テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 
連載第61回は、テレビディレクターひと筋35年、日本放送作家協会中部支部長の柳瀬元志さんです。

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月収9万円からのスタート

柳瀬元志さんの写真
柳瀬元志
放送作家
日本放送作家協会 中部支部長

中部渋.雄(以下、中部)「皆さんこんにちは。私は本日インタビュアーを務めます、中部渋.雄(なかべしぶ.お)です。よろしくお願いいたします。

さて今回のゲスト、手元の資料によると “名古屋で35年、テレビだけを生業としてきたディレクター”と書かれています。決してマーケットが大きいといえない名古屋で、どのように業界を渡ってきたのか、もしかして、たいへんなマネーの達人なんでしょうか。今回のリレーエッセイのテーマにたいへん相応しい方のようです。
では、お入りいただきましょう。

中部支部の柳瀬元志さんです。

柳瀬元志(以下、柳瀬) 「よろしくお願いします」

中部 「よろしくお願いします。(35年もテレビだけで食ってきたというからには、さぞかし……)さて早速今回のテーマ、柳瀬さんはズバリ、マネーの達人! or Not達人?どちらでしょうか!?」

柳瀬 「わたしは……………………………………………………………………Not達人です!

中部 「(そこまで引っ張って⤵Notですか!)大変相応しいと伺っていたのですが……」

柳瀬 「私がマネーの達人でバンバン稼いでいたら、こうしてお話しすることはなかったでしょうね。そんな才能があったら、違う業界で生きています。
とにかく、お金とは縁のないディレクター人生を送ってきました。まず今から35年前、26歳で制作会社にADとして採用されました。そのとき手取りで9万円。先輩からは“仕事もできないのに、9万も貰うんじゃねえよ”と言われましたが、まぁ確かにできませんでした。
その会社では、30歳になっても年収150万円ほどだったので。世の中バブル景気の真っただ中でしたが、無縁でしたね」

中部 「(は、話が膨らまないうえに、全く相応しくないじゃん)5年程してフリーになったそうですが、フリーならやればやるだけ稼げそうですけど……」

柳瀬年収は2倍程になったけど、それでも250万です。経費を引くと制作会社時代と変わらなかったですね。当時、名古屋のテレビ局の自社制作率は、高くて20%ほど。完パケ発注の番組一本に、40本の企画が持ち込まれるなんて状況でした。その中でOAを勝ち取るのは、なかなか難儀です」

中部 「(確かに。でも何か達人らしい極意があるはず)テレビ以外の仕事はほとんどやってこなかったんですよね。厳しい環境の中、どうして35年も続けることができたのですか?」

ここでしばし沈思黙考の柳瀬さん。
口を開いて出てきたのは……。

柳瀬 「そうですね、マイルールがひとつだけあります。これのおかげで35年やってこれたのかもしれません」

1つのイメージ
柳瀬さんには、仕事をする上でのマイルールがひとつだけある

ひとつだけある!これこれ!
ルールの数は某番組の7分の1だが、誰もが想像しなかった方法を語ってくれるはず!

「そんなこと」でいいんですか!?

中部 「名古屋のテレビ業界で35年、柳瀬さんの「マイルール」とは…?」

柳瀬 「本当にたいしたことないですよ、すごく当たり前のことです。いいんですか?」

中部 「(当たり前の中にこそ真実があるに違いない)もちろんです。改めて、そのマイルールとは?」

柳瀬 「そのマイルールとは“約束を守ること”です」

中部 「(へっ!? 当たり前すぎるやん)や、約束を守るですか? そんなことでいいんですか?」

柳瀬 「そうですね。当たり前すぎて申し訳ありません。でも僕はこう考えています。“約束を守り続けていれば信頼が生まれる。信頼されれば次がある。また次がある。また次がある”。単純ですがルーチンをいかに構築し、継続するか。これをマイルールとし、徹底的に守って35年やってきました」

中部 「(そんなはずはない!)本当にそれだけですか?」

柳瀬 「細かく言えば他にもありますよ。どれも当たり前ですが、大きな声であいさつをする。どんな事情があっても番組に穴をあけない。数字を出して結果で応えるなどモロモロ。シンプルですけどわたしは常に“約束を守る”ことが一番だと考えています。とりあえず35年間、テレビ業界以外で働く、あるいは無収入で固まるなんていうことは一度もなくやってきました」

もう一度資料を確認してみると、立ち上げから最終回まで10年以上関わった番組や、サッカーは30年近く、フィギュアスケートも10年以上、番記者的な役割を続けている。“約束を守る”という、至極単純で当たり前のことを続けていれば、こんなテレビ人生も送れるようだ。

約束のイメージ
長年テレビに携わってこられた秘訣は、「約束を守る」というシンプルなもの

柳瀬 「わたしは不器用だし、大した才能もありません。それでも35年やってこれたのは、約束を守ってコツコツと続けてきたからだと考えています。マネーの達人になることはできませんでしたが、お金を得ることとは別の意味で、満足と納得のいく時間を過ごせていますね」

中部 「インタビューを終えて振り返ってみました。どんな世渡り上手かと思いましたが、シンプルに真っ正直に。これが業界で長くやっていく、ひとつの生き方なのかもしれません」

次回は放送作家の小山賢太郎さんへ、バトンタッチ!

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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