物理の学問において、世界的に高名な中村純氏。その実力は1997年に、「ハイパフォーマンス・コンピューティング」の領域で著名な賞、「ゴードン・ベル賞」を受賞したほどだ。定年後の現在でも、物理学者として研究のため世界中を放浪する日々だが……。実は“物理学者”という肩書は中村氏の表の顔でしかない。世界的に著名な物理学者の隠された裏の顔に迫る。

中村純(なかむら・あつし)
広島大学 情報メディア教育研究センター 名誉教授
大阪大学 核物理研究センター 協同研究員
一般社団法人 日本パンフルート協会 会長

物質の最小素粒子「クォーク」を探して

ペリー 本日はお忙しい中、貴重な時間を割いていただき本当にありがとうございます! 中村さんは実はつい数日前まで研究のため海外へ長期の出張中だったそうです。そして、今回の帰国後またすぐ海外へ旅立たれるとか……。超過密スケジュールの中、駆け出しメディア「MonJa」のために取材を受けてくださり、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。

アクサ・インベストメント・マネージャーズ 未来の世界を見据えて、持続的な成長が期待される企業に厳選投資

中村さん いえいえ。こちらこそ、うちの娘(仮称:K)がいつもお世話になっております。ペリーさんとKは、確か高校の同級生でしたっけ?

ペリー はい。高校のときからずっと仲良くさせていただいています。大学生、社会人の時期を通して、もう10年くらいの付き合いですね。今回のインタビューは、中村さんのご息女である“Kちゃん”の伝手を通して実現したという背景があります。

中村さん 娘のKからは、今回の取材のことはよく聞いていますよ。私の想いは、「愛するパンフルートを日本の皆さんに少しでも普及したい」という願いに尽きます。僕はパンフルートのこととなると話が止まらなくなっちゃうので、いつでもストップをかけてくださって構いませんからね。

ペリー 止めるなんてとんでもないです! 今日は、物理学者としてではなく、パンフルートのお話をお伺いしに来たんですから。ノンストップでパンフルートへの思いの丈をぶちまけちゃってください!

中村さん それは楽しみです。まず何から話しましょうかねぇ……。えーと。えーと。

ペリー 大変恐縮なんですが、まずは中村さんの本業である物理について少しお伺したいと思っております。本日のメインはもちろんパンフルートなんですが、まずは中村さんのパーソナリティーを掘り下げるためにも、序論として「何を専門に研究されていらっしゃるか」をぜひお伺いしたいものです!
とはいえ、私はバリバリの私大文系人間でして、恥ずかしながら物理はまったく縁遠い存在です……。ざっくりと、と言いますか……。とにかくお手柔らかにお願い申し上げます(笑)

中村さん ざっくりと、ですか(笑)はい。大丈夫ですよ。初心者向けにお話しますから。
私の研究テーマは、「モノが何からできているか」というものです。素粒子、原子核は聞いたことはありますよね?
世の中の物質は、分子からできています。そして、分子は原子からできています。さらにその原子は、原子核と電子からできていて、その原子核は陽子と中性子からできていて……。

ペリー なんだか急に頭が痛くなってきたような……。

中村さん そうなると、「陽子と中性子は何からできているのか?」と疑問に思いますよね? 物質を構成する一番小さい要素は何なのか、これを私は研究しているんです。

ペリー ああ!なるほど。分子などは高校の授業でも習いましたが、それよりもさらに小さい、最小単位の構成要素が存在するということなんですね。

中村さん ええ、そうです。分子なんて巨大なビルディングのようなものですよ、僕からしたら(笑)

ペリー その感覚は物理学者ならではだと思います(笑)

中村さん いまは分子のことはさておき……。
物質を構成する一番小さな要素は、「クォーク」というものからできていると一般的に考えられています。「クォーク」というのは非常に不思議な粒子でしてね。

ペリー 「クォーク」……。初めて聞きました。

中村さん 物質は「クォーク」からできているという説はまず間違いないと、学者たちの間で言われているんです。なぜかというと、「クォーク」が存在すれば世の中の色んな現象が、理論的にきれいにスッキリと説明できちゃうわけなんですね。そんな「クォーク」ですが、その実物が今まで一度も発見されていません。そこが「クォーク」の不思議なところなんですよ。

意気揚々と「クォーク」について語る中村さん。笑顔が絶えない穏やかな人柄がうかがえます

ペリー え? 見つかっていないんですか!? ということは、中村さんは、「クォーク」を発見するために、日々研究をされているのでしょうか?

