「損失の連鎖」というリスク

寺本名保美
寺本名保美
トータルアセットデザイン
代表取締役

昨年12月に第一報が流れてから3カ月。新型コロナウイルス問題は経済・金融・社会、全体に大きな混乱を招くことになりました。
問題発覚当初は、むしろこのことにより金融緩和が進み株式市場にはプラスであるというような、今思えば超が付くほどの楽観論が大勢で、米国やドイツの株式市場が市場最高値を更新するような場面もありました。

結局感染がアジア地域に収まることなく、イタリアに大きな被害を出した頃から市場の風向きが変わり始め、米国のカリフォルニア州に緊急事態宣言がでると、市場は世界的な感染拡大(=パンデミック)を急速に織り込みにいきました。
また間の悪いことに、ロシアがOPEC(石油輸出国機構)との原油減産合意からの離脱を宣言し、それを受けたサウジアラビアが原油増産を宣言したことで原油先物価格が20ドル台まで急落したことも、市場センチメントを大きく悪化させています。

原因が新型感染症という、まさに未知のモノであることから、今後の展開を軽々に論じることは適当ではないと考えています。
しかし、この2年ほど世界の機関投資家の投資行動を慎重にさせてきた原因の一つである米国株式市場のバリエーション(割高さ)についてはほぼ完全に修正されました。
時期の早晩はあれ、感染拡大の峠や特効薬の開発への道筋が見えてくれば、株式市場の反発力には比較的大きなものが期待できるかもしれません。

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ただし、このリバウンドシナリオには注意点もあります。それは「損失の連鎖」による別のリスクシナリオが発生する可能性についてです。
損失の連鎖とは、一つの市場の大きな損失が、本来無関係な市場の損失を招き、その損失が次の損失とつながっていくことです。
場合によっては当初は想定していなかったような大規模な危機シナリオに発展する可能性もあります。
足元の金融市場から想定される損失の連鎖を検証することで、将来の潜在リスクを考えるきっかけにしたいと思います。

第一の連鎖「合わせ切り」

大きく損失が出た市場があると、投資家はその損を埋めるために利益が出ている資産を同時に売却しようとする傾向があります。これを「損と益の合わせ切り」と言います。
合わせ切りが大量に発生することで、本来は価格が上昇するはずの資産までが需給要因で下落に転じることもあります。

典型的な事例が今回のコロナショック後での株式急落時に日本やフランスの国債価格が急落したことが挙げられます。
景気後退懸念やリスクオフにより株価が急落する際、一般的に債券利回りは低下し債券価格は上昇するものなのですが、今回、日本とフランスの長期金利は株価急落前の水準を超えた上昇(価格下落)となっています。

日本とフランスの長期国債に共通することは、いずれもこの一年、世界の機関投資家から大量に買い越されてきたという点があります。
米国国債は欧州から見ても日本から見てもドル調達コストが高すぎて投資魅力が乏しかったことから、債券投資家の多くは調達コスト対比の利回りが高い日本やフランスの国債に資金を振り向けてきました。
株式で出た損失を債券の売却益で相殺しようとする動きが機関投資家の中で加速した結果、債券市場に予想外の損失が発生することになったのです。

日本の株式市場と金利

ランスの株式市場と金利

第二の連鎖「ストップロス」

投資ファンドや金融機関の自己投資などにおいては、ファンドマネージャーに年間の許容損失金額が設定されているケースがあります。

複数資産に投資をしているファンドにおいても特定銘柄や特定資産の損失により、ファンド全体の損失が事前に定めた範囲を超えるとファンドの保有資産全てを現金化しなければいけないルールとなっていることもあります。

このような現金化の局面においては、利益が出ている、出ていない、割高割安を問わず、売却の対象となるため、資産横断的な下落が起きることになります。

第三の連鎖「ボラティリティコントロールによる売却」

最近、「ボラティリティコントロール」とか「リスクパリティ」と称するポートフォリオ戦略が多くみられるようになりました。
これは複数資産に投資するポートフォリオ運用において、資産の組み合わせを収益の振れ幅(ボラティリティ)を基準にして決定するというタイプのものです。

ポートフォリオ全体でのボラティリティになんらかの制約を入れる戦略であるため、組入資産の価格が大きく変動しボラティリティが上昇するとポートフォリオで変動性の高くなった資産を売却しより変動性の低い資産を購入する、といった配分変更が起きます。
また金融資産全体のボラティリティが上がれば、資産全体を満遍なく売却し現金比率を増やす場合もあります。

ボラティリティコントロールは本来ファンドの損失を抑制するために考案されたリスク管理手法なのですが、投資家が一斉に同じ方向でリスク回避をすることによって、最近ではむしろ損失を拡大させる要因になっているという声も聞こえます。

第四の連鎖「デリバティブポジションの担保割れ」

わかりやすくいうなら「追証」です。
先物やスワップなどのデリバティブ取引においては、証拠金を積むことで、実際にある現金以上の持ち高を持つことが可能となります。
その代わりにデリバティブポジションでの評価損が膨らめば追加の証拠金を入れなければなりません。

また、証拠金を株式など金融商品の現物で差し入れている場合には、担保としている金融資産の資産価値が下落すれば追加の担保か現金を入れる必要があります。
証拠金を追加するための現金が十分にない場合には保有資産を売却して現金を調達するか、デリバティブポジションを清算しなければならないのです。

さらに、デリバティブポジションの証拠金の計算根拠は市場の変動幅によって変化します。
市場のボラティリティが拡大するだけで必要証拠金は上昇しますし、機関投資家同士の直接取引においては、相手の信用力によっても証拠金率は変化します。
市場の混乱が続くことで証拠金を調達するための資産売却が起きやすくなることには注意が必要です。

第五の連鎖「ファンドの清算」

上記のような損失の連鎖が重なることで、ヘッジファンドなどの投資収益が大きく毀損を始めると、ファンドには投資家からの解約要請が集中するようになります。
投資家からの解約に応じるためにファンドは保有資産を一律に売却せざるを得ず、解約申し込みが多くなれば最終的にはファンドを清算しなければならなくなります。

さらに大きなファンドの清算が起きれば市場に短期的な大きな売り注文が発生することになり、その需給が他のファンドの収益を毀損させる悪循環が発生するリスクが出てきます。
ここまでくると、市場はファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)やバリエーション(資産の割安度)などは完全に関係のない「換金相場」となり、市場水準は「オーバーシュート」しながら下落することになります。

損失の連鎖はある程度時間差をもって進行していきます。
3月16日現在の金融市場が、上記の連鎖のどこまでを織り込んでいるのかについて、明確な回答はありませんが、初期の損失の連鎖からやや中盤までをスピードを伴って織り込んできたように見えます。

ここから先の反発局面においては早計に安心することなく、その裏に隠れている損失の連鎖が起きていないかどうかを慎重に確認しながら、ゆっくりと買い場を探していくことが肝要だと考えています。

第21回 パンデミックと経済

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