テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 
連載第118回は、放送作家、脚本家として活躍しながら会社経営者でもある伊藤正浩さん。

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ポケットに給料4カ月分

伊藤正浩さんの写真伊藤正浩
放送作家
日本放送作家協会 北海道支部長

最近と言ってもここ10年ほどのことになるが、東南アジアの国々に出向くことが増えた。地図上で見たことがあるくらいでしかなかった国々と、こんなに関わることになるとは思いもよらなかった。ここ数年は毎月のように東南アジアの国々のどこかに出かけている。もちろん仕事がらみの訪問なので観光をする余裕などない旅の連続である。気が付くと飛行機の有効マイルが100万マイルを超えている。世の中ではミリオンマイラーとよばれるそうだ。

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訪れる国々のなかでも、ベトナムは最も多く足を運んでいる国である。首都のハノイを始め多くの地に足を運び驚いたのが、とにかくエネルギッシュなのである。仕事で会う取引先のほとんどが30歳前後である。しかも会社の要職に就いている課長も部長も、社長も会長も30代だ。
 
聞くところによると、ベトナム国民の平均年齢は28歳だという。どおりで街中にエネルギーがあふれている筈だと納得した。日本だと30代は子育てに追われる年代だと思うが、失礼を承知で尋ねてみると20歳前後で結婚し20代前半で子供を授かるのだが、子供の面倒は両親が担当するのが通例だという。                 
驚くと同時に、最も働き甲斐のある年齢の多くが社会の第一線で働き、50代前後の両親が子供たちを預かって育てていくとは、何とも合理的であると妙に感心してしまった。

さて、「お金の話」である。
ベトナムではドンと呼ばれる通貨が使われている。最高額の紙幣は50万ドン札である。
クレジットカードが使えない場所も多くあると聞いて、ハノイの空港の両替所で、数日間で必要となるスタッフを含めた経費として毎回10万円をドンに両替している。

50万ドン紙幣1枚で日本円に換算すると、2500円程になるということだった。200万ドンが日本円で1万円となる。10万円は、50万ドン紙幣で40枚ほどになった。いつものように、マネークリップに挟んでズボンのポケットに入れて、ことあるごとにそこから支払いをしていると、お店の方の反応が常に紙幣の束に注がれる。

後で聞くと、ベトナム人の1カ月の給料は平均で25000円だという。私はポケットにベトナム人4カ月分の給料を持ち歩く、とんでもない日本人に見えていたのである。しかも、地方の家庭では25000円あれば家族の5~6人が十分に生活できるという。

トラリピインタビュー

ベトナム・ドンのイメージベトナムでは、10万円分の現地紙幣ドンをポケットに入れている

「知足」に思い知らされて……。

発展途上国であるこの国の人々の給料は日本人の10分の1に満たないにも関わらず、街中をバイクで移動するエネルギッシュな若者たちの表情は、実に生き生きとしていて毎日の生活を楽しんでいるように見える。確かに着ているものも食べているものも、私たち日本人から見れば質素極まりないが、明るい笑顔に満ちた表情からは、日本で暮らす私たち以上の幸福感すら感じ取れるのだ。ベトナム人4カ月分の給料をポケットに入れてコーヒーショップに座る日本人より、ずっと幸福感に満ちた毎日を過ごしているような彼らと私の違いは何かを考えた時、森鴎外の「高瀬舟」を思い出した。

ベトナムのハノイの混雑している道路街中をバイクで移動するエネルギッシュな若者たちの表情は、実に生き生きとしている
写真:Vitalii Karas / Shutterstock.com

知足』ということ、足ることを知るということを私の目の前にいる多くの人々は知っていて、それがゆえに幸福感に満ちた毎日を送っているのだ。
先進国の仲間入りを果たしたという私たちは、限りある時間を割いて働き「お金」を手に入れることにより、健康で豊かな生活を手に入れてきた。「お金」があることで自分の夢を実現することが出来るこの国は確かにある意味で豊かだと思う。しかし豊かさの欲求には際限がない。

毎月のように『知足』ということを思い知らされて帰国する私だが、いつもの日常に戻って仕事に追われ、「お金」を手に入れることに喜びを感じる毎日に戻るまでには、そう長くの時間はかからない。

次回は中澤香織さんへ、バトンタッチ!

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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