テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず!
連載第37回は、放送作家で日本語教師、そして博士号(学術)を持つ久野麗さんの、まるでアカデミックではない話。

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スタートは石野真子、そして三原じゅん子

久野麗さんの写真久野 麗
放送作家
日本放送作家協会会員

長年ともに仕事をしてきたディレクター達が、近年、次々と定年退職し、現場から昔の顔馴染みがどんどん減っている。寂しい気もするが、思えばもう40年以上もこの仕事をしてきたのだから、周囲の景色が変わるのも当然だ。

初めて放送台本というものを書いたのは、1979年、デビュー間もない頃の石野真子がお喋りをするラジオ番組だった。女性アイドルだから女性の書き手を、という程度の理由で回ってきた仕事である。そのとき、私はまだラジオの台本など書いたことはなかったが、所属していた放送作家集団の先輩に「台本を見たことがあれば書けるよ」と言われ、そうですかと、何冊かの台本を眺めながら原稿用紙を埋めたのが、生業の始まりとなった。

原稿執筆のイメージ画像
初めて放送台本を書いたのは1979年。デビュー間もない頃の石野真子がお喋りをするラジオ番組だった

真子のDJは、彼女の結婚のため1年半で終了し、その番組は三原順子(現在は「じゅん子」)が引き継いで、以後2年半続いたので、彼女とはずいぶんお喋りをした記憶がある。その後もさまざまな女優、俳優のトーク番組を担当したが、駆け出しの時代に出会ったこの二人のことは特に強く印象に残っている。

結婚目前の頃「得意な料理は、オニオンスライス!」と嬉々として語った石野真子は、今や熟女を演じるベテラン女優となり、番組でよく松田聖子の物真似をして皆を笑わせた三原じゅん子は、大転身を遂げてなんと国会議員である。それぞれ波瀾の半生だったようだが、彼女たちの中に、40年前のラジオの記憶は果たして残っているだろうか。

「××(チョメチョメ)は裏も表も楽しみましょう!」

40余年の昔、20代半ばの私が所属していたのは、「シャボン玉ホリデー」や「ゲバゲバ90分」で知られる放送作家・河野洋率いる「オクタゴン」というグループだった。10名ほどの放送作家及びその卵たちには、ボスの河野洋が手がけるクイズ番組「アイ・アイゲーム」の問題を作る、というノルマが課されていた。フジテレビ系の全国ネットで6年間放送され、知名度も高い番組だったが、大昔のことなので説明が必要だろう。

ラッセル・インベストメントspendtime

司会は、俳優の故・山城新伍である。回答者は中尾ミエ、せんだみつお始め6名のタレントと「チャレンジャー」と呼ばれる一般人3名。チャレンジャーの答えがタレントの誰かの答えと一致すれば得点となり、最高得点者が優勝する。問題は全部で4つ。いずれも短い文の中の一語が伏字の××(チョメチョメ、と読む)となっていて、その部分を当てるのだ。

問題の例を挙げると……「役に立たないものといえば、のびたゴムに、縮んだ××」「××は、裏も表も楽しみましょう!」。回答者全員がそれぞれ「××」にあてはまる言葉を書き、答え合わせをする。したがって、問題文は「××」に何通りかの言葉が考えられ、かつ大人がニヤリとするような意味も含むことが要求された。上記2例は、実際に放送された問題で、うら若き私が恥を忍んで(?)作ったものである。

私たちは、毎週だったか隔週だったか、問題を10本作って提出するのが、一応の義務だった。それらは番組の会議にかけられ、採用分には1問1万円が支払われた。ちなみに、前出の石野真子の30分トーク番組のギャラも1本1万円だったから、「××」の問題は、文字数からすれば大変割のよい仕事であった。

一万円のイメージ画像
毎週か隔週に問題を10本作って提出した。採用分には1問1万円が支払われた

もともとクイズ作りや言葉遊びが好きだった私は、この不真面目な問題作りを真面目にこなした。そのうち、「オクタゴン」の事務所には、セールスマンの売上競争のような棒グラフが貼り出され、各人の採用された問題数が示された。ここで好成績を収めたことは、私の仕事史上稀に見る快挙だったと言える。

知識を問うクイズ番組は今も数多いが、この「××」のように、言葉のセンスやウィットを問うようなものはなかなかない。この種の問題なら、年齢を重ねた今の私のほうがより豊富に作れる気がするのだが、ギャラ以前にもはや需要がないのは、実に残念なことである。

次回は放送作家のキャンヒロユキさんへ、バトンタッチ!

是非聞いてください!

16年前から手掛けているTBSラジオ「今晩は吉永小百合です」

幅広い話題を取り上げつつ、ゆったりと落ち着いた大人の番組を目指しています。
リスナーからのお便りも力作揃いです。

そしてこちらは、どうぞご一読下さい!
プーランクを探して』(春秋社刊)
博士課程での研究対象だったフランスの作曲家プーランクの伝記を書きました。
20世紀前半のパリを彩ったアーティストや文化人が、綺羅星の如く登場します。

「プーランクを探して」表紙
一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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