未婚・独身・一人っ子のパラサイトシングルのままアラ還に突入した筆者が体験した介護経験は、まさに大後悔アドベンチャー!
12年の歳月で、父を見送り、それからまた母を見送り……ああ、今度こそ失敗なきように……と思ったら、もう介護は卒業です。次はない!
でも、回りを見ると、同じような状況に置かれ友だちが悩んでいます。
後悔した経験が、似た立場のあなたに役に立てばと、介護大後悔時代を乗り切る魔法の杖を振ってみようと思います。

介護、それは突然に! すべてが固まってしまいます!

我が家の家系は、ぴんぴんコロリ系だと両親に聞かされていたので、介護なんて他人事のように思っていました。

しかし、私が50歳を過ぎたころ、母が突然、体調を崩し、腎不全が発覚。
週3回の透析を余儀なくされ、介護生活に入りました。
すると間もなく、今度は父が大腿骨骨折をして、リハビリ生活。
しかも左右続けて!
それは、2010年の秋、東日本大震災の半年前の出来事でした。

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一人っ子の私は、いきなり両親の介護を抱えて右往左往。
一人で二人の高齢者を介護するって本当に大変でした。
それは父が亡くなるまで丸2年続きました。
そして、父が亡き後も、車椅子生活となった母を介護し、それは母が亡くなる昨年の夏まで10年続きました。
合計12年。
干支が一周する間、介護は誰でも通る道とはいえ、結構長い歳月でした。

介護が始まった頃は、とにかく目の前で起こることに気を取られ、この先どうなるかなど考える余裕すらなかったのですが、今にして思えば、その初動の時期を半年ほど、無駄に過ごしてしまったなあと、後悔しています。

それは、ひと言で言えば「固まってしまった」ことが大きな要因でした。
思考も、感情も、行動もすべて膠着してカチカチになってしまったのです。

自分でできるという思い込みは危険!

具体的には、親の介護だから、自分でできる、育ててもらったんだし、パラサイトシングルでお世話になってたんだし、最後の親孝行として、娘の義務ではないか!と思い込んだ私の思考でした。

最初に母が倒れて、病院に救急搬送され、2カ月ちょっと入院していました。
このとき、母は75歳。
入院中、担当の看護士さんから、「退院後はどうされますか?」「介護保険の認定は受けてますか?」「ケアマネジャーさんはいますか?」などと言われても、私は聴く耳を持たなかったのです。

その頃はまだ、父は高齢とはいえ、家で過ごす分には問題なく元気でしたので、母が退院後は、私一人で、介護できると思っていたのです。
大変なことといえば、母の透析クリニックまでの通院に週3回付き添うことでした。
でも、要する時間は行きに30分、帰りは待ち時間も含めて1時間くらいなので、それほど負担ではないと自分に言い聞かせていました。

病院への送り迎えイメージ

週3回の通院の付き添いも「それほど負担ではない」と自分に言い聞かせていたが……

私は仕事はしていますが、勤め人ではないので、そのあたりの時間調整は可能だったからです。
しかも、親しい友人やご近所さんが、「通院の付き添いくらいのお手伝いなら、いつでもしてさしあげるから遠慮なく言ってね」という申し出もあって、どうしても都合付かないときは助けてもらえるし、という安心感もあったのです。

それで母の退院時に主治医の先生に「母の介護体制は私がやれますし、応援団もいるからばっちりです」なんで豪語までしてしまいました。
先生は「応援団までいるなんて、素晴らしい」と驚いてましたが、多分心の中では???マークいっぱいで埋まっていたと思います。

実際、母のクリニックに付き添って行くと、ほとんどの患者さんは、家族が迎えにきていました。
なので、私も当然のことをしていると思っていたんですが、待っている時間にいろんな方のお話を聞くと、厳しい現実が見えてきました。

中には「勤めていたのだけど、介護離職して在宅でできる仕事に切り換えているが、できれば復職したいと」話す50代の男性がいたり……。

そんな中で、明るく元気な女性と知り合いになりました。
患者さんの息子さんのお嫁さんだろうと思って話しかけると「私はヘルパーなんですよ」と言われてびっくり!
高齢の女性の患者さんとはまるで家族のような親しみを感じたからです。

そのとき、私の頭によぎったのは、母の通院介助をヘルパーさんにお願いできたら、随分私の負担は減るだろうなあ、そして、仕事もできるかも!

クリニックの待合い

クリニックで出会った女性。てっきり家族かと思ったら「ヘルパーなんです」と言われて驚いた

そう、母が倒れて以来、暫くは母最優先でと思う気持ちが強く、仕事もセーブしていたのですが、これから先の将来を考えるといつまでも、仕事をしないわけにはいかない……自分の時間を捻出するためにも!

そういう気持ちになったのは、母が入院してから3カ月近くたった暮れも押し迫り始めた時期でした。

考えてみると、母の通院付き添いをはじめて1カ月もたってないのに、すでにヘトヘト感満載で、それを精神力でなんとか支えていたのが現状でした。
なので、「ヘルパーさんにお願いしよう!」
そう思ったとたん、全部自分でやろうなんて思い上がっていた頑なな気持ちが、一気に崩壊したのです。

疲れている女性

通院付き添いをはじめて1ヵ月もたってないのに、すでにヘトヘトで、それを精神力でなんとか支えていた

でも、それで終わったわけではありません!
その先に、固い壁が聳え立っていたのです。

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