ドル/円相場は、一時150円台まで上昇しましたが、その後下落基調となり、現在は130円台までドル安円高が進みました。以前から「円が売られすぎ」と指摘してきたエコノミストのエミン・ユルマズ氏に、トレンド転換の背景や今後の見通しについて聞きました。(取材:2022年11月24日)
米インフレはピークアウト、利上げペースは鈍化へ
前回の取材では、ドル/円は130円台に戻る可能性が高いとおっしゃり、その通りになりました。まずはドル/円が天井を付けた理由について教えてください。
エミンさん 先日公開された11月のFOMC(連邦公開市場委員会)議事録では、近いうちに利上げのペースを減速していく局面に入ることが示唆されました。
背景の一つには、インフレのピークアウトがあります。10月のPPI(生産者物価指数)は前月比の伸びが市場の予想以上に鈍化し、その前に発表されたCPI(消費者物価指数)でも同じ傾向が見られました。PPIはCPIに先行して動くことから、CPIは今後さらに下げてくる可能性が高そうです。さらに、PMI(購買担当者景気指数)は製造業、非製造業ともに好不況の分かれ目となる50を割り、景気減速の兆候が明らかになっています。
基本的に、インフレは景気がいい時に起こり、利上げは景気の過熱を冷やすために行われます。インフレが落ち着き、景気減速の兆しも見られる今、これまでのように75ベーシスポイント(0.75%)の利上げを続けることはないでしょう。FRB(連邦準備理事会)は金融引き締めの効果を薄めないためにも、金融市場を暴騰させないためにも、あまりハト派的なことは言えません。ただ、これまでかなり急ピッチで利上げをしてきたことから、本格的にスローダウンを検討していくと考えられます。
インフレのピークアウトと景気減速への警戒から、今後は利上げのペースが鈍化していくということですね。
エミンさん もう一つ、ドル高トレンドが転換するきっかけになったと思われるのが、10月12日、13日に行われたG20財務大臣・中央銀行総裁会議です。ドル独歩高への対応が議論となり、世界経済を減速させる懸念が共有されました。
FRBの目的は自国の物価と雇用を安定させることにあり、それが直ちに金融政策の変更につながることはありません。しかし、世界経済が落ち込み、新興国が危機に陥ったりすれば米国にも不利益をもたらすことから、結果として応じざるを得ない側面はあるでしょう。
日米の金利差は大きいままですが、米国の利上げペースの鈍化期待により、円が買われやすい環境が整ってきました。
120円割れもありうるが、過度な円高にはならない
前回は「コモディティ高のピークアウト」「円キャリートレードの巻き戻し」「インバウンド(訪日客)の復活」の3つをトレンド転換の要因としてお話しされていました。
エミンさん それらの要因も、より現実的になってきたように思われます。
コモディティ高のピークアウトの背景には、世界的な景気減速があります。資源を持たない日本は原油や天然ガスなどを輸入に頼り、それが貿易赤字の拡大につながってきました。今後の景気減速に伴い、WTI原油価格は60ドル台まで下がると見ています。そうなれば日本の貿易赤字は改善し、円が買われる要因になります。
同様に、景気減速懸念の高まりに伴って円キャリートレードの巻き戻しが見込まれます。これまでは日米金利差を生かした取引が活発に行われてきましたが、円キャリートレードは相場が良いときしか機能しません。今後は円売りポジションを解消するファンドも増えてくるでしょう。
訪日客の復活も引き続き期待できます。新型コロナウイルスの第8波が懸念されていますが、前回は大きな規制をかけずに乗り切りました。今回も同じ方針を取ると思われますので、円買い要因の一つになると考えられます。
円が売られるリスクを挙げるとすれば、どんなことがありますか。
エミンさん ロシア・ウクライナ戦争が激化し、地政学リスクが高まることです。ロシアが核兵器を使い、NATOが軍事介入するなどの事態に発展すれば、有事のドル買いが起こり、円は売られることになります。中国が台湾に侵攻するリスクもありますが、現時点ではこれらの可能性は低いと思います。
今後のドル/円の見通しを教えてください。
エミンさん 来春に向けて、ドル/円は120円台へ向かうと見ています。
現状はまだ円が売られすぎで、場合によっては120円割れもありそうですが、かつてのような過度な円高にはなることはないでしょう。昔は金融危機や世界的な景気減速などのリスクオフで円が買われる動きがありましたが、現在の新しい冷戦の構図では常にドル需要があり、対ドルでそこまで円が買われるとも思えません。
2023年後半には120円台に落ち着き、日本企業にとって輸出にも輸入にも居心地が良い水準になると考えます。