW時/kgから6kW時/kgへ。2030年には水電解装置のコストを20万円/kWから5万円/kWへ引き下げることを掲げています。

その上でロードマップでは、FCVに関して2025年までに20万台程度の普及を目指し、2030年までに80万台にまで普及させることを明記しています。

燃料電池自動車は「究極のエコカー」

FCVは走行時に排出するのは水だけ、二酸化炭素や大気汚染物質を排出しないことから「究極のエコカー」と呼ばれています。燃料電池を用いて発電した電気を使ってモーターを回し、駆動軸を回転させクルマを走行させます。

エアポンプで車外から空気を取り込んで、その空気を燃料電池に送り、空気中の酸素と水素の化学反応によって発電し電気を作ります。化学反応の際に水が生じますがこれは車外に排出します。燃料電池で作られた電池は、コントロールユニットで制御されて駆動モーターに供給されます。

FCVのメリットは次の6つです。

1、クリーンである
走行中にFCVから排出されるのは水(水蒸気)だけで二酸化炭素や窒素酸化物の排出はありません。

2、エネルギー効率が高く省エネである
化学反応から直接電気を取り出すため、発電効率が高まります。

3、多様な燃料、エネルギーが利用可能である
水素の製造には、天然ガス、エタノールなど石油以外の多様な燃料が利用でき、将来の石油枯渇問題にも対処できます。また風力、太陽光、バイオマスなどの再生可能エネルギーを利用して水素を製造することで、環境への負荷も軽減できます。

4、騒音が少ない
燃料電池は化学反応で発電するため、内燃機関の自動車と比較して騒音や振動が少なく静かです。車内が快適であるのはもちろん、都市全体の騒音対策にも効果があります。

5、短時間で燃料を充填できる
電気自動車の充電が長時間かかるのに対して、水素の充填は3分で済みます。1回の充填による走行距離も電気自動車より長く、ガソリン車とほとんど変わりません。

6、災害時には非常用電源として使える
電力を外部に供給できる機能を備えている車両であれば、災害時に車載の燃料電池で発電した電力を電源として利用することができます。

トヨタ自動車の量産型FCV「MIRAI(ミライ)」トヨタ自動車の量産型FCV「MIRAI(ミライ)」
Karolis Kavolelis / Shutterstock.com

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