中村さん まあ、それもあるんですが……。というよりも、「『クォーク』がどのような形を成して、色んな粒子を構成しているのか」というテーマが私の研究といえますね。または、「そもそもどうして『クォーク』は見つからないのか」など、幅広く調査中です。

ペリー 「クォーク」って、謎が多すぎませんか? 見つかっていないのに、「クォーク」は存在するという前提で話が進んでいますが……。

中村さん まあ、絶対的に存在するとは言えません。ですが、研究者たちの99%くらいは「クォーク」の存在を支持しています。この領域は、どんな天才でも解けない難問だと言われているんです。だから、僕たち研究者は、計算機というものを使って研究しているんです。
「クォーク」は1960年代ごろにその存在が提唱されましたが、今に至るまでずっとその実態は不明なんです。

ペリー 謎…。謎ですね。どんな形をしているのか、そもそも存在しているかも分からない。そんなカオスな存在を探し求めるなんて、まさに手探り状態じゃないでしょうか。物理の難しさだけでなく、その奥深さやロマンも感じられます。

中村さん 「クォーク」は、机にも空気中にも、そして私たちの体内にも存在します。気が遠くなるくらい拡大していけば、必ず「クォーク」に行き当たるんですよ。

ペリー 物理は私たちに関係のない、縁遠いものなんかじゃないんですね。例えば、私のようなバリバリの文系人間ですと、「物理」と聞いただけで逃げ出したくなります。ですが、物理学者の皆さんが研究されていることって、私たちが生活するにあたって、当たり前に享受していることが多いんでしょうね。
「クォーク」だって、私も中村さんも、この記事を読んでくださっている皆さんも持ってます。

中村さん ええ。人間にも空気にも机にもパンフルートにもあります(笑)
話は変わって、これは「物理学者あるある」なんですが、物理学者は何となく数学者に引け目を感じています。ヒエラルキーと言うか、ちょっとした嫉妬なんでしょうね。

ペリー そんな派閥的なものがあったんですか?

中村さん 物理学者は、まずモノが存在して、それを対象に研究します。モノありきなんですよ。モノがないと成り立たない学問です。
しかし数学は、抽象的で数字上で完結する学問です。ちょっと、高尚な感じがしませんか? 物理は少し俗世間よりなんですよ。

ペリー なるほど。私から見ると、どちらも雲の上の存在ですが、学者の間でそんな感情が渦巻いているんですね。
文系的なたとえで恐縮ですが、たとえば、舞台と映画、2つの業界があるとして、舞台俳優はバリバリの実力はあるものの、実は映画俳優や業界の華やかさに引け目を感じている、みたいな心境でしょうか? すみません。変なたとえでしたね……。

中村さん いえいえ。言いたいことは、しっかりとわかりましたよ。そんな感じです(笑)

モテないのに女好きな「パンの神様」。神話が語源の楽器「パンフルート」

ペリー さて、冒頭から「パンフルート」「パンフルート」と、皆さんがあたかも知っていて当たり前のように連呼してきた「パンフルート」ですが……。
「パンフルート」とは、とあるヨーロッパの楽器のことです。
日本では普通の楽器屋さんには、まず置いていませんし、日本のパンフルート奏者は約50人だとか。かなりマイナーともいえる存在でしょう。
さて、これからは、そんな「パンフルート」の歴史を見ていきます。
中村さん、「パンフルート」はいつ頃に誕生したのでしょうか?

中村さん 人類の歴史と同じぐらいだろうと言われています。例えば、バイオリンなんて、誕生したのはせいぜい400~500年前です。フルートはモーツァルトの時代に誕生したので、300年にも満たないぐらいでしょう。
「パンフルート」は……。そうですね、わかっている限りでは、誕生したのは2000~3000年前といえるでしょう。

ペリー 本当に人類の歴史レベルじゃないですか!

中村さん 「パンフルート」はギリシャ神話に出てくるんですよ。ギリシャ神話というと紀元前でしょう? 

ペリー あのメジャーなピアノやバイオリン、フルートたちよりも、はるか昔に存在していたなんて……。もっと「パンフルート」も彼らぐらい有名になってもいいはずです!「パンフルート」が出てくるギリシャ神話とは、一体どのようなものなんでしょうか?

中村さん ギリシャ神話の中で、「パンの神様」という神様が「パンフルート」を吹いているんです。これが、「パンフルート」の初登場ですね。
語源もここから来ています。「『パンの神様』が吹いた『フルート』」ということで、「パンフルート」と名付けられました。

「パンフルート」を上から見たイメージ。筒状の竹が何本も隣り合って並んでいる

ペリー そのままですね(笑)パンの神様は、どんな神様なんでしょうか?

