豊かな人生とは何をもって言うか、その指標はお金だけでしょうか? ビジネスを成功させた人に聞くと「人に恵まれた」エピソードが必ず語られます。コロナ禍を体験し、先が見えない世の中だからこそ「人と繋がる」ことの大切さが身に沁みます。“人”という字が支え合っているように、人と出会って何を学んでいくかは、人生において大切な自己投資になります。この連載では、専門知識や経験に秀でたスペシャリストの視点で、豊かな生き方の極意を語ってもらいます。第24回のテーマは、「人を繋ぐ表現力」。手話劇団「NPO法人 劇団はーとふるはんど」を主宰する山辺ユリコさんにお話を伺いました。(聞き手=さらだたまこ)

山辺ユリコさんの写真

山辺ユリコ(やまべ ゆりこ)さん
1960年京都生まれ。時代劇俳優を父に持つ。母親の実家がある熊本のデパートに就職。20歳の時に「ミス熊本」に選ばれ、翌年、地元ののど自慢大会で優勝し、ビクターから歌手デビュー。その後、チャーリー石黒氏に見い出され、85年ワーナーパイオニアから再デビュー。歌手時代の芸名は木下由里子。95年石井ふく子プロデューサーと出会い、花井紫の芸名で女優の道へ。98年、手話の素晴らしさに感動して、02年に手話劇団「はーとふるはんど」を立ち上げ、手話を交えた演劇やダンス公演を主催しながら、障がい者のさまざまな表現活動を支援している。

withコロナ時代の先を見据えて!

この連載を始めた頃は、アフターコロナ、つまりコロナが終息するときを見据えて、再びアクティブな生活をするために準備しておくべきことを考えていました。

しかし、何度も感染拡大の波がやってきて、終息の灯りは見えず、コロナとともに生きて行く方向に舵を取ることになっています。

在宅ワークにも、リモートで人と会うことにも慣れましたが、やはり物事を前に進めていくエネルギーは、リアルに人と繋がって行くことに尽きると筆者は実感しています。

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さて、人と繋がるときに大事なことは自己表現であり、コミュニケーションであると思うのですが、今回は、これまで筆者が出会った達人の中でも、かつてない自己実現やコミュニケーション能力に長けた人と出会えたので、お話を伺いたいと思った次第です。

山辺ユリコさんとは、昨夏に出会いました。
山辺さんは筆者が脚本を書いた朗読劇を観て、山辺さんが主宰する劇団のプロデュース公演として上演したいと申し出があったのです。

それは、劇場で上演するいわゆる演劇なのですが……。
山辺さんのオファーの条件は「うちは手話劇団なので、芝居の台詞を手話と、字幕で観客に伝えます。また、出演者にもろう者がいますし、他の障がいがある者もいますので、そうした出演者も活躍できる台本に書きなおしてもらえますか?」というものでした。

朗読劇は “読み聞かせて耳で聴く”芝居ですが、手話劇団での上演となれば、単に朗読用の台本を手話通訳や字幕を入れて、それでよしとするわけにはいかないのです。
オーディエンスの想像力に委ねるような言葉のアヤのような表現は、もっとわかりやすいストレートな台詞にするとか。
また、舞台化にあたって、盲導犬も登場したり、幼い子どもたちも出演することになり、舞台上の安全な段取りを念頭に、演出もしやすい台本に書きかえる必要がありました。
さらに、新しく練り直した脚本で、ジェンダーレスやさまざまなハラスメント問題にもさりげなく触れて、観る人がはっとする場面も加えました。
突き詰めていくと、SDGsの啓発にも関わってくる課題であると……。

物語は、「認知症になった夫とその妻の再生物語」が主軸ですが、主人公の脇を固める登場人物たちはまさに、ダイバシティ(多様性)に富んでいます。
そこには既存の表現力やコミュニケーションでは、充分に伝わらない、齟齬があり、温度差がある……ということを山辺さんから教わり、再度、脚本を整えました。

それらの作業によって、筆者の劇作に新たな刺激をもたらしましたし、手話劇団を仕切る山辺さんのプロデュース力を目の当たりにして、山辺さんの持てる表現力とコミュニケーションのスキルは、これからのwithコロナ時代に向けて、もっと大勢の人に知ってもらいたいし、世の中の常識として、もっと浸透させて役立ってほしいと感じました。

