テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会(放作協)がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 
連載第160回は、前回に引き続き「水曜日のダウンタウン」などのテレビ番組を手掛ける、放送作家の大井洋一さんの登場です。

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請求書という仕事

西成の一戸建て、300万円と500万円の二択

大井 洋一さんの写真
大井 洋一
放送作家
日本放送作家協会会員

5年前の2019年。コロナが蔓延するすこし前。
大阪、西成に家を買った。僕は東京生まれの東京育ちで、西成という土地に縁もゆかりもない。今でこそ、YouTuberが地元に根づいたホルモン焼き屋を紹介したり、西成の街を歩いてその街並みを紹介したりしているけど、2019年ではまだ近寄りがたい街として危険なベールに包まれていた。

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そんな中、ある日「西成に家を買った方がいいんじゃないか」という衝動が沸き起こった。大阪はこの後、万博があるから今後再開発も進んでいくだろう。買っておけばそのうち値段が上がるかもしれないなんてことを思った。当時、僕の周りのちょっと元気なテレビ業界人たちはみんな仮想通貨に夢中になっていて「なにが上がった」とか「いくら儲かった」という話をしていた。僕は投資とか財テクといった話が苦手で、とりわけ“儲かった話”を嬉々として話している人を見ると喧嘩自慢、不良自慢を見るような恥ずかしさを感じてしまう。何かに投資をするなら、みんながしてないものにしたい。そんな思いから、西成投資を決意した。

ただ、自分で大阪西成の物件を検索してもなかなか良いものが出てこない。
そこで、関西方面の知り合いに西成の物件を扱う不動産屋を紹介してもらったのだが、最初に言われたのが「西成の物件はローンが組めませんよ」だった。理由とか事情も丁寧に説明してくれたけど、いまいち理解出来ず。単純に俺が信用されてなかっただけなのかもしれないけど。ローンが組めないとなると買える物件の上限も決まってくる。とりあえず用意できたのは500万円だったので、その金額で探してもらった。

ビットコインで儲かった人儲かった話”を嬉々として話している人を見ると喧嘩自慢、不良自慢を見るような恥ずかしさを感じてしまう


500万円の一戸建て。そんなものがあるのか
。なんて思っていたら翌日には2つの物件資料が添付されたメールが届いた。あるのかよ。しかも1つは500万円でもう1つは300万円だった。どちらも資料に間取り図はなく、地図に矢印で「ここ!」とだけ書かれているだけだった。住所を打ち込んでストリートビューで見ようとしたけど、奥まった細い路地にあって、ストリートビューが届いていない。とりあえず現場を見ないことには始まらないので、数日後、西成を訪れた。

衝動に突き動かされるがままに手に入れてみたものの……

不動産屋の方と天下茶屋駅で待ち合わせをして、初めて歩く西成の街。正直、拍子抜けするぐらい普通の街だった。駅もデカいし賑わっている。裸で寝てるおじさんもいなければ路肩で注射器も売ってない。焼けたパトカーもない。良い街だった。

最初に見た300万円の物件は玄関のドアすら無いシンプルな廃屋だったので買う?買わない?のCGが回る猶予も無かったけれど、もう1つの500万円の方は、住宅街にある2階建ての戸建てで、両隣の家とは壁同士がくっついているものだった。「実は……ここにはまだおじいさんが一人で住んでいて、大井さんが買われたら、出ていくことになっているので、そうしたら中が見れます」と説明された。今言うのかよ、と思いつつ、外観を眺めて帰ることになった。だったら大阪まで来なくて良かったんじゃないかとか思いつつ。間取りも分からない。内見もせずに家を買うって、当たり前のことなのか?あと、余計なお世話ながら買った後のおじいさんの引っ越し先も気になる。その引っ越しは、おじいさんが望んだものなのか、とか。

とはいえ悩んでいる暇もなく、翌日「今、中国人が買おうとしています」という連絡を受け、慌てて購入した。契約やら書類のやりとりが流れ作業のように進み、2ヶ月後ぐらいにおじいさんが退去し、カギが郵送されてきた。

大阪に出向き、初めて中を見る。建付けの悪い玄関の引き戸をガタガタと開け入っていくと、中から鳥が出ていった。いつから居たんだ。
少し前まで人が住んでいたので、それなりに年季は入っているけど廃墟ではない。不思議な安心感。観音開きの押入れを開けると扉の後ろにびっしりと御札が貼られていたけれど、気にはしない。1階に風呂とトイレ(和式)と四畳半の部屋が2つ。2階には6畳の部屋が2つ。さらに、天井まで伸びた自作の階段が設置されていて、天井に穴が開けられ、屋根の上に作られたルーフバルコニー(きっと違法建築)に出られる仕様になっていた。

古い和室少し前まで人が住んでいたので、それなりに年季は入っているけど廃墟ではなかった。※写真はイメージです

思い立って数ヶ月。ようやく手に入れた西成の一戸建て。衝動に突き動かされるがままに手に入れてみたものの、いざ手にしてみると活用の仕方が全く分からず途方に暮れてしまった。家は主がいないとどんどん朽ちていく。

どうしたものかと思っていた時、先輩である、元ハローバイバイの金成公信さんが活動の拠点を大阪に移す、という話を聞いた。まだ住むところも決まっていないというので、この西成ハウスに住んでもらうことにした。金成さんは大阪へ行き、芸名を『千葉公平』とし、新喜劇を中心に新たな活動をはじめたのだが、住んだ初日にトイレが詰まり、深夜に24時間対応の水道工事業者を呼んで16万円ぐらい払って便器ごと交換した。雨が降った日には二階の天井から雨漏りがして、これまた施工業者を呼び、屋根の補修をしてもらい、20万ぐらいかかった。ちなみにクーラーも当たり前に付いてなかったので新たに付けたが、前、住んでいたおじいさんは近年の酷暑をどう乗り越えていたのか。ちなみに1階と2階の間にはハクビシンが住んでいる。

ガウディの気持ちがわかる

お金は稼ぎ方よりも使い方にセンスが問われると思う。『誰でも出来るお金の稼ぎ方』みたいな本がたくさん出ていてSNSなんかでも色んな人がお金の稼ぎ方を発信している。ただ、稼いだお金の使い方は手の平に乗せて出してくるタイプの寿司屋だったり、ギラギラした時計とか、平べったい車だったりとあまりバリエーションが無い。寿司、時計、車。ときどきタワマン
そんなカウンターとして購入した西成ハウスだが、とんでもない勢いで出費していく。全く投資になっていない。

購入して5年。西成ハウスはその間も回収・修繕を続けている。
今ならガウディの気持ちがわかる。
神は完成を急がない。

そしてビットコインは2019年当時、100万円ほどだったが、今年、ついに1000万円を越えた。
あの時、ビットコインを買っておけばよかったと心から思う。

次回は飯塚大悟さんに、バトンタッチ!

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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