中村さん 見た目としては、上半身が人間、下半身が山羊となっています。

ペリー うわっ、想像しにくい……。いわゆるケンタウロスと似た属性ということでしょうかね?

中村さん 彼は非常に困った神様でしてね……(笑)
女性を見ればすぐに追いかけ回すという……。かなり女性好きな神様なんですよ。
関係ないかもしれませんが、僕のヨーロッパのパンフルート仲間も、非常に女性好きなんです(笑)パンの神様みたく、女性を見ればすぐに追いかけていきますね。そして、皆さんもれなく離婚されています(笑)もちろん僕は違いますよ!

ペリー 何かの宿命みたいですね(笑)「パンの神様」のこと、もっと知りたくなってきました。

中村さん 「パンの神様」は「ニンフ」という美人の妖精を追いかけまわしていました。まあ、普通は嫌がりますよね。彼女たちは「パンの神様」から必死に逃げるんです。
「ニンフ」が逃げた先に、優しい「川の神様」がいまして、彼女たちをかくまってあげるわけです。

ペリー ハラハラな展開ですね。それで、彼女たちは無事でした?

中村さん 「川の神様」は、彼女たちを植物の葦に変身させます。なんせ神様だから何でもできちゃうんですよ(笑)
そして、「パンの神様」が彼女たちの隠れ場所を見つけ出したとき、「川の神様」は、「ここにはいないよ」と平然と言ってのけるわけです。

ペリー 葦に変身していますからね。目の前にいるのに、当然「パンの神様」は気づかないわけです。

中村さん 探しても探しても見つかりません。そうして、絶望した「パンの神様」は、地面に生えていた葦を摘んで、泣きながらそれを吹きましたとさ……。

ペリー 神話っぽい……。

中村さん でもね、僕はこの話、おかしいと思うんですよ! だって、彼女たちは一体どうなっちゃったんですか?

ペリー 確かにそうですね。「川の神様」も助け方が中途半端ですよ! 結局、葦は摘まれて、「パンの神様」に吹かれちゃってるわけですから。
一つ確認しておきたいんですが……。「パンの神様」って、モテないんですか?

中村さん ええ。モテない、モテない。めちゃくちゃモテませんよ。

ペリー モテないくせに、追い回していたんですね。 どこからそんな度胸が湧いてくるんでしょう? 迷惑以外の何物でもないですね……。
現代なら警察案件ですよ!

中村さん でしょう? だから本当に迷惑な神様なんですよ、「パンの神様」は。
ちなみに、いまの「パンフルート」は葦でできているものもありますが、それだと少し強度が足りません。柔らかすぎちゃって。ですので、最近の「パンフルート」のほとんどは、竹でできています。
後で詳しくお話しますが、私の尊敬するパンフルートの師「ムルク先生」の元では、世界中の竹を集めて「パンフルート」を作っているんです。その結果、東南アジアの竹が一番きれいな音が出ることがわかっています。

素材は竹。最高級の「パンフルート」の作り方

ペリー パンフルートってどうやって作るんでしょうか?

中村さん 色々やり方はありますが、「ムルク先生」のところで作っている「パンフルート」は最高級のものです。ここでは、まず竹を10年間乾かします。
すごく時間がかかるでしょう? 僕は日本の竹を「ムルク先生」の元へ送って、作ってもらっているんですが、まだ乾かし中なんです(笑)

ペリー 一つ作るだけで大変ですね! じゃあ価格はお高くついちゃうんじゃないんですか?

中村さん 僕が持っている最高級の「パンフルート」はですね……。手前味噌ですが(笑)まあ、大体20~30万円ですね。

中村さんご自慢の「パンフルート」。気持ちよさそうに吹かれています

ペリー (拍手をしながら)お~!

中村さん いや、待ってください! でも、バイオリンやフルートだって、いいものだと100万円はくだらないですよ。それに比べたら安いですよ。最高級のものが、20~30万円で手に入るんですよ?

ペリー そう言われてみるとそうですね。何だか安く感じてきました。

中村さん でしょう? でも、みんな「え? 竹が20万円もするの?」って言うんですよ……。

意外にも、韓国で盛んな「パンフルート」。安価で手に入れるチャンス!

中村さん 実は、韓国には専用の「パンフルート」ブランドがあるんですよ。日本ではまだ盛り上がっていませんが、意外にもお隣の韓国では「パンフルート」が盛んなんです。

ペリー へえ!そうなんですね。それはなぜでしょうか?

