ドル/円相場は、24年ぶりの円安水準となる145円台まで下落するなど、ドル高円安トレンドが顕著です。このトレンドは当面続くという見方がある一方で、エコノミストのエミン・ユルマズ氏は、「現状は円が売られすぎ」と指摘します。その理由とともに、ドル/円とユーロ/円の見通しについて聞きました。(取材:2022年9月20日)
金利差だけではドル高円安を説明できない
ドル/円は、145円台までドル高円安が進みました。ここまでなぜドルが買われ、円が売られてきたのでしょうか。
エミンさん 今後の動向を見通すうえでは、ドル高円安の背景にあるファンダメンタルズを理解する必要があります。
よく言われるのは、日米の金融政策の違いです。日本が金融緩和を継続する一方で、米国は金融引き締めを積極的に進めており、金利差拡大によりドル高円安が進んでいるという見解です。しかし、名目金利からインフレ率を引いた実質金利は、むしろ日本の方が高くなっています。大まかに計算すると、米国は-5%(政策金利3%-インフレ率8%)、日本は-3%(政策金利0%-インフレ率3%)です。
つまり、金利差だけでは現在の為替水準を説明することはできないのです。
ファンダメンタルズの変化に注目
ドル高円安が進んだ背景には、金利差以外の要因があるということですね。
エミンさん そうです。私は、現状は円が売られすぎており、今後はドル安円高トレンドに転換すると見ています。その理由は主に3つです。
理由① コモディティ高のピークアウト
NY原油は一時130ドル超まで高騰しましたが、現在は80ドル前後まで下がっています。これはロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始した時期の水準です。原油の供給源であるロシアが経済制裁を受けているにも関わらず、ここまで下げているのは需要が減っているからに他なりません。仮にロシアの供給量が従来通りなら60ドルくらいまで下がっていたでしょう。その他にも、小麦やとうもろこしといった食料に加え、景気動向に敏感な銅などの価格も下がっており、世界的な景気減速を反映した動きになっています。
コモディティを購入するにはドルが必要であり、これまで資源価格の上昇が世界的なドル不足をもたらしてきました。対ドルで価値を下げている通貨は円だけではありませんが、日本の場合、原油やエネルギー価格の高騰が貿易収支の悪化を招いたことも円安要因となっていました。実際、貿易収支の悪化が始まったのは2021年頃からで、円が売られ始めた時期とほぼ一致しています。
コモディティ高のピークアウトにより、今後、日本の貿易収支が改善に向かうことで円高に振れる下地ができてくると考えます。貿易収支改善の観点では、原子力発電の再稼働も追い風になりそうです。
理由② 円キャリートレードの巻き戻し
円キャリートレードとは、相対的に金利が低い円で資金を借り入れ、その資金を外貨に転換して運用する取引のことです。投資対象の値動きに加え、借り入れ通貨である円と投資通貨である外貨との金利差が収益要因となり、さらには円安になると借金も目減りするため、“おいしい”トレードとして活発に行われてきました。主要な先進国の中央銀行が軒並み金融引き締めに踏み切る中で、日本銀行だけが緩和を続けており、いわば最後の流動性供給者となっていたわけです。
しかし、この円キャリートレードは相場が良いときにしか機能しません。足元の世界景気はかなりのスピードで悪化し始めており、リスクオンのトレードはいつ巻き戻されてもおかしくありません。日本から出て行ったお金が戻ってくることで、円高要因になると考えられます。
理由③ インバウンド(訪日客)の復活
コロナ禍では完全にインバウンド需要が絶たれ、円が買われる大きなファクターのひとつが失われていました。足元では入国制限の緩和が進んでおり、9月からは入国者数の上限が5万人に引き上げられました。
外国人旅行者にとって、現在の円安水準は魅力的に映るはずです。今後、訪日旅行が活発化することで円が買われていくでしょう。
ドル/円は110~120円台まで戻る可能性
トレンドが転換した場合、円高の流れはしばらく続きますか。それとも一時的なものでしょうか。
エミンさん しばらく続くと見ています。米国の資産バブル崩壊が起これば、円への資金回帰が一気に進んでもおかしくありません。リーマン・ショック時のような極端な円高は想定していませんが、ドル/円は130円台に戻っていき、中期的には110~120円台まで円高が進む可能性があるでしょう。
ドル/円の買いポジションを保有している人は、現在のトレンドがこの先も続くと思い込まず、今後の動向次第で柔軟に対応していきたいところです。