テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず!
連載第14回は放送作家の橋克弘さん。

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スタジオ内のゴミ箱は「宝の山」


橋克弘
放送作家、日本放送作家協会会員

東京ディズニーランドが開園した昭和58(1983)年、大学3年目の秋。放送作家になりたかった私は、大学落研の先輩の紹介でラジオの台本を書く仕事をもらった。有楽町のニッポン放送。番組は日曜朝の30分の録音番組で、オープニングコントを原稿用紙1枚半くらいにまとめるのが、文字を書いてお金を頂く初めての仕事だった

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一週分につきコントを3本ほど書き、その内1本が採用されるのだが、それも何度も何度も赤を入れられ手直しされて、放送される時は原型を留めなかったことも珍しくない。原稿料は、月に3万円ほどだったと思う

当時のラジオ台本は原稿用紙に手書き。コピーで増やして放送で使用された物は、生放送や収録が済めばそのままゴミ箱に棄てられる。駆け出しの頃の私は無人のスタジオを廻ってゴミ箱を漁り、棄てられている諸先輩の生原稿を拾って読んで様々なテクニックを学び、それを盗んだ

洗練された言葉のチョイス、平仮名・カタカナの効果的な使い分け、読み手に「ここでブレスを入れましょうね」と息継ぎのポイントをさり気なく示唆する気の利いた改行等、昔の縦書き台本は手書きであるが故の深い味わいと個性に溢れていた。台本に、書き手の体温と息遣いが感じられた。廃棄原稿を師としてタダで修業した当時の私にとって、スタジオ内のゴミ箱は文字通り「宝の山」であり、そして、その修業は意外とすぐにカネになった。

コント台本を書き始めて半年ほどすると、同じニッポン放送で夕方の帯番組内の5分枠の仕事を頂き、その原稿料は月8万円。若僧で使いやすいからか、ゴミ箱修業の甲斐あって器用に書き別ける手管を身につけたからか「橋くん、橋くん」と声がかかって次々と仕事は増え、アッと云う間に月収30万円ほどになり、学生稼業が馬鹿らしくなって大学を辞めて念願の放送作家になった。

トラリピインタビュー

毎日朝から晩まで放送局に詰めるようになり、ラジオばかりレギュラーを8本抱えて、3年目で年収は800万円を超えた。飲食はすべて番組制作費、夜中まで飲んでタクシーチケットで帰るという毎日で、気が付けば「10日ほどタバコ銭と往きの電車賃以外、自分のカネを1円も使ってないな」という夢のような生活が数年続いた20代後半。

ゴミ箱の中にお金
放送作家としての修行中だった橋さんにとって、スタジオ内のゴミ箱は文字通り「宝の山」だった

他の仕事を一度もしたことがない私は「これが業界というものさ」と安易に贅沢を甘受していたが、その内に弁当やタクシーチケットが出なくなり「あゝそうか、あれがバブル景気の恩恵だったのか」と後から気付かされた次第。何とも世間知らずで不敵な若者だったと思う。

プロとして報酬に見合うだけの台本を

以来38年。ラジオ、テレビ、舞台、新作落語、雑誌のコラムと、文字を書いてカネを頂く売文業を続けて来られたのも、いま振り返ってみれば全て、あの頃の「ゴミ箱漁りの賜物」だと思っている。

テレビもラジオも進行台本は横書きの機械文字になって久しいが、哀しい哉そこから放送作家の個性や息遣いを読み取ることは出来ない。残念ながら拾って読むほどの魅力も無くなってしまっている。

パソコンで文章を書く男性
「横書きの機会文字になっても文章を書き続け、自分を表現する悦びを次の世代に伝えていきたい」

それどころか当節は「予算がないから放送作家も要らない」という番組も次第に増えてきている。ともすれば、放送作家自体がゴミ箱に棄てられる日が近づいているのかもしれない。それでも私は売文業としての矜持を持って、仕事がある限り放送台本を書き続ける。機械文字でもいいから文章を書いて、自分を表現する悦びを次の世代に伝えていきたいと思う。

日本人なら誰でも、日本語の文章くらい当たり前に書ける。
その「誰でも出来る当たり前の事」でカネを貰うからには、プロとして報酬に見合うだけのレベルと品質を保持した台本を書き続けなければならない。

自分は原稿料に見合った、高品質で気の利いた台本を書いているか。他の人には書けない個性的な台本を納めることが出来ているか。その自戒を胸に「売文という生業(なりわい)」をもう少し続けていこうと思っている。

次回は脚本家の武田樹里さんへ、バトンタッチ!

江戸柳完全攻略読本書影

是非読んでください!
橋克弘著
江戸川柳完全攻略読本
(ブイツーソリューション刊)

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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