ダイバシティや盲導犬のイメージ
演劇の世界でも、ダイバシティ(多様性)の時代にふさわしい表現力やコミュニケーションを模索している

手話との出会いは人生の財産

山辺さんは「母を乳がんで亡くしたことがきっかけで、がん撲滅のチャリティーに関わるようになりました」と、手話に関心を持ったいきさつを語ってくれました。
「そのチャリティーのカラオケ大会で、出場者のある女性が手話を付けて歌ったんですね。『風の盆恋唄』という高橋治さんの恋愛小説を題材にした石川さゆりさんの歌なんですが、カラオケ大会での女性出場者の手話付きの歌を聴いて、カルチャーショックを受けたんです」と。

山辺さんは、その女性出場者に手話を習いたいと申し出て、勉強を始めました。
「耳が聞こえない方に伝えるためには、普通の歌い方ではだめなんだ! 別のパフォーマンスをしないと伝わらないんだなあという思いにさせられました」という気づきをもって!

山辺さんは「母が亡くなったことがきっかけで出会った手話なので、これはきっと母が手話という財産を与えてくれたのだなあと思いました」と、手話との出会いに運命を感じているといいます。

ろう者が音楽に合わせてダンスを踊ったり、盲ろう者が盲導犬と一緒に舞台で演技も披露することなど、驚きもありますが、耳が聞こえなくても音楽を感じ、目が見えなくても色彩を感じる……その表現力の素晴らしさに、山辺さんは感動し、カタチにすることに努力を惜しみませんでした。
心に感じたことを伝えたいと思う気持ちは同じで、テクニックうんぬんを越えた感動が、体中からあふれて、私の胸に届き、涙がでてきます。それをぜひ、劇場でみなさんと、共有できたらと思います」と山辺さんはいいます。

もちろんそれをカタチにしていくのは大変なこと。
山辺さんも、「何度もあきらめそうになりました」といいます。
しかし、周囲の励ましと「立場の違ういろんな人が舞台に立ってひとつの作品を作りあげることの大切さ、それを客席のまた、いろんな立場の人に伝え届けることの大切さ」を常に考えて、積み上げてきたから、公演も今年で22回を迎えられたのでしょう。
著名な俳優さんたちも、山辺さんの劇団の趣旨に賛同し、回数を重ねる度に仲間が増えています。
結果、山辺さんの手話との出会いが、芝居に、創作に、エンターテインメントに新しい出会いと可能性を見出すことになったのです。

手話で会話するイメージ
手話との出会いをきっかけに表現の方法を模索し、新たな創作の可能性も広がっている

ダイバシティから見るボーダレスな社会へ

日本人は外国人とコミュニケーションを取るのが下手だと言われます。
語学が不得手で、それがネックになっていると。
けれども、「言語ツール」が重要だとしても、言語化されたものだけがコミュニケーションではないわけで。

ダイバシティの視点から、様々なバックボーンを持った人たちと、違いを知った上で、互いにコミュニケーションをとるのには、まずなによりも、どう感じているかを伝える表現法が大事ではないかと思った次第です。
それは音楽でもいいし、ダンスでもいいし、笑顔ひとつでもいい!

国や地域という境界線をとっぱらい、また、おのおのが所属している社会や組織の物差しだけで、物を見たり考えたりしないという感性を養いたいと思いました。
その感性をいかに磨いて、カタチにすることができるか?
そこにビジネスチャンスや成功の秘訣もあるかもしれません!

互いに受け容れ、尊重し、相手を思いやる優しさ……これが芯にある表現とコミュニケーション。
閉塞されたコロナ禍を越えて、人と人がいかに優しく繋がっていくことができるか……コレを筆者は創作の世界でもっと深めていきたいと思います。

ダイバシティと世界の繋がりのイメージ
お互いの違いや境界線を取り払い、人と人とが優しさで繋がれる世界を目指したい

山辺ユリコさんのプロデュース公演

2月18日と19日、三越劇場で上演される「NPO法人 劇団はーとふるはんど第22回公演『恋におちて』」は認知症になった夫とその妻の恋の物語。

「恋に落ちて」告知ポスターイメージ表
「恋に落ちて」告知ポスターイメージ裏

NPO法人「劇団はーとふるはんど」のHPはこちら

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