テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのクかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 
連載第77回は、「科捜研の女」などでおなじみの脚本家、李正姫(り・じょんひ)さん。

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ショウガイネンシュウ?

李 正姫さんの写真
李 正姫(り・じょんひ)
脚本家
日本放送作家協会会員

今にして思えばどうして、あんな決断をくだすことができたのか……。大学卒業後、広告代理店に新卒入社してから、10年と4ヵ月あまりが過ぎようとしていた夏の終わり、私は脚本家になるために退職願を提出しました。

そしてその後すぐに、噂を聞きつけた同僚たちから質問攻めにあいました。
「本当の理由は何?」「別の代理店にヘッドハンティングされたんだろう?」「結婚退職?」……等々。私が本気で脚本家になるために退社しようとしているなんて、誰も信じていなかったのです。

あの時は、シナリオ学校に通ってはいたものの(プレゼンが近い時は、授業の後、会社に戻って仕事していました……)、コンクールで賞を獲ったわけでもなく、デビューするあても、もちろん強力なコネもナシ。それなのに、あと先考えずに会社を辞めてしまうなんて、あまりにも幼く、無鉄砲すぎる。脚本家デビューできるチャンスを掴んでから、会社を辞めてもいいじゃないか。私も今ならそう思います。

でも、当時の私は、担当ブランドのCM戦略を考え、それをカタチにしていく仕事にもやりがいを感じていました。だからこそ「今、とにかく、退路を絶たないと。そうしなければ一生、脚本家にはなれないかもしれない」などと、思い詰めていました。

その後も、とんでもない夢を追いかけようとしている私を見兼ねて、何人もの人たちが「もう一度、冷静に考えたら?」と、慰留してくれました。しかし、反対されればされるほど……ではありませんが、無謀な旅に出ようとしている自分に酔っていたんでしょう。私の気持ちが揺らぐことはありませんでした。

そんなある日、ふだん、あまり話すことがなかった先輩社員が同じエレベーターに乗り合わせたとき、私にポツリと言ったのです。

「……あのさ、考えた? 生涯年収
「ショウガイネンシュウ……ですか?」

いきなりすぎる質問に、鸚鵡返しで応戦することしかできない私……。
もちろん、お金のことについて、考えていなかったわけではありません。正社員を辞めてしまえば、毎月、キチンキチンともらえていたお金がなくなってしまうわけで……。多少の貯金と、10年働いた退職金はありましたが、脚本家デビューできるまで、それで乗り切っていけるのかどうか、私なりにちゃんと考えたつもりでした。でも「生涯年収」と言うかたちで、先の人生を考えたことはなかったので、正直、ドキッとしました。

エレベーターのイメージ
同じエレベーターに乗り合わせた先輩社員からのひと言に、ドキリとした

私が退職しようとしていた頃は、大卒・男性会社員で約3.05億円、女性会社員で約2.75億円だった平均生涯年収。(ちなみに、2020年のデータだと、大卒・男性は、約2.92億円、女性は約2.44億円。下がっているんですね……)(*)

さらにここには、退職金や厚生年金などの金額は入っていないので、正社員として勤めあげれば、リタイア後、もらえるお金も当然、変わってきます。

かたや、脚本家としてそれだけのお金を稼ぐことが、どれだけ大変なことか。たとえ、運よくデビューできたとしても、食べられるようになるまで何年かかるかわからないし、そのあと、コンスタントに仕事が続く保証なんてどこにもない。先輩社員は「生涯年収」というリアリティのある言葉で「とにかく、脚本家になりたい!」と熱くなっていた私の頭を冷やそうとしてくれたのだと思います。

(*)独立行政法人 労働政策研究・研修機構:ユースフル労働統計2020 より

ただただ、好きだから

そんなありがたい言葉をかけていただいたのに、いざとなると楽天主義者なんですかね。「きっと大丈夫!」と、根拠のない自信だけで飛び込んでしまったTVの世界。

ラッキーなことに、退職1年が過ぎた頃から、ドラマを盛り込んだバラエティ番組の企画スタッフに採用していただいたり、企画会社のプロットライターに選んでいただいたり……とチャンスが続き、そして、深夜の連続ドラマで脚本家デビュー!! 

このまま、毎クール、脚本を書いて、ゆくゆくは連ドラのメインライターに……と、気分は↑↑でしたが、その後、企画が通ってプロットまで進んでも、脚本まで書かせていただくチャンスはなかなか訪れず……。
そして、脚本まで書かせていただけるようになっても、お金の心配は続きました。「お願い、助けて!」と急遽、呼ばれ、とんでもないスケジュールで、お肌がボロボロになるまで頑張って脚本を書いても「ごめん、今回、予算が……」というプロデューサーさんの恐怖の一言に「まぁ、仕方ないか……」と、天を仰ぐことしかできなかったり。何だったら、特急仕上げの割増料金とか期待していたのに……はぁ……。

徹夜仕事のイメージ
無理なスケジュールでもボロボロになって脚本を書き上げたが、低予算のギャラに天を仰いだ……。

そんな時は、先輩社員に投げかけられたあの言葉が、頭をよぎります。
「あのさ、考えた? 生涯年収」
ですよねぇ……。もっとちゃんと考えなくちゃいけなかったかもしれないですよね。
でも……です! 

ちゃんと考えていたら、私は脚本家になっていなかったかもしれません。時給換算したら、悲しくなる仕事も数多ありましたが、シンプルに、ただ好きだからこの仕事を続けているのだと思います。そして、私の無謀な旅は、きっと、まだまだ続いて行くのでしょう。

さてさて。
生涯年収に関しては、果たしてどんな結果になるのか。とっても興味深いことではありますが、私は、この先も計算はしないと思います(たぶん)

次回はキシモトジュン太さんへ、バトンタッチ!

是非見てください!

現在、時代劇映画の制作準備中です。そのプロモーションの一環で、大人の方にも楽しんでいただける絵本も執筆させていただくことに。どんな絵本になるのか、今から楽しみです!

時代劇映画の検討準備稿イメージ
一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。