テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会(放作協)がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず!
連載第164回は、放送作家協会が運営する作家養成スクール「東京作家大学(東作大)」でも講師を勤める、放送作家の久野麗さんの再登場! 八面六臂の活躍の中で、日本語教師という肩書も持ち、東作大では日本語の魅力を探求する講座が好評の久野さんに、今回は“お金の視点”で日本語の文法を読み解いてもらいました。

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外国人がもやっとする変な日本語とは?

久野麗さんの写真久野 麗
放送作家・日本語教師
日本放送作家協会会員

2回目となるリレー・エッセイは、私の放送作家「ではないほう」の仕事、日本語教師としてのエピソードをご紹介したい。

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この仕事を目指したきっかけの一つは、30年ほど前、番組開始時から約8年間にわたって脚本を担当したNHK・Eテレの子供番組「英語であそぼ」だった。
制作現場には日本語を話すアメリカ人が何人もいたが、彼らが時折発する「変な日本語」に興味をそそられた。

「なぜ変か」を考えるのが面白かったのと同時に、その場でスパっと説明できないことにもどかしさを覚え、日本語教育をかじり始めたのだ。
その土台となる「日本語文法」が、昔学校で習った「国文法」とは別物の、合理的かつ実用的なものだと知ったことも大きい。

以後、資格を得てからおよそ四半世紀、細々と日本語教師を続けてきたが、今なお、学習者の質問に「えっ?」と驚き、「うーん……」と考え込むことは珍しくない。
難題を解くのは楽しみでもあるのだが、たとえば次の疑問に、日本語ペラペラの皆さんは、どう答えるだろうか。

──留学生Aさんは、『美容院で髪を切った』という日本語が変だという。
髪を実際に切ったのは美容師だから、客は『髪を切られた』ではないのか。

……もっともな疑問である。だが美容院帰りの日本人は、自分の意に反して「切られた」のでなければ、切られた、とは言わない。
「切ってもらった」と言うことはあるが、それは何らかの恩恵を表わす場合だ(上手な美容師に、とか、タダで、とか)。
「……だから、ふつうのヘアカットのことなら、『私は髪を切った』を使います」などと言って、Aさんにはとりあえず納得してもらったが、説明としてはどうも「スパっと」せず、切れ味が悪い。
こういうときは、例文をいくつも並べてみるのが、問題解決への早道である。

美容院でカットしてもらうイメージ日本人は、美容院で「髪を切られた」と言わないのはなぜか?

見えない日本語のルールに見えてきたのは?

そこでまず思いついたのは、「手術をした」という表現だ。
「去年、手術をした」と言う人の多くは、医師ではなく、患者の方だろう。
「手術を受けた」とも言うが、日常会話では「手術をした」が優勢だ。
「注射した」や「歯を抜いた」も同様で、患者本人の行為として「~する」と言う。
「注射された」「歯を抜かれた」と受身を使うのは、「痛かった」「こわかった」など、いわば「被害」の感情を表わす場合だ
注射や抜歯の事実を伝えるだけなら、受身ではなく、自発的な行為として「~した」と言う
とすると、「身体のケアを当人が他者に依頼した場合は、当人の行為として述べる」と考えてよいのだろうか。

……だが、まもなく「これは身体のケアだけの話なのか?」という疑問が頭を掠めた。
案の定、そうでない用例はいくらでもあった。

例えば、「メガネを作る」
私たちの多くは、メガネを手作りするわけではないのに、「作る」と言ってメガネ屋さんに発注する。
「着物を仕立てる」「家を建てる」なども同類で、これらは修理なども含め「オーダーメイド」と分類できるだろう。

では、以上の例すべてに共通することとは何か。
それこそが、この表現を選ばせるカギに違いない。
他人に(手術まで!)やらせておきながら、「私は~した」と言って憚らない理由とは?

眼鏡屋さんのイメージ眼鏡は、手作りするわけではないのに「眼鏡を作る」と言う

いくつもの実例を並べた末、私はようやく気がついた。
それは、「お金」だ。
身体や所有物に関わる行為のうち、当人がお金を支払って(あるいはそれに相当する権利を行使して……例・無償のワクチン接種)プロに依頼する件は、当人(支払者)の権限のもとに実行されることなので、「私は~する・~した」と言えるのだ。
まさに「お金が物を言う」わけだ。

お金には、人の心理を動かす力がある。
だからこそ、人の使う言葉のルールにも、こうして影響を及ぼしているのに違いない。

よく誤解されるが、文法というのは、決して機械的で無味乾燥な規則ではない
文法は本来、人が事象や心情を言語で表わすときに、どのような形を用いてきたかという、膨大な用例の分析から、合理的に導かれたルールであるはずだ。
もちろん、私たちは日ごろ文法など意識することなく、ましてや「お金も絡む」などとは、微塵も思わずに日本語を使いこなしている。
それこそが母語というものだが、こうして「見えないルール」に気づかせてくれる日本語の生徒たちは、物書きの私にとっても、実にありがたい存在なのである。

次回はさらだたまこさんへ、バトンタッチ!

『プーランクを探して: 20世紀パリの洒脱な巨匠』表紙

久野麗さんの著書
プーランクを探して: 20世紀パリの洒脱な巨匠』(春秋社)

東京作家大学のロゴマーク

久野さんがエッセイ講座の講師をつとめる「東京作家大学」開校して10年目を迎えただいま記念すべき10期生を募集中。4月中は、5月の新年度の開講にむけて、入学説明会など開催中です。

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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