中村さん 後で詳しく話しますが、「ゲオルゲ・ザンフィル」というルーマニアのパンフルート演奏家がいまして、彼は韓国に渡ったことがあるんですよ。
彼はパンフルート界の天才なんです! 私が師と崇める「ムルク先生」とは、また別のベクトルで尊敬している存在です。
実は、私が「パンフルート」に目覚めたのは、ザンフィルのCDを聞いたからなんです。彼の演奏で、私の心はわし掴みにされました。また後ほど、詳しくお話しますね。

ペリー 伏線が多いですね(笑)続きが気になっちゃいます。えっと、話を戻しますと……。「パンフルート」の天才演奏家のザンフィルが韓国に渡り、それで韓国で普及したということなんですよね?

中村さん そうですね。そのときに周りにいた韓国人の方々が普及に勤しんだというわけです。実はザンフィルは日本にも渡っているんですよ。だから、僕はよく周りから責められるんです(笑)同じ条件なのに、どうして日本だけ普及しなかったのかって。もう、僕の責任ですね……。

ペリー 事情はよく知らないですけど……きっとそんなことはないです!

中村さん 韓国には専門のメーカーもあります。安価な「パンフルート」はほとんどが韓国製ですよ。大体2~3万円で購入できます。

ペリー このお値段なら、初心者でも普通に手が出せちゃいますね。良心的です。

中村さん そうなんです。ですから、僕は初心者が始めやすいように、この安い「パンフルート」の斡旋をする仕組みを整えようと思っているんです。
あ、ちなみに僕は、「日本パンフルート協会」の会長をしている者です。

ペリー 急に自己紹介が入りました(笑)確かに、いきなり20万円の楽器には手を出せませんよね。果たして続けていけるか分からないさなかで……。

中村さん 直接「ムルク先生」のスイスの工房や韓国の工房と連絡を取っていただいてもいいんですが、知らない外国の業者とのやり取りは普通怖いですよね。だから、僕ら協会が仲介して、楽器購入の手助けをしてあげたいんです。まず楽器がないとどうしようもないですしね。入口を少しでも広げてあげるのが、パンフルート普及への一歩だと、僕は信じています。
まあ、韓国製のものだとインターネットでも買えるんですが(笑)

ペリー 「パンフルート」を始めたいと思っている方にとっては心強いですね。
ヤマハとか島村楽器で、「パンフルート」は見たことないですし……。

中村さん 日本でも「パンフルート」を扱っている輸入楽器屋さんはあるんですけどね。残念ながらメジャーではありません……。
協会宛てに、よくこんなメールが来ます。「パンフルートを始めてみたいのですが、近所の楽器屋さんに行ってみたら、『何ですか?その楽器は』と言われました」と。

ペリー これは、もうここで心折れちゃっても仕方ないですね。なんだかこのシーンを想像しただけで、自分に置き換えただけで恥ずかしいです!

中村さん やっぱり自分で楽器を探すのは無理があるんですよ!

中村さん、お気に入りの「パンフルート」を落としてしまう

ペリー ちなみに、中村さんはどのくらいの数の「パンフルート」をお持ちなんでしょうか?

中村さん 今日は色々持ってこようと思っていたんですけどね。荷物が多くなりすぎてしまって……。しかも電車はちょうどラッシュアワーで。

ペリー すみません。重い「パンフルート」を抱えて、わざわざご足労いただきまして……。

中村さん うーん、何本だったかなぁ。10本以上は持ってることは間違いないでしょうね。まあ、たくさん持っていても意味がないですけどね。
韓国やヨーロッパなどに行ったときは、気に入ったものがあればついつい買っちゃいます。

やっぱり笑顔が素敵な中村さん

ペリー 一番お気に入りのパンフルートってありますか?
アイドルには推しがつきものですが、きっと「パンフルート」にも推しがいるはずです。

中村さん もちろんありますよ。全部スイスで手作りですし、しかも、原材料の竹は10年乾かしてあります。最高級の「パンフルート」と自負しています!
なんですが……。実は、この前ロシアに行ったとき、落としてしまいましてね。

ペリー え? 20万円が……。

中村さん ロシアの地面って硬いんですよ、日本よりも。だから、竹が1本割れてしまいました。いま、修理中ですよ。
もう怖いから、ロシアに持っていくのはやめます。

ペリー ロシアの土って硬いんですか?

中村さん いや、土に限らず、コンクリートも日本よりも硬いような気がします(笑)落とした瞬間、パリーンといきましかたらね……。

ペリー これから「パンフルート」を始める方はよく覚えておきましょう! ロシアに「パンフルート」を持っていくのは避けたほうがいいそうです(笑)

(次回は、パンフルートと一人の物理学者~数奇な運命の出会い~【第2回】です。中村さんとパンフルートの運命的な出会い、そして尊敬してやまない「ムルク先生」との絆に密着します。)

メルマガ会員募集中

ESG特集