テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 
連載第17回は、小説家としても活躍している花輪如一さん。

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株式投資のサラブレッド

花輪如一さんの写真花輪如一
放送作家、日本放送作家協会会員

私の原風景である。
窓には晩秋の黄昏が迫る薄暗い座敷に、床を背に座した母が新聞を手にラジオをじっと聴いている。その傍に目をぱっちりさせた愛くるしい子どもがいる。母の真似をし、読めもしない新聞を開くのは2、3歳の私である。雑音まじりのラジオから流れるのは株式市況であり、母が手にする新聞は株式欄が開かれている。

大昔の相場情報環境をご存じない方のために。今日ではスマホを使い、気になる銘柄の取引情報を瞬時に知ることができるが、昭和30年頃の一般投資家にとって、唯一の手掛かりはラジオの株式市況だった。

「平和不動産、5円高」と特定銘柄から順に、東京証券取引所の上場銘柄の終値と前日比をアナウンサーが淡々と読み上げていくだけの夕べの番組。放送に登場する用語は「高」「安」「変わらず」。ときどき登場するものに「できず」というのがあり、要はその日は取引がなかったということを表すのだが、幼い私には理解できずだった。

花輪如一氏の幼少期の写真
幼少期の花輪如一氏。2~3歳の頃から雑音まじりのラジオから流れる株式市況を聞いていた

長年放送媒体に巣くっている者にとり、此度の誤記は万死に値する。それを畏れて、拙著「ラジオの教科書」を紐解き、記憶の照合をする。

日本でラジオ放送が開始されたのは、1925年3月22日の午前9時30分。芝浦にある東京工芸高校の建物から「JOAK、JOAK、こちらは東京放送局であります」の京田武男アナウンサーの記念すべき第一声が、関東一円に流れた時です。放送第1日目のプログラムからはもれたけれど、株式市況は翌23日から開始され、今日までしっかりつづく長寿番組なのです。
 
幼い私を他人任せにして、出歩いてばかりいた趣味人の母。なぜか原風景が、この株式市況と背中をまるめて文庫本を読む姿なのだ。

MonJa読者アンケート

母は向島の仕出し料理屋の三人姉妹の次女で、下町育ちらしく三味線や踊りも習いはしたが、芸事よりも学業に向いていたようで、見番通りから東京高等女子学校に通い、日比谷の商社に就職する。母が勤める会社があったビルに出入りしていたのが、当時羽振りを利かせていたベンチャー経営者(実態は闇屋に毛が生えたブローカー)であった父でありまして――。

夕暮れの和室イメージ画像
晩秋の日暮れが迫る薄暗い座敷。床を背に座した母が新聞を手にラジオをじっと聴いている。雑音まじりのラジオから流れるのは株式市況、母が手にする新聞は株式欄。

留守がちの母への思慕からなのか、小学生時分の私は母が読み散らした物を読んだ。周りのおとなが面白がり、褒めるので調子にのって読んだ。

獅子文六の『大番』では、牛ちゃんの度胸と株式相場に憧れた。黒岩重吾、城山三郎、梶山季之、清水一行など産業、金融物は片っ端からで、常備の会社四季報は半ズボンの私の愛読書であった。幸いにして師となる方々との出逢いに恵まれ、物書きになることができた。物書きならではの取材の目での調査にあきたらず、ついには証券マンでもないのに証券外務員の資格を取得したほど病膏肓なのである。

小心者、トランプに賭ける

ここまで読まれたあなたは、下町娘の遺伝子を継承する作者は相場で蔵を建てたのではと、胸算用をされるだろうが、甘くないから世知辛い世なのである。市場における武勇伝?では在庫切れがない私だが、飛び切りは4年半前に起きた事件、いや事故だった(投資は自己責任)。

バイデン大統領の就任100日が話題になる今日より時を戻し、バラク・オバマ第44代アメリカ合衆国大統領の跡目をめぐり、ヒラリー・クリントンとドナルド・トランプが血みどろの選挙戦を繰り広げていたころのこと。大方の予想は「ヒラリー勝利!」で、トランプが大統領になった暁には、「株は暴落! 世界は経済恐慌」と声高だった。元来が反骨、へそ曲がりの私。トランプの勝利では、の思いが日々強まるのであった。

トランプが勝ったら、株は暴落! 「人の行く裏に道あり、金の山」が前頭葉に渦巻き、脳内麻薬のアドレナリンをドバドバ分泌するに任せて、勝負に出た! 元来から小心者の私がそれも、大勝負に出たのだ。

この場合の大勝負とは、空売りである。空売りとは信用取引の手法の一つで、手元にない株を現在の値で売り、将来、期日内に買い戻す取引だ。

2016年のトランプ元米国大統領
2016年の米大統領選挙、トランプ勝利で株は暴落!に賭け、世紀の空売りを仕掛けた花輪さん。ところがいつまでたっても株の暴落は訪れなかった……。
Matt Smith Photographer Shutterstock

そして私の読み通り、勝利したトランプがオバマの跡目となった。ところが、私が待ちこがれる株の暴落は、いくら待っても訪れないのだ。あろうことか株価はぐんぐんうなぎ登り。巷には株長者が増えていくなかで、損失がドアをノックしても入れてはならない。と頭を低くして、嵐が通り過ぎるのをやりすごす私だ。とはいえ小心者は生きた心地がしない、仕事は手がつかない、夜は眠れない、食欲はない、冷や汗が出る、生あくびが出る、微熱がでる、ため息は出る。まさに「ない」と「出る」のオンパレードは、地獄の“失金事態”なのである。

相場の格言に「買いは家屋敷まで、売りは命まで」というのがある。相場の買い方でしくじっても家を失うだけだが、売り方でしくじると命まで失うという戒めである。その売り方でしくじった私は、命を失う前に泣く泣く損失を引き受けて、手仕舞ったのである。

だから私はトランプが嫌いだ! 大嫌いだ! 2期目を許せるわけもなく、毎日、海の向こうに呪いを送りつづけた。そして怨念が実り、トランプ敗れて、ざまあ見ろなのだ。

さて、バイデンの大統領就任から100日経過して、こんなニュースが出ている。
トヨタ「研究開発に1兆円投資する」
サムスン(韓国)「半導体に3兆円、投資する」
TSMC(台湾)「うちは今後3年で半導体に11兆円投資する」
アップル(米国)「46兆円だ!」

コロナ禍の日々にすっかり倦んでいるあなた、刺激はいかが? 上記4社なら、どの株をお買いになります?
下町娘のDNAを引き継ぐ私のおススメは……。

次回は松田敬三さんへ、バトンタッチ!

是非読んでください!

近年は小説の執筆にも力を入れてます。
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よけいもん表紙
『よけいもん』(栄光出版社)
時は飛鳥信仰、信心が人々に植えつけられた時代。韓半島、大陸からの影響が強まる乱世に、「よけいもん」の宿命を背負って生まれ、その額に天空で煌めく運命の星を刻まれた男。 厩戸皇子の偉業に巻き込まれ、歴史の転換期で男はなにを目撃したのか。太古、この国で起きていたかもしれない物語。 遠い祖先から受け継がれ、我々の心に潜伏している歴史へのロマンが今、覚醒する。
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ラジオの教科書の書影
ラジオの教科書』(データ・ハウス)
耳に飛びこむ大衆メディア。その歴史と発展、番組と放送、局と人々。放送作家・花輪如一によるラジオのすべて・20章。国内各局長寿番組BEST3、ラジオ史、AM・FM開局年表etc.貴重なデータを完全収録。
一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイズ」などさまざまな事業の運営を担う。