世界にあって日本にないもの。数え上げればたくさんありますが、そのひとつが水道ビジネスのメジャー企業です。今回は、人々の生活に欠かせない水インフラの設備やシステムについて、株式アナリストの鈴木一之さんが解説します。
- ヴェオリアやスエズの強みは、水質や水道施設の遠隔管理システム
- 古来より「文明」と「水」は深い関係。水道の発展により文明が栄える
- 災害時でも機能する、強靭で柔軟性のある水道システムが求められる
水インフラビジネスで先行する2大メジャー
世界的に有名な水道ビジネスのメジャー企業としては、フランスのヴェオリアやスエズがよく知られています。水は人々の暮らしには欠かせません。生活には水インフラが絶対に必要です。
日本では水道周辺の部材を提供するメーカーはたくさんありますが、水道インフラそのものは自治体が中心となっており、事業として手がける企業は市場全体の1%未満と実に少ないのが実情です。
ヴェオリアとスエズの武器は、遠隔で検針できるスマートメーターやセンサーを使った水質および水道施設の遠隔管理システムです。日本はこの分野を人手に依存してきました。ご多分にもれず国内の水道インフラも老朽化が進んでおり、設備の更新時期を迎えています。今後はこの分野に照準を合わせて伸びる企業が現れることが期待されます。
安定的な水の確保が、文明の発展につながる
日本は水の豊富な国です。年間の降水量は1718ミリで世界の平均の2倍あります。雪解け水が清涼な川となって流れ、作物がよく育ちます。海の幸も豊富に採れます。
地球全体で見ると陸地には毎年、110兆立方メートルの雨が降り注いでいるそうです。これを地球の人口で割ると1人当たり毎日50トンの雨を受けていることになります。この数字だけを見れば十分な雨の量になりますが、しかしそれにもかかわらず、地上では毎日数千人の人が清潔な水がないために亡くなっています。ところによっては雨がまったく降らず、干ばつが起こりやすくなっています。
人々が暮らしてゆくには大量の水が必要です。作物を育てるにも水は必要です。作物を育てるのに必要な肥沃な土は川が養分を運んできました。大量の物資を運ぶのも川の流れは便利です。そのために人類は歴史が始まって以来、安定した水の確保に力を注いできました。
エジプト文明はナイル川の流域で成立しました。「エジプトはナイルの賜物である」という言葉はあまりに有名です。メソポタミア文明は紀元前3500年にチグリス川とユーフラテス川の沖積平野にできました。インダス文明も黄河文明も大河のほとりで栄えています。文明と水との間には深い関係があります。
都市が発生し人口が増えると、天然の水だけでは足りなくなります。疫病の発生を防ぎ、干ばつや洪水から自分たちの街を守るためにも、天候に左右されない水を得る必要があります。そのために人類は「水道」という文明の利器を発明したのです。
江戸の暮らしを支えた6つの上水道
東京に最初に水道ができたのは1590年(天正18年)とされています。徳川家康が家来の大久保藤五郎に命じて「小石川上水」を作らせたものが最初です。江戸幕府が開かれる13年も前になります。
小石川上水は江戸における最初の水道となり、その後の江戸の発展とともに「神田上水」となりました。江戸には神田上水のほかにも、玉川上水、亀有上水、青山上水、三田上水、千川上水、の6つの上水道があったとされています。このうち玉川上水は、羽村から四谷大木戸まで水路を掘り、そこからは地中に作られた樋(とい)を自然に流れて江戸市内に配水されていました。
1787年(天明7年)に江戸の人口は200万人に達したそうですが、そのうち120万人が水道を利用していたと言われています。当時、世界の大都市の人口はロンドンが87万人、パリは67万人だったそうです。当時の江戸は人口も水道の設備も世界一の水準だったと言えそうです。
日本で最も古い水道施設は、16世紀半ばに北条氏康氏(1515~1571年)が小田原を支配したときに、小田原城下の早川から飲料用の水を引いた「小田原早川上水」とされています。早川上水は1936年に小田原に近代的な水道施設ができるまで、400年間も飲料水として利用されていたそうです。
水道システムを構成する9つの設備
現在の日本の水道システムは、水源としてダムと河川が7割を占めています。ダムが4割、河川が3割、深井戸が14%、浅井戸が7%です。水源から採った水の流れは、一番原初の水資源から家庭の水道まで、以下のような順を追って私たちの暮らしに注がれています。
(1)水資源:森林です。降り注いだ雨を蓄えて長期にわたって一定量を流出しています。日本の森林面積は全国で2500万ヘクタールにおよび、森林率(国土に占める森林の面積の割合)は67%に達します。これは世界でもトップクラスに入ります。
森林には水質浄化機能、土砂流出防止機能があるとされています。ただし最近の相次ぐ自然災害は、その土砂流出機能がうまく働かなくなっているほどの脅威となっています。
(2)ダム:季節によって変動する降水量や水の需要に応じて河川の流量を調整しています。
(3)取水堰(せき):原水を取り入れるために、河川を横切って設けられる施設です。河川水をかさ上げして計画水位を確保することで、安定した取水を可能としています。これによって取水量を総合的に管理します。
(4)取水塔:河川やダムなどの水源から大規模に取水する際に採用されます。取水口が上下に複数あるので、水位が変動しても安定した取水ができるように工夫されています。
(5)導水路:取り込んだ河川水を浄水場まで導く設備です。
