700人以上所属する日本放送作家協会(放作協)がお送りする豪華リレーエッセイ。テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家、そして彼らと関わる様々な業界人たち・・・と書き手のバトンは次々に連なっていきます。ヒット番組やバズるコンテツを産み出すのは、売れっ子から業界の裏を知り尽くす重鎮、そして目覚ましい活躍をみせる若手まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜くユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず!
連載第185回は、浪曲台本作家として売り出し中の北角文月さん。

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天啓を受け飛び込んだ先は虎の穴

北角文月さんの写真
北角文月
浪曲台本作家
放送作家協会会員

2016年の元日。
不惑の年に一念発起して上京して初めてのお正月。
以前から生で聞いてみたかった浪曲を聞くために、多くの人でにぎわう浅草、浅草寺近くの寄席「木馬亭」を訪れた。

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「浪曲」と聞いてとピンとくる方は、高齢、またはかなりの演芸好きなのではないだろうか。三味線の音に乗せて多彩な節を織り交ぜ物語を語る演芸で、落語、講談と並ぶ日本三大話芸のひとつであるが、昭和初期に人気のピークを迎えるも、テレビ放送がはじまった以降はテレビ放送に向かない芸だったこともあってか、人気は失速していった。

幼いころから母に広沢虎造の「清水次郎長伝」を聞かされて育ったものの(時代劇ややくざ映画が好きなのはこの影響だと思う)、現在の浪曲に関する知識は何もない。
大衆演劇は何度か見に行っていたが、本格的な寄席に行くのは初めてだった。

入り口で「浪曲ですがいいですか?」と念を押され入場すると、ここだけ昭和が終わったのに気づいていないかのような客席と舞台が目の前に広がる。
何席か聞いたのち、中トリを務めたのは忘れもしない天中軒雲月師。
その圧巻の芸を聞き終わったあと、目からポロリとうろこならぬ涙が落ちた。
そして思った。
「浪曲の台本が書きたい!」
天啓である。

木馬亭の入り口
木馬亭の外観
写真提供:北角文月

木馬亭や都内各地で行われている浪曲会に足を運ぶようになり、聞けば聞くほど奥深い浪曲の沼にはまっていった。
だが、さて、どうやって台本を書いたものか。勉強してきたドラマのシナリオとは全く別物である。
日本浪曲協会が三味線と唸りを教える浪曲講座を開催していると知ると、自分で唸ってみたら何かわかるかもしれない、と、フットワークの軽さには定評がある私はいつも通り気軽な気持ちでその門を叩いた。

気軽な気持ちは初回で吹き飛んだ。
いきなり三味線にあわせてみんなの前で唸らされたのである。カラオケでならした私でもさすがに勝手が違う。
ブルース音楽をかじった程度の田舎者の素人が気軽な気持ちでブルース教室に行ったら、マディ・ウォーターズが待ち構えていて、しかも同級生はベック、クラプトン、ジミー・ペイジ。
その前でいきなりブルースやってみろ、と言われるようなものだ。できるわけがない。
後で聞いたが、人前で唸らされるプレッシャーに心臓が耐え切れず早々にやめてしまった人もいるらしい。
そう、浪曲教室は趣味講座のふりをしながら、プロを目指す人たちの「虎の穴」でもあったのだ。

「浪」にのる

節を体に叩きこむもあっという間に叩き出される節。
それでも下手だろうが何だろうが教室に通った。
下手なりに数年続けられたのは、台本を書くため、という目標はあったが、師匠方をはじめ教室の皆があたたかく迎え入れてくれたことはもちろん、生徒たち中心で手作りで年数回開催する発表会、稽古後のサイゼリヤでの皆とのお喋りが楽しかったからに他ならない。
知る人もなく出てきた東京砂漠で、再び青春時代が来るとは思わなかった。

そんなある日、生徒仲間のひとりから入門が決まったというメールが届いた。
そのメールの主の彼女とは発表会の幹事を一緒にした仲で、勝手に親近感を覚えていた。
彼女の口から浪曲師になりたいとはっきり聞いた記憶はなかったが、努力を重ね、発表会で素晴らしい「紺屋高尾」を披露した姿を見て、いつかは入門するのだろうとは思っていた。そうか、ついに。「年明け(落語でいうところの二つ目昇進)されたら、是非私に台本を書かせてください!」と返事を送った。その年、初めて書いた浪曲台本が国立演芸場のコンペで入賞。このメールは自分の決意表明でもあった。

彼女は東家三可子という名で浪曲師デビュー。
コロナ禍を経て年明けも果たし、今や声良し節よし姿良しの浪曲師として大活躍。
入門時の約束のほうはどうなったかというと、ありがたいことに彼女には現在4作品ほど提供をしている。先日は自分が脚色した作品を三可子さんが口演し、曲師(三味線を弾く人のこと)を浪曲教室の仲間がつとめる機会があり、とても嬉しい同窓会となった。

三味線を弾くイメージ
浪曲教室の仲間が浪曲師や曲師として活躍している

私が浪曲を知った頃、浪曲界の星であった武春師が急逝し、曲師も不足、東京の浪曲界は危機的状態だったと思う。
だが今は浪曲教室の仲間たちを初めとする多くの若手が浪曲師、曲師として活躍し、全国的に名を知られる浪曲師や曲師も出ている。
さらに上方の浪曲師、二代目京山幸枝若師匠が浪曲界初めての人間国宝となるなど、浪曲復活の機運が盛り上がっている。
自分はそんな盛り上がりの末席にちょこっと座ることができているだろうか。
この「浪」にのり続けるため、微力ながら役立ちたい次第だ。

今月も木馬亭へ向かう。インバウンド客でごった返す浅草の中にあってもこの場所だけは通常運転だが、実は最近空調が新調され、ここだけこっそり令和になっている。
入り口で「浪曲ですがいいですか?」と声をかけられた。
私もまだまだである。

次回は青木江梨花さんへ、バトンタッチ!

文中で紹介した東家三可子さん(X(旧Twitter) https://x.com/azumayamikako)が口演される浪曲会が9月10月に開催されます。是非足をお運びください!

浪曲や木馬亭のことならこちら

『天中軒景友の新浪曲だ!』

『天中軒景友の新浪曲だ!』ポスター画像
開催日 2024年9月21日(土)
開場 12時30分/開演:13時
会場 浅草木馬亭(台東区浅草2-7-5)
木戸 予約2000円/当日2500円/30歳以下1000円
予約 akskderkk2019@yahoo.co.jp(メール)
090-2402-5242(留守電)
https://www.nagaokagetomo.com/

『池袋夜間飛行 第10夜』

『池袋夜間飛行 第10夜』ポスター画像
開催日 2024年9月25日(水)
開場 18時30分/開演:19時
会場 cafe&bar 木星劇場
(豊島区西池袋5-1-5 第二春谷ビルB1)
木戸 一般 2500円/U-25 2000円 ※ワンドリンク付き
予約 iori@kandaiori.com

『海雲寺浪曲事始め 唸る!奈々福・勝千代 浪曲遊俠傳~火消しと遊女とアナーキスト~』

『海雲寺浪曲事始め』ポスター画像
開催日 2024年10月12日(土)、13日(日)
開場 12時30分/開演:13時
会場 千躰荒神 海雲寺(品川区南品川3-5-21)
木戸 3000円(各日)※定員80名
予約 roukyoku@hotsuma.co.jp(メール)
070-4557-9369(シネマ浪曲秀真ホツマ)
https://twitter.com/kaiunji_rokyoku
一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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