(6)浄水場:河川から取り込んだ水を、水道法で規定された水質基準に適するように処理する設備です。通常は沈殿、ろ過、消毒の3つの処理を行います。後ほど詳しく見てゆきます。
(7)送水管:浄水場で飲料できるまでに浄化された水を給水所まで送る管です。
(8)給水所:浄水場から送られてきた水を溜めておき、各家庭や施設に水を配給する施設です。時間によって変動する水道使用量を調整します。
(9)配水管:給水所から家庭など給水区域に水を配る配管です。通常は本管と支管に分かれており、私たちの家庭には支管が水を供給しています。
以上がハード面での水道システムの構成です。これほどの設備が必要とされるのは、ひとえに水道水の品質を清潔・安全に保つ公衆衛生上の要請からです。
水道の水質基準は、「水道法第4条」に基づいて制定される厚生労働省令によって厳密に定められています。人の健康に影響を及ぼすおそれのある項目(重金属、化学物質)、および生活利用上で障害の生ずるおそれのある項目(色、にごり、におい)の許容レベルが厳しく定められています。
たとえば「水銀その他の化合物」であれば、水1リットルに対して0.0005mg以下と規定されています。家庭のバスタブ1杯分の水量は200リットルくらいですから、1グラムの水銀はバスタブ12,000杯分の水に溶かした量よりも少なくなるよう求められています。
浄水場を構成する11の設備
このような清潔・安全な水を造り出す水道システムの中でも、最も重要な設備が上記(6)浄水場です。浄水場の構成は次のようになっています。この順序で原水が流れてゆきます。
(あ)取水塔:河川やダムから原水を浄水場に取り入れます。
(い)沈砂池(ちんさち):原水の流れを穏やかにして大きな砂や土を沈めます。池の底の傾斜を緩やかにしてゆっくりと水が流れるようにして砂・土を沈めます。ここでは池の形状が非常に重要です。取水ポンプが痛まないようにする役目もあります。
(う)取水ポンプ:着水井(ちゃくすいせい)に水をくみ上げます。
(え)着水井:取り入れた原水の流れをいったん落ち着かせ、水位を一定にして水量を調整します。水深は3~5メートルくらいで、複数の原水をここで混合する場合もあります。
(お)凝集剤注入:ポリ塩化アルミニウムやpH調整剤(塩酸、水道用石灰など)を投入して細かい砂や土を沈めます。原水に含まれる「にごり成分」もここでできるだけ除去します。
(か)フロック形成池:フロック(凝集剤が取り込んだ砂や土)がさらに大きな塊に成長するようにゆっくり攪拌するための池です。
(き)沈殿池:大きく成長したフロックを沈めます。このあとのろ過池にかかる負担を軽減します。
(く)塩素注入:アンモニア態の窒素や鉄を除去するために塩素を注入します。
(け)ろ過池:沈殿池で除去できなかった微細なフロックを砂や砂利でろ過します。緩速ろ過池と急速ろ過池との2種類があります。
緩速ろ過は、砂や微生物を用いて数か月~半年程度をかけてゆっくりろ過します。一方、急速ろ過は薬品を用いて1日程度でろ過します。日本は戦前まで長らく緩速ろ過を行っていましたが、現在では大半が急速ろ過に替わっています。
(こ)塩素注入:水道法の規定によって塩素による消毒が行われます。塩素はごく短時間で細菌を消滅でき、安価で消毒効果が長く残留することが長所とされています。短所としては、塩素臭が残りトリハロメタンが副生され、設備を腐食することが挙げられます。
戦後になってアメリカの指導によって急速ろ過池が主流になったことから、水道水には常時塩素を注入することになりました。今では家庭や施設の蛇口における残留塩素が1リットルあたり0.1mg以上、必要とされています。
トリハロメタンの濃度が高くなった時は、応急措置として粉末活性炭が投入されることがあります。
(さ)送水ポンプ:こうして浄水場で浄化された水は、送水ポンプによって配水池から送水管を通って給水所に送り出されます。そこから家庭や施設に配水されてゆくのです。
水道システム全体の強度を高めることが重要
浄水場は計画1日最大給水量を基準に配水しているため、毎時一定量の上水が配水池に送水されています。そのために、夜間など使用する水量が減少する時間帯は、時間排水量を上回る送水量は配水池に蓄えられます。反対に使用水量が増加する昼間は、送水量を上回る排水量を配水池から流出させて、需要と供給のバランスを保っているのです。
配水管(水道管)の種類としては、ダクタイル鋳鉄管、鋼管、硬質プラスチック管、軟質プラスチック管などがあります。それぞれの管に特色があり、使用する場所が異なります。
ダクタイル鋳鉄管は鉄と炭素の混合物で、錆びに強く非常に丈夫です。鋼管はステンレス製の場合、耐食性と強度が非常に大きいです。硬質プラスチック管はポリ塩化ビニル製で耐食性、耐電性に優れます。軟質プラスチック管はポリエチレン、ポリブデン製で耐食性、耐熱性に優れています。
このように水道システムは、貯水・取水・導水・送水・配水・給水施設など、一連の完成したシステムとして機能しています。どれかひとつが欠けても安全が保たれた水道の役割は果たせなくなります。
また巨大地震や集中豪雨をはじめとして、大規模な自然災害が頻発するようになりました。水道システム全体の強度を高めるためにも、災害に対して一定の給水機能が保たれるように、ライフラインの強靭性と柔軟性がかつてなく重要になっています。水道システムにあらためて意識を向けておきたいと思います。
水道管の日本鋳鉄管(55612)、水道設備のメタウォーター(9551)、水道コンサルティングのオリジナル設計(4642)、水道衛生工事のダイダン(1980)、水道事業者向けシステムの両毛システムズ(9691)に注目しています。